抜け落ちていた記憶/ラバーソールに恋した日 | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

高校時代編は一度締めたつもりだったけど、どうしても書き残した話があった。
記憶の底に沈んでいたエピソードが、ふとした拍子に浮かび上がってきたのだ。
これはそんな“抜け落ちていた記憶”たちの話。

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高校2年から3年の頃、
土曜の放課後は毎週のように原宿や渋谷へ買い物に行っていた。
……いや、毎週は大げさかもしれないけど、
月に一度は必ず行ってたはずだ。


目的はもちろん、パンクファッションをそろえるため。
竹下通りだったり、表参道だったり、渋谷だったり、
繁華街から少し外れた裏通りの怪しい店だったり、
とにかく“パンクっぽいもの”を求めて歩き回った。


でも服って、なかなか気に入ったものがなかったり、
あってもサイズが合わなかったり、
値段が高すぎて手が出なかったりで、
空振りすることがほとんどだった。


結局は、小銭で買える缶バッジやピアス、
リストバンドみたいな小物だけ買って帰ることが多かった。


そんなある日——
俺は出会ってしまったんだよ。
黒のスエード皮の、分厚いラバーソールに。


どこだったか、何軒も店が入ってる雑居ビルの一角にその店はあった。
ほんとうに一目ぼれだった。
値段は2万円くらいしたと思う。
当時の2万円なんて簡単に出せる金額じゃない。
でも一目ぼれだったから迷いはなかった。
いざ購入しようと店員に声をかけると、
店頭のは見本で、注文を受けてからロンドンにオーダーを入れるらしい。
前金で支払って、入荷は約1か月後。
入荷したら電話するので取りに来てください、とのこと。

今では考えられないシステムだけど、
その1か月は期待半分、不安半分で、ずっとドキドキしてた。


そして1か月後。
無事に手に入れたラバーソールは、少しサイズが大きかった。
つま先に詰め物をしたり、
踵のところに売っていたサイズ調整用の出っ張りを接着したり、
あれこれ工夫して、やっと履けるようにした。
苦労はしたけど、
それでも俺の自慢のラバーソールだった。
皆に見せびらかしてやったけど、
反応は「ふーん」くらい。
でも内心は絶対羨ましがってたはずだ。

 

苦労はしたけど、あのラバーソールは間違いなく俺の青春そのものだった。

 

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