付録:マザースの記憶/アレルギー | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

コピーした一万円札の束をばら撒く派手なパフォーマンスに、
奇抜なファッションで一躍人気者になったチューヤ率いるアレルギー。
マザースに来る前から、
アルバム『アレルギー・プロセス』は持っていたし、
ほかの音源もいくつか聴いていた。

 


だから正直、音楽的にはそこまで期待してなかったんだけどさ。
当時はどいつもこいつも、
赤と黒の下品な隈取りミチロウメイクが全盛期。
そんな中で、ちょっと小洒落たチューヤのビジュアルには
かなり期待していたんだよ。
……なのに、マザースで見たチューヤは、
思ったほど大したことねぇじゃん。
千葉の田舎者相手と思って手ぇ抜いたんじゃねーか、
チューヤさんよっ。

 

画像は当時のもの

 

追伸
最近、偶然とある人物のブログで
現在のチューヤの写真を見た。
今でも洒落てて、やっぱりカッコいいね。

 

 

 

千葉ダンシングマザース(DANCIN' MOTHER)は、
1980年代〜90年代初頭にかけて千葉市に実在した老舗ライブハウス。
京成千葉駅から千葉街道側へ少し歩いた場所にあり、
当時の千葉ロック/パンクシーンの重要な拠点だった。