コピーした一万円札の束をばら撒く派手なパフォーマンスに、
奇抜なファッションで一躍人気者になったチューヤ率いるアレルギー。
マザースに来る前から、
アルバム『アレルギー・プロセス』は持っていたし、
ほかの音源もいくつか聴いていた。
だから正直、音楽的にはそこまで期待してなかったんだけどさ。
当時はどいつもこいつも、
赤と黒の下品な隈取りミチロウメイクが全盛期。
そんな中で、ちょっと小洒落たチューヤのビジュアルには
かなり期待していたんだよ。
……なのに、マザースで見たチューヤは、
思ったほど大したことねぇじゃん。
千葉の田舎者相手と思って手ぇ抜いたんじゃねーか、
チューヤさんよっ。
画像は当時のもの
追伸
最近、偶然とある人物のブログで
現在のチューヤの写真を見た。
今でも洒落てて、やっぱりカッコいいね。
千葉ダンシングマザース(DANCIN' MOTHER)は、
1980年代〜90年代初頭にかけて千葉市に実在した老舗ライブハウス。
京成千葉駅から千葉街道側へ少し歩いた場所にあり、
当時の千葉ロック/パンクシーンの重要な拠点だった。

