妙高火打山に行って来た | 回顧録ーMemoirs of the 1980sー

回顧録ーMemoirs of the 1980sー

激動の80年代、荒れる80年代。
ヤンキーが溢れる千葉の片田舎で、少年たちは強く逞しく、されど軽薄・軽妙に生き抜いた。
パンクロックに身を委ね、小さな悪事をライフワークに、世の風潮に背を向けて異彩を放った。
これは、そんな高校時代を綴る回顧録である。

妙高火打山 

  • 2008/11/15-16
  • メンバー
    ふちG・トモ・KY塾長・マナゾ・メグ・カキエ・アヤ
  • ルート
    11/15:笹ヶ峰~高谷池ヒュッテ~妙高火打山~高谷池ヒュッテ(冬季開放小屋利用)
    11/16:高谷池ヒュッテ~笹ヶ峰

いつものように前置きから 

妙高火打山 個人的には過去2回敗退している。

【1回目】
秋の紅葉シーズン、妙高山と抱き合わせで目指すも大混雑&大パーティによる工程の遅れで時間切れ。

【2回目】
今回と同じ時期、季節はずれの大雪に車が笹ヶ峰に入れず杉の原スキー場からの林道歩き&ラッセルに終始し時間切れ。

とゆーことで縁遠い山だなーと思い10年もほったらかしにしてあったワケであるが、ある日、突然、思い出し今回目指す運びと相成りました。

そんなワケであるからして完全冬山、雪山を想定していたワケで、しかしながら事前の情報では11/3現在、高谷池付近で積雪15センチ程度。うーん、でもそれから2週間も経つのだからもっと増えてるはず!ってことで食糧担当には

「水の心配はいらんから好きなのやっていいよ」

なんてイイカゲンなこと言ってしまったもんだから、メニューは

鍋 鍋 鍋

「冬は鍋だね、美味しいよね、温まるよね」

となってしまったのは当然の成り行きであって水たくさん使うよな…だいじょぶか?なんて思いながらの出発であった。

笹ヶ峰に着いた我々 

さて、高速を下り杉の原スキー場は全く積雪無し、枯れ草原が広がるばかり、そーなると当然のこと、皆の衆がぶつぶつ言い出し始めた。

▼全く雪の無い登山口

 


 

「雪ないですね~」
「夜のメニューなんでしたっけ」
「鍋だよ」
「雪ないね、水どーすんの」
「ってかワカンなんか持ってこさせて馬鹿じゃねーの」
「スコップって何に使うんだべ」

だのだの

「うるせー、あるったらあるの!ラッセルだから覚悟せいや!ほれ、あそこ雪あるじゃんか」

「あれは土のうだろっ、いい加減なこと言ってるんじゃねー」

そーこーしながら笹ヶ峰、やっぱり雪は無し。

う~む、しょうがね~な~甘んじて現実を受け入れる。

「恥かしいからワカンは座席の下に隠すように」
「スコップは2本だけにしよう」
「みんな水あるよね、ちゃんとボッカしようね」

わはは。

すっかり前置きが長くなったが出発 

しっかりとした木道が続く、木道には滑り止めとして10mm厚の板ゴムがばっちりビス止めされている、板ゴムの間隔はちょうど歩幅1歩分、板ゴム1本につきビス止め8本、すごーく丁寧な作り

「金かかってるなービスの本数は6本でいいんじゃないかなー」

なんてことを考えながら歩く貧乏臭い小生であった。

ちょうど1ピッチ程度で沢を渡る。トモが嫌みっぽく声を上げる。

「みんな水は大丈夫かな!?ここが最後の水場だからね~」

聞こえないフリをするしかない無抵抗主義、マハトマふちGであった。

 

 

2ピッチ目は急登をちょいと頑張り傾斜が落ち着いたところで1本立てる。そして休憩中、トモのウンチクが始まった。

「ナッツは脂質ばかりなんですよ、うんぬん」
(以下、アカデミックな内容につき再現出来ず)

行動食における栄養学ってとこだな。そしてこれが始まるといつもなら

「わかったわかった、うるさいからもういい、黙れ」

なんて切れまくるメグであるが

「お前は何でも知ってる子だねぇ、よしよし」

なんて素直に褒めてるんだからね、結婚してすっかり心も体も丸くなったメグを微笑ましく思う一同であった。

あっ、体も丸くは余計だった(汗)

3ピッチ目になるとようやく雪がちらほら、そのうち登山道は雪に埋もれ土が見えなくなり始めちょいと安心。

しばらくで道が水平になり遠くに高谷池ヒュッテが見えるようになると自然とペースが上がる。

高谷池ヒュッテ到着  

外で幕営の予定ではあるが3階が冬季開放されているとのことで一応確認に行く。そして部屋を覗くとなんと素晴らしいことよ。

 

 

[check]広く
[check]明るく
[check]清潔感ある部屋

そして布団まで用意してある、しかもまだ小屋閉めたのは先週のことであるからして布団は未使用。しかも、ご丁寧に、

[check]ちゃぶ台やトレー
[check]長靴
[check]雪取りようバケツ
[check]スコップ

などが整然と並べられていた。これだけのものが揃って使用料1000円とのことであるからして「外で幕営なんて…」と思ってしまうのは当然のことであった。

「ここで決まりだな!」「だよねっ」

ああ、気持ちの弱い、軟弱な我等。

いざ山頂へ 

小屋に荷持つをデポし山頂へ向かう。そして毎度のことであるがもう書くのが面倒になってしまったのであって、まったくもって面目ないが、肝心な部分は省略、写真でお楽しみください。

▼高谷池の脇を歩き火打山を目指しますの図

 


 

▼省略形も甚だしく登頂したの図

 


 

▼嫌なガスが上がってきたぜ、さあ、お家に帰ろうの図

 


 

夜の宴、そして朝 

とゆーことで山頂を往復し快適な小屋で酒宴が始まったワケである。

「ビール美味しゅうございました、ワイン美味しゅうございました、鍋美味しゅうございました、ふちGは満足でございます」

夢の中へ…

気がつけば朝、あったか布団にくるまれて清々しい目覚めである。そして朝ご飯だワ~イ♪そしてトモの嫌み

「あんたって人はいつもいつも何をやってるんですか、記憶ないでしょ、まったくよ、布団敷いて、そこらに転がって泥酔してるの抱えて、運んで、寝かしつけて、布団かけてやって、俺はそこまで世話してやったんですよ、どこまでダメダメ人間なんですか、ちっ、死ね」

まー事実だから何も言えねえ

「お前は何でも出来る子だね、よしよし」

後はパラパラ雨の降る中をたたたたたっと下山。

以上