とある企業の課長研修。


話を聞いていると、


「いやぁ、うちの会社は、ビジョンもあいまいだし、戦略もあいまい。だから、どうしたらいいかわからなし、何もできないんですよねぇ。」


それを聞いて思わず、私は吠えた。


「ビジョンがあいまいだから、戦略があいまいだから、といって何もしないなんて、あなたはマネージャーの役割を果たしていない!」


「状況がどうあれ、会社の中長期的な発展や利益に貢献するのがマネージャーとしての責務だ。」


「ビジョンや戦略があいまいなんだったら、それを逆手にとって、自分の部署として、自分なりに拡大解釈してやりやすいようにやればいいじゃないか!?」


「お前のやり方が間違っていると上から言われるまでは、ある程度独断で動いていいのではないか。どうせあいまいなんだから・・・。また、そういう動きができないと大きな仕事もできないし、仕事も面白くないですよね!?」


と一気にまくし立てた。


言いながら、少し不安になってきたので、後ろでオブザーブしている人事部長に、


「こういう考え方って御社では間違っていますかね?」


と確認した。


部長も叫んだ。


「その通りです!そういうことを伝えてほしかったんです!そういう人材を求めているんです。」



たいていの日本企業では、そんなに明確にビジョンや戦略をあげてはおらず、スローガンやキャッチコピーの域を出ないものが多い。


ということは、現場のマネージャーが考えて動くしかない。そのボトムアップの動きが日本企業の強みだったはずなのに。


なんか、責任を取らされたくないのか、マネージャー達が必要以上に縮こまっているように感じる。


こんな体たらくでは、日本企業の未来は暗い。

よく「名選手、必ずしも名監督ならず」と巷間言われるが、なぜそうなってしまうのだろうか。


いくつかの理由がある。


まず、昇進の基準がプレイヤーとして優秀かどうかという観点に偏っていることがあげられる。プレイヤーとして優秀だから、おそらくマネージャーとしても優秀に違いないというわけだ。


しかし、プレイヤーとして求められる知識・スキルとマネージャーとして求められる知識・スキルは、当然ながら同じではない。


マネージャーになると今まで知る機会のなかった分野や興味のなかった分野の幅広い知識・スキルが求められる。


部下育成に、目標管理、予算管理、リーダーシップ、問題解決、業界の動きから戦略的な思考、広い視野での意思決定、交渉力、部門間調整、社内政治、人脈形成、新たな趣味や教養などなど。


これら広範囲に渡る分野をすべて身につけることは不可能だと参ってしまうかもしれないが、コツは「広く浅く」だ。


さらに重要なことは、あまり語られないことだが、マネージャーとしての知識・スキルを身につけるやり方とこれまでプレイヤーとして知識・スキルを身につけるやり方が、かなり異なるということだ。


新人からマネージャーに至るまでの成長過程は、「積み上げ方式」で頑張れば頑張るほど、経験すれば経験するほど成果を出すことができた。


そうして、10年から15年経験することで自分なりの仕事の進め方や考え方を体得していく。自分なりの「マイ・セオリー」が確立する。


しかし、多くの人が気づいていない大きな問題点は、残念ながらマネジメントは「積み上げ方式」だけではうまくいかない、ということだ。


マネージャーになった途端に「マイ・セオリー」が通用しない場面が増えてくるのだ。自分がいくら努力しても成果が出ないという場面に出くわして途方に暮れるということもあるだろう。


部下育成などは最たる例だ。自分がいくら頑張っても、部下の代わりに成長してあげることは不可能だ。


まずは、これまでのプレイヤーの世界から違う世界に来たことを認識することだ。


そして、成果を上げるマネージャーになるためには、自分が今まで築き上げてきた仕事の進め方や考え方、すなわち「マイ・セオリー」を少しずつ手放していくことが近道である。


これを私は「たった5%のゆとり」と呼んでいる。


決めつけの姿勢や自分の「マイ・セオリー」をいったん手放して(5%くらい)、部下や周りの人の話を聞いてみる。


「もしかしたら、自分の考え方や進め方よりもいいものがあるかもしれないなあ。」、「なるほど、そうかもしれないなあ。」という態度で臨んでみる、ということを多くのマネージャーにおススメしている。


手放して聞いてみるといろんな発見や気付きがあるはずだ。


そこで新たな気付きを得たならば、少しずつ取り入れてみる。そして「マイ・セオリー」の機能しない部分を打ち砕き、破棄し、新たに再生を繰り返していくという作業が必要になる。これを「統合のスキル」という。


これは、はっきり言って面倒で気の滅入る作業かもしれない。


ただし、「マイ・セオリー」≠自分ということを忘れないように。自分のやり方や価値観を手放したからと言って、自分が否定されるということではない。むしろ、このプロセスを楽しんでみるほうがよい。成長は、人間の根源的な欲求であり、喜びであるからだ。


「広く浅く」いろんな分野のことを吸収し、さらには自分の「マイ・セオリー」を手放し、破壊・再生、そして「統合」していくことが、マネージャーに最も必要とされていることなのではないだろうか。


言葉を変えると、マネージャー自身がいかに変革してけるかということに尽きると思う。

引き続き、コーチングについて素直な疑問。


心理カウンセリングでは、倫理規定としてクライアントとカウンセラーが「二重関係」にならないように厳重に注意をされる。


「二重関係」とは、カウンセラー/クライアントという関係の他に、上司/部下や親/子、彼氏/彼女、友人、商売などの関係を持つことを言う。


私が所属している心理学会では、例えばカウンセラーとクライアントが男女関係になった場合は、除名されると規定されており、実際に除名になった人もいる。


これは、利害関係や温情、愛情によって、客観的にカウンセリングができなくなることを防ぐのが目的だ。また、心理的に弱っている人の話を親身に聞いてあげれば、新たな関係性も作りやすいので、そういうことを利用しないという意味合いもあるのだろう。


しかるに、コーチングでは上司が部下をコーチングするということがフツーに行われている。


評価する側と評価される側、支持する側とされる側という「関係性」がある以上、そこにコーチとクライアントという新たな「関係性」を持ち込むことは、カウンセリングで言うところの「二重関係」である。


もちろん、上司が部下をコーチングすることのメリットは私も大いに肯定しているのだが、上司・部下のコーチングは一般的でなく「特殊な」なものであり、難易度も高いということを伝えきれていないことが、気になるのだ。


だから、コーチをする上司は、部下が素直に「本音」を語ってくれなくても、イライラする必要もないし、スキルがないと落ち込む必要はない。「二重関係」という構造を理解することが第一歩だと思う。


上司が部下に心開かせようとするよりも、プロのカウンセラーがクライアントと信頼関係を築くほうが、スキルの有無ではなく、構造上容易だということだ。


そういう意味で、同じ社内の部下をコーチングすることは、かなり難易度の高い技であることを知っておけば、あまり悩まなくてもいいのでないだろうか。