よく「名選手、必ずしも名監督ならず」と巷間言われるが、なぜそうなってしまうのだろうか。
いくつかの理由がある。
まず、昇進の基準がプレイヤーとして優秀かどうかという観点に偏っていることがあげられる。プレイヤーとして優秀だから、おそらくマネージャーとしても優秀に違いないというわけだ。
しかし、プレイヤーとして求められる知識・スキルとマネージャーとして求められる知識・スキルは、当然ながら同じではない。
マネージャーになると今まで知る機会のなかった分野や興味のなかった分野の幅広い知識・スキルが求められる。
部下育成に、目標管理、予算管理、リーダーシップ、問題解決、業界の動きから戦略的な思考、広い視野での意思決定、交渉力、部門間調整、社内政治、人脈形成、新たな趣味や教養などなど。
これら広範囲に渡る分野をすべて身につけることは不可能だと参ってしまうかもしれないが、コツは「広く浅く」だ。
さらに重要なことは、あまり語られないことだが、マネージャーとしての知識・スキルを身につけるやり方とこれまでプレイヤーとして知識・スキルを身につけるやり方が、かなり異なるということだ。
新人からマネージャーに至るまでの成長過程は、「積み上げ方式」で頑張れば頑張るほど、経験すれば経験するほど成果を出すことができた。
そうして、10年から15年経験することで自分なりの仕事の進め方や考え方を体得していく。自分なりの「マイ・セオリー」が確立する。
しかし、多くの人が気づいていない大きな問題点は、残念ながらマネジメントは「積み上げ方式」だけではうまくいかない、ということだ。
マネージャーになった途端に「マイ・セオリー」が通用しない場面が増えてくるのだ。自分がいくら努力しても成果が出ないという場面に出くわして途方に暮れるということもあるだろう。
部下育成などは最たる例だ。自分がいくら頑張っても、部下の代わりに成長してあげることは不可能だ。
まずは、これまでのプレイヤーの世界から違う世界に来たことを認識することだ。
そして、成果を上げるマネージャーになるためには、自分が今まで築き上げてきた仕事の進め方や考え方、すなわち「マイ・セオリー」を少しずつ手放していくことが近道である。
これを私は「たった5%のゆとり」と呼んでいる。
決めつけの姿勢や自分の「マイ・セオリー」をいったん手放して(5%くらい)、部下や周りの人の話を聞いてみる。
「もしかしたら、自分の考え方や進め方よりもいいものがあるかもしれないなあ。」、「なるほど、そうかもしれないなあ。」という態度で臨んでみる、ということを多くのマネージャーにおススメしている。
手放して聞いてみるといろんな発見や気付きがあるはずだ。
そこで新たな気付きを得たならば、少しずつ取り入れてみる。そして「マイ・セオリー」の機能しない部分を打ち砕き、破棄し、新たに再生を繰り返していくという作業が必要になる。これを「統合のスキル」という。
これは、はっきり言って面倒で気の滅入る作業かもしれない。
ただし、「マイ・セオリー」≠自分ということを忘れないように。自分のやり方や価値観を手放したからと言って、自分が否定されるということではない。むしろ、このプロセスを楽しんでみるほうがよい。成長は、人間の根源的な欲求であり、喜びであるからだ。
「広く浅く」いろんな分野のことを吸収し、さらには自分の「マイ・セオリー」を手放し、破壊・再生、そして「統合」していくことが、マネージャーに最も必要とされていることなのではないだろうか。
言葉を変えると、マネージャー自身がいかに変革してけるかということに尽きると思う。