サイコーにへビーな研修の打合せをした。役職定年が絡んだ中高年向けのキャリア研修である。


打合せのあと実施予定の教室を見せてもらった。教室の広さとか備品、席の配置を確認したり指示をするためだ。


案内された教室で自分が実施するヘビーな研修に想いを馳せる。


なんとなく、うまくいきそうな気がした。そしてもう一度誰もいない教室を見まわすとそれが確信に変わる。


「なんとなく、今回の研修はうまくいくような気がします。」


と案内してくれた担当者に言うと、


「なぜわかるのですか??」


と聞かれたが、自分もよくわからない。


でも、うまくいくという確信を得られたのだ。


その時に、担当者に説明したのが、 「一瞬でクラスの雰囲気を読む 」話だ。


わかってもらえたような、もらえないような。

 


知り合いの経営者の中に、2月に取り立てて必要はないんだけれども、“何となく”銀行から借入をしていて、震災後に助かっているという方がいる。


また普段は在庫を極力減らすことに汲々としているくせに2月末に“何となく”在庫を増やして、震災後助かっているという経営者もいる。


こんな例もある。


普段あまり家のことをやらない旦那さんが、震災の前の日いきなり家じゅうの家具を転倒防止のために壁に打ち付け始めた。「なんでそんなこといきなり始めたの?」と聞いても、「なんとなく」という答えが返ってきたそうだ。


かく言う私も1ヶ月以上前から懸案だった提案書とテキストに、あせりながらも“なんとなく”手がつかずに、ずるずると提案の3日前まで来てしまい、今日は徹夜覚悟で仕上げないといけないなと思っていたら、地震が来た。


次の日、電話がかかってきて提案も研修も延期になった。無理して作成をしていなくて良かったとも言える。


第六観なのか、予知していたのか、わからないがそういう不思議なことがある。



震災で延期なっていたプログラムを再開するために、2か月ぶりに水戸にやってきた。


行く前にエージェントの担当者は、余震が来るかもしれないだの、放射線量が気になるだの、懸念を口にしたが、それに対して、


「私が水戸に行くということは、大きな余震も来ないし、放射性量も高くなることはない!」と豪語したら、


「先生のその根拠のない自信はどこから来るんですか!?」と突っ込まれた。


クライアントの工場も大きな被害を受け、いたるところで復旧の工事をやっていたり、立入禁止のところも多かったが、復旧に向けて活動している人間の頼もしさやいじらしさ、偉大さを感じた。


教室に立って、2か月ぶりの受講生の顔を眺めながら、プログラムが再開されて、今ここに立っていることが本当にありがたいなぁとしみじみと思った。


受講生それぞれの震災譚を聞きながら、震災という一生に一度経験するかしないかの非日常からの気付きや学びを共有することができた。


水道やガス、電気などのインフラが止まったことで、水道の蛇口をひねれば水が出てきたり、スイッチを押せば電気がつくということがいかに有難いことかを実感したという方が多かった。


中には、進捗が絶望的に遅れているプロジェクトを震災を理由にクライアントに納期を延ばしてもらうことができて、ほっと一息つけたという受講生もいて、たくましさを感じたりした。


プログラムは、2カ月のブランクはあったものの思ったよりはトーンダウンしていなくて安心した。