『麻雀放浪記2020』時をかける雀士の寓意とは | 徒然逍遥 ~電子版~

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本年3月、ピエール瀧が麻薬取締法違反容疑で逮捕されたことに伴い業界に激震が走る。様々なメディアや映像作品に出演しているゆえ、放送放映上映どうしましょう。との対応に迫られたからである。
わけてもNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』への影響は甚大であった。
そんな中、封切りが危うくなった映画もある。それがこれ。


『麻雀放浪記2020』 (‘19) 118分
梗概
1945年11月5日、「それをアガった者は死ぬ」という都市伝説がある麻雀の役満役「九蓮宝燈(チューレンポートン)」をテンパイし、ついにアガリ牌を引いた若き雀士坊や哲(斎藤工)。まさにその時、落雷に遭って2020年へとタイムスリップ。そこは再度戦争に敗れ、東京五輪が中止となった日本だった。
何はともあれ再び「九蓮宝燈」を決めて昭和に戻るべく、得意の麻雀で連戦連勝。メディアでも取り上げられ、遂に東京にて開催が決まった麻雀五輪出場へと漕ぎ着ける。悲願叶うか?

なんと白石和彌監督タイムスリップ物を撮るとは。自分を含め意外の感に打たれた人も多いのではなかろうか。

なんせ、あの過激な反権力的色彩の濃い“若松プロ”出身である。白石監督自身の過去作を観てもアウトサイダーを描いてきた印象が強烈。


そんな監督がSFチックで喜劇調のデタラメなフレームを採用。これにより、作り手側はかなり自由度の高い物語が展開可能となる。よって、リアリティを度外視することへの言い訳も成立する。

そして、我々の側にもある程度まではバカバカしく有り得ない出来事も了解すべし、という認識事項が共有される。

 *VR装置に怯える坊や哲*
 

それに勢いを得てというわけではあるまいが、2020年日本国の置かれた設定が深刻。
まず、2020年にやってきた坊や哲が遭遇するデモ集会。彼らは、自衛隊の国軍化反対、憲法改正反対、を叫ぶ。そこへ急行した警察が警棒を振りかざし、デモ隊とその場にいた一般市民に襲い掛かるや力いっぱい打擲するのである。国家権力の恐るべき暴力装置


さらに、8月15日終戦と唱える哲に対し、街角で出会った男は3月何日だとか主張する。どうやら日本国は二度目の敗戦を喫したようで、荒んだ風景もあちこちに見られるのだ。
敗戦国ゆえ、その夏に開催予定だった“五輪ピック”は中止に追い込まれたという。


さらなる驚きは、出生直後には各自の額にマイナンバーチップが埋め込まれ、街のカメラで全国民が常に監視されている状態。警察官の持つ器具を顔にかざすと当人の個人データを一発でチェックできるシステム。プライバシー侵害そのものの監視社会の確立だ。


こうしてコメディ色の強いトンデモ作品を通して社会風刺が描かれていることが早々と判明してくる。


おまけに、五輪開催推進の頭目が森ならぬ“杜”氏。どう考えても東京オリンピック組織委員会会長である森喜朗・元総理大臣がモデルであろう。

しかも、AIユキなるアンドロイドに執着するものの残念なことに、杜とヤルのはないです。と、陰で彼女に言われている(笑)


ここら辺は白石監督の若松スピリットの躍如たるアグレッシブな一面の発露。かなりの毒。しかも演者のピエール瀧逮捕劇という附録も付いた。


もっと凄いのは、本物の舛添要一前東京都知事を引っ張り出したことだ。それも麻雀五輪のゲスト解説者として!
彼もとんだ馬脚を現しての失脚とも言える様子で退陣したが、未練がましくも東京オリンピック開会式出席まで待ってもらいたい。みたいなことを言って失笑を買ったような覚えがある。フィクションとはいえ実現して良かったですね。

 *本人役:舛添要一・前都知事。左:岡崎体育*
 

つか、彼を出演させること自体もはや毒?嬉々として出演する本人は気付いていないとか。それとも、そんな底意地の悪さ抜きでのオファーだったのか。ちょっと分からない。
だがいずれにせよ、風刺とアイロニーに満ちた世界観の中にあって誰がどのように皮肉られているかは予断を許さない。

 *地下アイドルの追っかけ:岡崎*

 

・国家権力の走狗としての警察の横暴、暴力。

・二度の敗戦を通して至る憲法改正と軍事国家化。

・行き過ぎた監視社会。

・国威発揚の場を求める国家の威信。

・下衆で俗物的な政治家像。

・流行りに流され易い大衆。

・有名人のスキャンダルと誰に向けてなのか不分明な謝罪会見。
 

こうして振り返ると相当にヤヴァイ設定だらけなことに気付かされる。

デタラメでバカバカしいエンタメ作品として撮りあげてはいるものの立ち止まってよくよく観れば、若松プロの薫陶を受けた白石流の問題意識抜群な映画だった。


そうであれば、麻雀五輪で超難敵AIに対抗すべく結託する三人が、発話せずに以心伝心のみで100%正確に作戦を伝えあう、という漫画的シークエンスも堪えられよう。
ちなみに、メンツは的場浩司小松政夫ベッキー、そして斎藤工。

 *昭和20年。ここからタイムスリップ*

 

劇中にてベッキーのAIアンドロイドが出色。その容姿がいかにも作り物めいており本物の人造人間に見えるほど。その特異な美貌の魅力が十全に発揮された最高のキャラだ。

 *左)製作者:矢島健一*
 

その他主要キャストは竹中直人音尾琢真、そしてこれも意表を突いたキャスティングがTVドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』のオープニングテーマを担当したチャラン・ポ・ランタンもも。彼女やベッキーなど、異色作に相応しい異色の配役が面白い。

 *前列)竹中、もも。後中央)音尾*
 

麻雀の役もルールも知らない、と言う人も多いだろうが心配御無用。例え知らずとも、雰囲気で大いに盛り上がれるだろう。かく言う自分も門外漢のどシロートである。


『日本で一番悪い奴ら』(16)や『孤狼の血』(18)などと通底する批評的精神を読み解く楽しみもある寓意に満ちた映画だ。


本日も最後までお読み下さりありがとうございました。

*【『麻雀放浪記』1984年版】鹿賀丈史、大竹しのぶ、真田広之*

 

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