駿府城址 | 燕党の宴

駿府城址

 先週、細君と静岡へ行ってきました

 9月の関ケ原岡崎に続いて「どうする家康ツアー」(笑)になります。

 

 正規雇用で働いてた頃ならね。

 ちょっと立て続いてるとは言え、このくらいの距離ならばレンタカーを数日借りるとこだったけどね。

 今回に関してはちょっと節約して、往復ともに各駅停車での移動。

 俺はまァまァ慣れたもんでもあるけれど、細君はこういうの初めてだったんじゃないかな。

 「案外イケるもんだねェ」とは言ってたけども(笑)。

 

 自宅を5時半前に出て、静岡に着いたのは9時半過ぎ。まァ、充分動ける時間帯だよね。

 

  

 左)そんなワケで、静岡駅前。家康が出迎えてくれます

 左)こちらは竹千代と今川義元。義元の添え物感ったら(泣)

 

 さて。まずは駿府城を目指します。

 駿府は元々今川氏の居所で、今川氏の人質だった幼少期の家康が過ごした地でもあります。

 海道一の弓取りと謳われた今川義元の薫陶を受けたんじゃないかな。

 

 家康はその後アチコチ居城を移しますが、最終的に大御所になってから駿府に戻ってきます。

 関東移封の前にも駿府に戻ろうとしていたようだし、最初に建てさせた廟所も駿河だし、

 やはり家康は松平氏本来の本拠地である岡崎よりも駿府の方が愛着があったんじゃないかなァ?

 

  

 左)静岡駅から駿府城公園までは徒歩20分ほど。ご当地ならでは(?)の三連殿潤なんかを傍目に進みます

 右)城代橋にたどり着きました。外堀の向こうに静岡県庁の別館が見えます

   やはり城址周辺はそのまま官庁街になりがちですね(笑)

 

  

 左)そのまま進むと復元された巽櫓にあたり

 右)そのすぐ脇に東御門も復元されています

 

  

 門をくぐれば、典型的な桝形です。キレイに復元・整備されてます

 

  

 左)本丸跡地の手前にまた徳川家康。もはや今川義元は陰もありません(笑)

 右)家康の手前にあるミカンの木。なんでも家康のお手植えなんだとか。ホンマかいな??

 

  

 左)家康のすぐ後ろから通路?が伸びておりまして

 右)天守台は目下発掘作業の最中。カラーコーンのお陰で素人にも区画が分かる(笑)

 

  

 左)1コだけ黄色いのが立ってるなァ。…と思ったら、今川時代の遺構みたいですね

   今川時代の駿府は城ってよりも館って風情だったらしく、江戸期の駿府城よりもだいぶ狭かったようです

 右)アチコチで石垣も出てますね

 

 

 その後もトイレ本体の見当たらないトイレの看板(笑)なんかを横目に見つつ公園内をブラッとしまして

 

  

 左)こちらはもう一つの復元建造物。坤櫓

 右)外から。破風があったり、巽櫓よりもちょっと手の込んでいる印象

 

  

 左)駿府城公園からちょっとだけ離れて、大手門跡へ。江戸期の石垣の合間を現代の道路が通っています

 右)左に見える高い建物が県庁の別館です

 

  

 左)この県庁の別館21階が展望スペースになっています。右上は富士山。左下は駿府城公園

 右)上から見ると駿府城のほぼ方形の敷地がよく分かりますね

   典型的な平城。軍事拠点ではなく政治拠点としての色が濃い感じがします

 

  

 左)陰がかかってしまってますが、東御門です。桝形の城門と巽櫓の配置がよく分かります

 右)上から見る家康(笑)

 

 さて。こんなところで駿府城を後にします。

 もっと今川色が強めなのかと思ってたんですが、完全に徳川の城でした(笑)。

 

 

 あ、家の甲冑のプラモデル風モニュメントを見掛けました(笑)。さすが静岡。模型の街