実録介護ビジネス  仁義なきコムスン
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持ち株会

持ち株会が発足するらしい。


少なくとも自分はこの件についてはとても興味深く受け取った。


コムスンを買収したGWG(グッドウィル・グループ)は、当年に軽作業請負をメインにジャスダックに異例のスピードで上場を果たし、市場から大きな期待感も含めた株価を得ていた。

なんとなく成り行きで社員となり、訳のわからないまま持ち株を得た社員が軒並み億単位のキャピタルゲインを得たことは事実であり、コムスンにおいては公的介護保険制度施行とともにそのマーケットの今後の可能性も視野に入れて、公開されるとなればそれ以上の期待感が盛り込まれることは間違いないとの見解も囁かれていたこともあって、社員は口に出さないまでもかなりの興味をもっていたのは間違いなかった。


ストックオプションではなく、社員に一律(実は一律ではなかった)に株式を割り当てるという形で各自に告知された金額を銀行口座に振り込むのである。


それにしてもやりかたが雑っぽいけど。振り込んだ後に何の音沙汰もないし。

振り込め詐欺に引っかかってしまう動機はまんざらわからなくもない。


もちろん任意であるが誰一人として権利放棄することなく振り込んでいたはずである。


自分もそそくさと、銀行振り込みを完了させ、これがいったいどのようになるのかはドス黒い期待感を募らせたことを覚えている。


これらの株式の割り当ては持株会とは全く別の概念なのであるが、この部分を誤解している社員は大半であったように思える。


いずれにせよ、この株式の割り当てと持株会の発足は、介護事業の給与体系や福利厚生の乏しさを補完するには絶大な効果を伴った制度だった。

もちろんコムスンが倒産すればすべて水の泡なのであるがあるタイミングを除いて誰もそのような不安は持っていなかった。



その後の結果は、コムスンとして上場はせず親会社であるGWGの持ち株会社化移行に伴い、コムスンとGWGの株式が一定比率で交換がなされそのタイミングではじめてGWGの株式として市場取引できるようになったのである。

一株500円のコムスン株式を25000円で、要は50倍で交換したのである。その一株が当時のGWG株価30~40万円の市場価格を推移していたのでコムスン株を有していたものはそれなりのキャピタルゲインを得たはずである。

もっとも、多大なゲインを得るのは持株会以外の割り当てという形で大量に保有していた者だけであるが。。。








ふたつのニュース


11月に入社してなんだかんだですぐに一ヶ月が経過した12月に入り、二つの大きなニュースが告知された。


①日本介護サービス株式会社を買収したという件


②今後の出店につき大きく軌道修正すべく全体会議を開催する件


へぇ~、そうなんだと聞いていたがいずれもその後のコムスンの命運を大きく握った案件だった。


日本介護サービスは当時コムスンよりもより多くの拠点でサービスを提供している実績をもっていた会社である。その実績をもった会社を合併することで、より本気で市場を席巻すべく全国での出店計画を怒濤の勢いで進めていくのある。


そして、12月のある日、2泊3日の日程で東京に全国の社員が招集がかけられたのである。



1999年12月の出来事であった。



最初のベンチャースピリット

そんなこともしながら営業活動に着手するのであるが、当時の社内ではそれを「外交」と称していた。


外交?なにそれ?

日本語の意味としては全く間違ってないみたいだが、かなり違和感を感じた。



深く突っ込むことはしなかったが、どうやら「営業」というワードを避けたようである。

このことに関してもその後にも深く大きなテーマとなっていくのだが。



日中、行政等の外交活動を終え西中島の事務所(統括部と呼んでいた)に18時に戻って各自それぞれの報告を会議形式で行うのである。

自分も含めて15人ほどいたように思う。

事務所はワンルームマンションに毛の生えたような広さにチープな長机が4つ並べて作業場兼会議机って感じでスチール椅子が適当に。


狭っ!


自分のような気の弱い小心者はその作業場である机なんて使えることは無かった。

仕方がないので画板を使っていたりした。

小学校の写生以来である。


これがベンチャー会社か。これがベンチャースピリットか。

そう思い込ませてモチベーションを上げていたように思う。


その会議の内容があまりにもくだらないので、机の面積を試算して人数で除してみた。



名刺より狭い。



これがベンチャーなのか!?



深く考えないようにした。



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