ワイン考察記 -8ページ目

ワイン考察記

ワインの味わい方、楽しみ方をなるべく簡単な軸で考察したい

ふと本棚を見たら、中ザワヒデキの「近代美術史テキスト―印象派からポスト・ヘタうま・イラストレーションまで―」がこっそりと潜んでいたので、取り出して眺めてみる。 

中ザワ氏が1989年に製作した全編手書きの近代美術史テキスト(全42ページ)であり、非常によくできている。 

以下内容を要約してみよう。 


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印象的にヘタクソだと評されたのがきっかけで印象派と呼ばれるようになった印象派は、ほとばしる色彩・情熱のタッチを身上とするゴッホの子孫にあたる「野獣主義(フォーヴィズム)」、意図された形態・必然による構成を身上とするセザンヌの子孫にあたる「立体主義(キュビズム)」に引き継がれていく。 

セザンヌの言葉である「自然を球、円錐、円柱にみたてて絵を描く」をついに本当にやってしまったのがキュビズムのブラックであり、ピカソ。 

本当にやってしまったから、「これは、絵ではない」との非難を受けた。 

近代(モダニズム)とは、過去を乗り越え、前へ前へと進むベクトルのことを指すが、印象派以来顕わになってきたモダニズムは過去を乗り越え、乗り越え、ついに「これは絵ではない」と言われてまでも前進していく。 

そしてその行先は、自ら「芸術に死を!」と叫んだダダに向かう。 


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ダダの代表人物と言えば、当時(1919)神聖な犯すべからぬ「美」の象徴であったモナリザの絵の複写写真に鉛筆で髭を書き込み、既成の男子用小便器に製作会社社長名をサインして作品とした「クソマジメだけは許せない」とのたまわったマルセル=デュシャン。 
それまでクソマジメであった芸術に対し、「反芸術」「芸術に死を」という立場を明確にし、最終的に「芸術をやめること」までも実際に作品としたデュシャンに「モダニズム」の縮図を見るなら、前へ前へと進み続け死に至るのが近代だということになる。 

ドリッピングで知られるポロック、ばかでかいキャンバスに茫洋とした色面を残すロスコが破壊(死)に所属するのか、新生に所属するのかわからないが、「人類共通の悲劇的物語をかかなければならない」とロスコが言ったように抽象表現主義者はとても真面目だったことを考えると、僕は不真面目さをもって既成芸術を破壊したデュシャンに対し、まじめに既成芸術を破壊したと考えると、抽象表現もまた破壊に属するのだと思う。 


そしてジャスパージョーンズに代表されるネオダダ。 
中ザワは、ジョーンズの代表作「星条旗」の意味を5つのポイントに分類している。 
① 星条旗というきわめて大衆的なイメージ 
② キャンバス自体がそのまま星条旗になっているというトリック性 
③ 画面の平面性・支持体としてのキャンバスの認識 
④ 星条旗の赤と白による単純なストライプ 
⑤ 筆跡が明瞭であり、そこに「芸術行為」がみてとれること 

①は抽象表現主義という極めて禁欲的な表現から、大衆的なイメージの連打への移行をさし、②は反芸術とコンセプチュアルアートの先駆けを、③④はミニマルアートのはじまりを意味している。そして、⑤の筆跡はレッキとした「ゲージュツ」である抽象表現主義の名残であると指摘する。 

デュシャンは、「私はあらゆる芸術にクソをぶちまけてきた。しかし今ネオダダと呼ばれる連中は反芸術の中にむしろ美学をノスタルジーしておりケシカラン」旨の発言をしており、結局ネオダダも“反芸術⇒死”に向かう「モダニズム」にすぎないことになる。 

このネオダダつまり後期モダニズムがコンセプチュアルアートあるいはミニマルアートという形で“完結し、閉じられた状況”または自己充足するという意味で“シアワセ”な状況に結局いきつくことを考えると、本質的にはネオダダもまた「死なない“死”」という死に行きついている。 


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この閉塞状態が世界各国で“異所的同時多発的”に打ち砕かれていったのが「ポスト・モダン」であり、アメリカではニューペインティング、ドイツではネオ・エクスプレッショニズム、イタリアではトランス・アヴァンギャルディア、そして日本ではヘタうま主義として表れている。 

このポストモダンの意味を、中ザワは進歩の夢は打ち砕かれ、人間は自らの進化に終止符をうち、“過去”はもはや乗り越えるべき存在でなく、“過去”は逆戻りすることも引用することも可能な存在となったと説明している。 

そのため、これらのポストモダンの流れは、過去を「既視感」をもって対応するシミュレーションアートに集約されていき、過去を「未視感」をもって対応してきたモダニズムからテーゼの変換がなされた。 

そして、ポストモダンの枠組みの中での「既視感」の変貌が始まり、やはり前へ前へと進んでいく。 


短期間の作家の内面を吐露する表現主義による発火時期⇒理性と幾何学(法則)、抽象化への移行⇒そのテーゼからの逸脱という死を経て、新しいテーゼの発火へと向かう。 


このように考えると、多くの引用、オマージュを従えながら、新しい組み合わせとして発火しながら無限に新生していくため、遠慮なく既成概念を死へ追いやっていいし、絶対性による変化の否定(中世)に戻るという選択肢を選ばない限りは、やはり残念ながら人間は前に進む衝動を持つ生物ということになるのだろう。 


人は現在と過去の連続性・同一感の中で生きているが、幸か不幸か、やはり本質的には、明日はまた新しい一日として人に訪れるようだ。 


天気がいいのでお休みにして、自転車でお出かけしました。
行った先は、幡ヶ谷、代々木、渋谷。
さて、共通点はなんでしょう?


はい
天気のいい日に♪ ブックオフ♪
なにも今日まで♪ ブックオフ♪
ということで、ブックオフ巡りです。


最終目的は、渋谷のブックオフで先日見つけた、200円の田村はまだかを買うことです。
Tシャツで自転車を乗っていると、コートの人が歩いていたりして、今日は奇妙な風景です。
渋谷区は、個人持ちの桜の木も立派なので、それらを眺めながら、ぶらぶらします。


途中ブックマートという古本屋も発見し、そこで銀の匙2巻を発掘。
1巻持ってないけど、とりあえずキープしておきます。
最新刊なのに300円だったし。
需要も多いブックオフではまず銀の匙は出回らないのでラッキーでした。


幡ヶ谷のブックオフは初めて行きましたが、100円単行本コーナーに獄本野ばらが4冊あったので大人買い、本谷有希子と宮下奈都も1冊づつあったのでさらってきました。
ブックオフ100円に落とす基準がよくわかりません。
幡ヶ谷のバイトは、獄本野ばらに宮下奈都が嫌いなのかもしれません。
スコーレNo.4を100円にしてるし、先日図書館で借りて、第1章から進まなくなった本なので、ちょうどいいです。気が向いたときにちょっとづつ読めばいいので。


代々木のブックオフの品ぞろえは、完全に僕向きではないので、もう行かないでしょう。
買うものは発見できず。


最後は、NHKわきの坂を下って、渋谷のブックオフ。
渋谷は単行本は200円コーナーです。
朝倉かすみがあと3冊あったはずなんですが、、、、、
肝心の田村はまだかだけ売れてました、、、
残りの2冊をゲット、有名どころはそろっている感じのミーハー渋谷店、ついでに桜庭一樹と平山夢有もおさえておきます。
平山夢有はお初ですが、ユニバーサル横メルカトル200円なら、お試しでいいでしょう。

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帰りは、宇田川の暗渠に沿って帰ればいいので、楽ちんです。
帰りかけ代々木八幡に寄ります。
八幡様には、とても素敵なものが飾ってあるからです。
そう、
それは、
エマ。
ハウスメイドの方ではありません。
絵馬です。
みうらじゅんの始めたムカつく絵馬を探すムカ絵馬遊びにちなみ、ホホ絵馬を探す絵馬読書の時間です。
今日の傑作は。
なりたい編:
 大人になりたい     ← いずれいやでもなるから、、、
 プリキュアになりたい  ← それはちょっと無理かな、、、
強欲編:
 慶応女子高校と青山女子高校に合格させてください  ← ひとつしか行けないよ
 片思いの**セリナと両思いになり、恋人にしてください。 
 片思いの小早川**と両思いになり、恋人にしてください。 えっふたり?
 そして、****で****で、女に苦労しない人生にしてください。 ← お金に苦労しないというセリフはよく聞くけど、、、しかも、自分も含め全員フルネーム書いちゃってるし、、、絵馬に住所書く人いるけど、信じられません、、、新興宗教の勧誘のみなさーん、名簿替わりに使えますよう。

今日のこれは叶えてあげよう編:
 職場のいじめをなくしてください。
 、、、

 頼むから、早くなくしてあげてください、八幡様。
 僕の願い事は後回しでいいですから。


最後は、行きつけのデリでパンを買って、放浪の旅はおしまいです。
昼間寄ったときは、まだアニスのパンが焼けていなかったので、寄りなおしたのですが、Tシャツに着替えているので思いっきり笑われました。
なにがおかしいのかよくわかりませんが、まあ福が来るのでいいでしょう。
アニスのパンの中ぐらいのほうが3つあったので、買い占めました。
本より高い1個230円です。
こういう大人げないところが笑われるのでしょう。
小金持ちになったのだから、好きなパンぐらい、自由に買い占めさせてほしいものです。
圭吾ちゃんの新刊が今日発売されました。
内容は、悩み相談をうけていると、人知を越えた真実にたどりつくという物語だそうです、、、
どんな真実なんでしょうか、またフォトショップマジックならぬ、宣伝コピーマジックじゃなければいいんですが、、、
記念にひさびさの圭吾ちゃんでも読んでみようかなと思ってしまいました。

今日は、朝から朝倉かすみのエッセイ「ぜんぜん、たいへんじゃないです」を読んで、くすくす笑ってました。
夜中に角川類語新辞典をよむとかエッセイの発想がおもしろく、朝から会社の座席でくすくす笑うへんな人になっていました。
かすみんの文体は、説明表現を重ねていくスタイルです。
丁寧に日常を観察して、考えて、自然体で描き出している感じ。
ようやく、がんばって、できればムカつかずに生きたいと肩ひじ張って生きる時代から、あるがままに結構いろいろあるけど、ぜんぜん、たいへんじゃないですといることのできる時代になったのかと思いました。
でも、かすみん60年代生まれなんですけどね。
かすみん風の時代になっただけなんでしょうか。

会社の机の上に「ぜんぜん、たいへんじゃないです」という本を置いておくと、うちの会社の人は、彼は結構実は心労を負っているに違いないと深読みしそうなので、裏返しにして題名がわからないようにしておいてあります。
だって、先日の送別会で、みんなまじめすぎるんです、もっと気楽に仕事をしましょうと発言したら、あなたこそまじめでしょと部長に突っ込まれましたもん。
ええ、僕はふまじめな時も、まじめにふまじめになれるし、まじめに手抜きもできるからいいんです。

そういう僕も今日1歳年をとります。
プレゼントはもれなく募集中です。
圭吾ちゃんの新刊でも角川類語新辞典でもいいですよ。
圭吾ちゃんの新刊は、読み終わってからくれてもいいですよ。
感想文を挟んでプレゼントするととっても素敵です。
さりげなく、ある日机の上においてあると、なお素敵です。
でも、そうしていると実は買っちゃってたという事態になるので、事前にさりげなく確認すると、後からあああれが露払いだったのねとわかって、さかのぼって素敵です。

そういえば、今月は既に2冊本をもらいました。
1冊は読書会で紹介した本が一番共感した賞に選ばれて賞品として、もう1冊は読み終わったのでくれたんです。
別に誕生日じゃなくても、本をあげたりするのはとっても素敵です。
そういうことが普通の日常と化しているところが、より素敵です。
でも、こうして日常をかみしめながら、こういうことが起こったらいいのになどと夢想できる日常を過ごしていることが、金太郎飴のように素敵です。

どうも、ぜんぜん素敵な1年が僕のもとにおとづれそうな予感がします。
とくにこれといった根拠もないけれど、なんとなくそんな予感がします。
これは予感なのでしょうか、それとも確信なのでしょうか?
根拠もないけれども、そう思えることってありますよね。
そういうことが沢山あることが幸せだってことのような気もします。
これこそが人知を超えた真実ですね。

そして、もひとつ、人知を超えた真実として、ぜんぜん素敵な1年が、あなたにもおとづれるような予感がします。
では、我々のぜんぜん素敵な1年に、乾杯。
いろいろあるけど、ぜんぜんたいへんじゃないですう。
ただの愚痴です。
たぶん。

今日は、林檎で予約をいれていたので、定時で退社し、林檎ストアに赴いた。
セカンドジェネレーションのナノが突然ブラックアウトし、iTunesから認識されなくなったのだ。
しかも、曲は全部消えてる。
OSは入っているので素の状態です。
たいして期待はしてなかったんだが、前回いったときは、予約しないと何も言えませんの対応でしょうがないなーと予約したんだが、ちゃらい担当がきて、復元しましたか?と聞くので、認識しないからできませんというと、じゃ有償修理ですね、交換ですとつれない返事。
ものを見もしない。
ついでに丁度今日テストして、ケーブル違いが発覚したプロジェクター用のケーブルについて聞くと、それは違いますね、と断言。
結局商品担当にタッチして、確認すると、VGA端子のみ対応のプロジェクターには使えないけど、HDMI端子対応の最近のプロジェクターなら使えるというのが正解。
ユーザーサポートに俺はなにを期待していたんだろうと思うが、あまりにもの突き放しっぷりにがっくし。
いや、商品担当は無茶苦茶親切だから、これは新しいツンデレチームプレイなのかあ?
それにしても林檎シャッフルバッテリ弱くすぐ体力切れ、林檎ナノ認識不能の記憶障害、ノーマル林檎ホイール不感症の選曲拒否。
林檎製品は壊れるように作っとるんだろうなあ。

そいでもって頭にきたので、コムサで林檎タルトでも喰ってやると思って、コムサに向かったはずが、1本道を間違えたので、西武の脇じゃなくて、パルコの脇を入ってしまったのよ、東急のほうに出てしまった。
ちぇ、井の頭線の池ノ上に新しく見つけたビストロに行くのはやめてハチ公バスで帰るかと、バスを待つも、やはり待てども暮らせどもバスは来ず。きたら来たで渋滞し。
しょうがないからやけ食いだと思ったが、健全にもチョコクロのお店に入ってしまい、アイスゆず茶を頼んだら、ゆずジャムをグラスの底におき、水をいれ、氷をいれて終わり、、、綺麗だけど、そんなん俺でも作れるわ、もしかして水じゃなくてソーダかと思い、真ん中の水ゾーンをすすってみるもやっぱり水で、かき混ぜれども、重いジャムは攪拌されず、結局ジャムを舐め舐め、水飲んどんじゃないかと思い、柚子皮をストローですすってみるも、詰まるので、思いっきり吸って、喉まで入り、むせながら、愚痴をiPadに書き連ねるりんごまみれの俺様。

ちぇうちに帰って、ハーゲンダッツるぜ。
その哀しみはやがて、かけがえのない光となる。

今週末読んで返さなくれたいけない本が2冊ある。
ひとつは、共喰い。
もうひとつは、すべて真夜中の恋人たち。

すべて真夜中の恋人たちから読み始める。

のっけから、川上ワールド。
今ここで起こっている事実から逃げない、目をそむけない、いや逃げられない自分がいることをひたすら受け止める。受け止めきれない自分でいることを知っているのにもかかわらず。
つぶれているにも関わらず、それでも、そこにありつづける。
かっこよくもなく、望んでいるわけでもないけれども、そうするしかないから。

そこからの、どん底への旅路。
ひたすら落ちていく。
そして、奈落での邂逅と救い。
しかし、そのわずかな救いが救いなのかどうかもわからない。
そもそもそこは奈落というほどの素敵な場所ではなく、地獄なら自分を見つけ責めてくれる相手がいるが、そこにはだれもおらず、なにもないのだから、奈落ではなく、おちたのは虚無。
虚無に囚われ、その虚無で無でないものを見つけただけ、しかし、その無でないものも、最後はなくなってしまう。それは偽りだったから。

救いは、虚無をさまよったときに、偽りであるものが、偽りであることを認め合ったときに、それは、本物の偽りになったこと。
偽りの本物で人を助けることはできないが、本物の偽りなら人を助けることができる。

え、そんな話だったっけ?
と読んだ人から言われそうだけど、
孤独な魂がふれあったとき、切なさが生まれた。
その哀しみはやがて、かけがえのない光となる。
という帯をつけられているこの本は、僕にとっては、そんな話だった。

うーん、共喰い読むの無理、、、
この氷点下の美しさをもったもろく儚いのにもかかわらず、強くありつづける物語のあとに、読めない、、、
出張に行ったり、出張先から忌引きでとんぼ返りとばたばたの毎日。
振り返る余裕はないけど、それなりに盛りだくさん。

これから茨城の家に帰り、そのまま次週は出張なので、この際、積読タワーを整理し、本の移動をしようとタワー再変遷をしていたら、冷たい校舎の時は止まるの上中下のサイズが違うことに気が付いた。

上下は文庫サイズで、中は新書サイズ。
もしやと思い確認すると、新書は上中下の3冊構成だが、文庫は上下の構成、、、
文庫を店頭で上下と買い、そのあとネットで中もあることを知り発注しておいたのだが、、、上下を買った段階で完成してる、、、
買うときは、まとめて買うので、細かい確認をしなかったのが、敗因だが、ネットだとそこまで書いてないし、、、

同じ本を2度買う失策は犯していないと思っていたのだが、意外なところで足をすくわれる。

辻村深月、坂本司、北村薫、瀬尾まいこ、三島由紀夫あたりがタワー入りしてきたので、高殿円、有川浩あたりには引退してもらうこととした。

荻原さんはまだ名誉タワー作家に入っているが、小野さんは文章はすごくうまいホラー?ミステリ?作家だと思うが、全体構成なのかテーマ性なのか、いまいちフィットしないので、魔性の子をもって、タワー作家から外れそう。屍鬼に東京異聞がまだタワーに残っているが。

夜は、若干だけ足を伸ばしスープカレー屋に行こうと思っていたのだが、
引きこもり探偵の小説が面白すぎて、外出する気が失せ、
引きこもり本の虫の僕は、家から一番近くのレストランへ
でも、偶然ながら、うちから一番近いのは、インド料理屋。
ということで、晩御飯は、やはりカレーに。

エビのココナツカレーとシシカバブを食べたのだが、結構辛い。
ストレートに口に入れた瞬間にくる辛さではないが、じわじわと辛さが攻めてきて、ひかない。
うまいけどカレーよと思い、インド人のおじさんに、これ普通のやつ?(この店は、普通から激辛まで5段階で調節できると表示してあり、普通は1番)と聞くと、通じなかった感じなので、1番のやつ?ときくと、そう1番、辛い?とかえってきた。
うーん、ちょっと辛いかな、ちょっとと身振りも交えていうと、ちょっと辛いほうがテイスティよと、、、うーん、テイスティってそんな意味の言葉だったっけと思いつつ、ほんとにここいらに店を出す人は、みんな自分の味を曲げんな、、、まあそういうところが好きだけどと思いつつ帰ってきた。

ここのインド料理屋、はっきりいって客が入っておらず、今日も僕だけ。
途中で、中学生らしき女の子が家族分の弁当を買いに来たけど。
そりゃ、おじさん第一印象的な愛想はないけど、最初から愛想がいいのは日本人ぐらいだし、辛いけどこれはスパイシーつうやつでうまいんだけどなあ、しかも弁当は500円だし、、、あ、だから弁当だけ買いに来るのね、、、
おじさん、中学生が待っている間、ラッシーかなんかプレゼントして、いい人なんだけどねえ。いや、たぶん、ラッシーはそんなに万人受けする飲み物じゃないから、笑顔の一つでもプレゼントしてやって、あとあんまり待たせないと客来るのに。
おじさん、カレー頼んでもスパイスや具材炒めるところから始めるし、ナンも生地伸ばすところからだから。もちろん、注文順につくり、弁当もその調子なので、僕の分を作り終わってから、弁当を作り始める。
店内のテレビは、インド対オーストラリアのクリケットの試合、、、ちっとも何をしてるかわからんよ、、、
まあ、一番日本人受けしないのは、以前は喫茶店であったろう、くすんだ内装だろうけどね。
僕は、ここままが好きなので、変わってもらっても困るけど。
といわけで、ナン一個で少ないかなと思ったけど、腹持ちがよくいまだにお腹いっぱいなのでした。

そんで帰宅すると、未来館から案内が来てる。
友の会のイベントの案内。
実は、友の会の会員でもなんでもないんだけど、先月イベントに行ったから案内がきた。サイエンスカフェの。
そりゃ、しっかり理系じょしこちゃんたちにも理解できる範囲で、技術的にセンスのある質問を振りまいてあげたし、グループ作業でもファシリテートしてあげたので、やっぱり案内きたかと思って、読むと、いままで参加された全員へと書いてある、、、ああこっちも客がいないのね。
防災ゲームの話らしい
リンクをたどると

・災害対応カードゲーム「クロスロード」は、大地震の被害軽減を目的に開発されたカードゲームで、阪神・淡路大震災において災害対応にあたった神戸市職員へのインタビューをもとに、実際の対応において神戸市職員が経験したジレンマの事例をカード化したものである。

・「クロスロード」とは、「重大な分かれ道」、「人生の岐路」のことであり、「人数分用意できない緊急食料をそれでも配るか」、「学校教育の早期再開を犠牲にしても学校用地に仮設住宅を建てるか」、「事後に面倒が発生するかもしれないが、がれき処理を急ぐため分別せずに収集するか」など、神戸市職員が実際に迫られた難しい状況判断がカードとして出題される。

・ゲームの基本的な進め方は、カードの設問に対し、各自がYESかNOかで自分の意見を示す(または、多数派を予測する)、多数決により勝者を決定する。また、設問に対する正解は示されておらず、なぜそのように考えたのかについて、参加者同士で意見交換することが重要なポイントとなる。

・他に、防災に関するゲーム教材としては、遊びながら毎月の防災の備えを確認できる「大ナマジン防災すごろく」、楽しみながら防災知識が身に付く「ぼうさい駅伝」などがある。

とある、つうか、元の説明ひどすぎ、方法やスポンサー、経緯など枝葉の情報ばかりで、主語目的語がめちゃくちゃ、これで、サイエンスアゴラなんてよう言うはって感じ、使えないので、説明文書き直したわ、、、

ゲーム自体は、すごく面白そう。
ただ、こういうのは机上の空論で議論してもなんの役にも立たないけどね。
結局、役に立つのは、追い詰められた本当の危機的状況をくぐりぬけてきた人間がその時その場にいて、その瞬間にエゴイスティックだけど、それが故に一部の人を助けられる判断をし、それを主導できるかだけの話だから。
ゲームするより、もっとがきんちょを谷底に突き落とし、追い詰めたほうがましだと思うけどね。

まあ、いたいけな中学生とかは可哀そうでもあるけど、大学生は甘やかしすぎだよね。朝の日米バイリンガルのスピーチの会合に今日、留学予定の高校生が来たけど、、、幼いねえ、行ったら日本には戻ってこないつもりと言ってたけど、、、うーん、悪いけどはあ?って感じ、まあがんばれ、まだまだスタートラインにすら立ててないようにしか見えないけど。

ネットから申し込んだら会員番号がないせいで申し込みが前に進まないし(たぶん)、最近ネットの電波の調子が悪いので、そのせいかと思ったんだけど、やっぱりきっと会員番号の記載がないからだろうなあ。
会員以外も参加可能と記載があるけど、元は会員向けのイベントで人数少ないから、呼びかけたんだろうから、ネットのシステムの方はたぶん対応しきれてないだろう。
ほんと、詰めが甘いわ。
まあ、内容が良ければ、僕は手続き論はすべてダメダメでも許すタイプの人間だけど。
メールで連絡しといたから、どうにかしてくれるだろう。
しかし、大ナマジンってなんだ?センス悪すぎ。

未来館は、HPを見ると、National museum of emerging science and innovation とある。
国立だったのね。
サイエンスカフェ自体、サイエンスジャパンや中外製薬の協賛イベントなので、民間かと思ってた。サイエンスのダイジェスト版もくれるし、なかなかサービスいいのよねえ。
まあ、そんなのもらって喜ぶの少数派だけど。
ルーシーより古い類人猿アルディピテクス ラミダスの35個の部分化石の分析の記事とか面白いけどね。まあ、ほとんどが僕ですら意味不明の科学記事だけどね。
なんだかんだいっても国立はいい仕事するよね。
理系文系問わず、科学博物館に美術館のみならず、国立民族学博物館に国立歴史民俗博物館も最高だしなあ。けっこう世界中の美術館博物館に行ったけど、美術館は負けるけど、博物館は結構いい線いくと思うんだけどなあ。まあ語学の問題もあるけど。
しかし、表慶館も付属自然教育園にもまだいってないのよねえ。
都立もいれると久々に写真と現代美術も行きたいし、しばらくはミュージアムめぐりでもしようかなあ。
つうか、実は未来館もイベントに参加しただけで、館内自体は見てないんです、、、
しょうがないから、今度早めに行って朝から回るか、、、
ゲノムのところは興味があるし、でもたぶん、ネットで検索したほうが、最新情報出てるんだろうなあ、、、まあいいきっかけとダイジェスト版で、まとめてくれていると思えばいいか。

初キャラメルボックスにいきました。
成井さんの脚本自体は何冊か読んでことはあるのですが、キャラメルボックス=素人受けする教科書的な80点の優等生舞台という印象があり、なかなか足が向きませんでした。
今回、トリツカレ男に行ってみて、すいません、成井さん、教科書的とか思っていて、、、という感じでした。
はい、号泣しました。
玄人的なピリ辛の脚本とか素人的なわかりやすいべたな安い脚本とか、そういうのではなく、世の中には、何かを動かす本物の物語と上っ面だけの模倣追従の2種類があり、キャラメルは本物だったと思いました。

ということで、何がよかったんでしょうねえ。
まあ、キャラメルなので、優等生演出なのは優等生演出なのですが、脇の演出が非常に深みを出してますよねえ。
脇が支えているから、メインラインも全速疾走できるわけです。
俳優もいい役者を脇にそろえてますよね、キャラメル。
はじめ、おいおい17役17名?おれには覚えられんぜと思い、現に今も役柄でしか判別できてないわけですが、結構光ってますよねサブキャラ陣。
それで、サブのなかでも重要な幼馴染役とマフィアのボス役が活きてくるわけで、それを踏まえての主役のトリツカレ男と天然系?のヒロイン役なわけです。
星野真理ってTVでしか見たことなかったから、不思議系のキャラ売り俳優かと思いきや、非常に演技がうまいいい役者だし、、、
全力役は、それほど難しくないとしても、ああいう天然系を演技するのは難しいと思います。

ストーリー的には、バカな話ですよ。
全力系主人公とそれを見守る関係者及びいらだつ幼馴染というよくある物語です。
しかも、恋の対象は、たんなる可哀そうな愚鈍な乙女、、、というとキャラメルファンに殺されそうですが、、、でも、やっぱり愚鈍ですよ、あそこまで最後ネタばらしされないと気づかないのという感じ、まあ、お話ですが、どう見ても、幸せに値するのは、日陰役の幼馴染でしょ、マフィアの親ビンのほうがまだ頑張ってますよ、、、
でも、まあ好きになったらしょうがないということなんでしょうし、時にはあえて愚鈍でいることも必要なんでしょうが、僕は若干、納得できず、、、

まあ、愚鈍キャラがいてくれないと、物語にならないし、、、
やっぱり物語を構成するためには、世の中には、使えない上司とか頭の悪い無責任な客先とか働かない同僚とかが必要なんでしょうかねえ。
まあ、それでも僕は、毎日会社で、意味のない主張には、誰が発言者でも、それなりの対応を平気でしてるから、一種のトリツカレ男なんでしょうねえ。
まあ、まわりにあいつがやることだからしょうがないやと思わせて、たまにサブキャラにもおいしい思いをさせて、まわりが見えても見えてないふりをして、突き進むしかないんでしょうねえ。
ということで、世の中の全愚鈍キャラと無能キャラに感謝せねば。
世の中をおいしくしてくれてありがとう!
明日から、世界に対しちょっとだけやさしくなれる気がします。

トリツカレ男意外にお客さん入ってないんですよね。
今日は、最終土曜だけど、満席ではないし、、、
いい舞台なのにああ、トリツカレ男。

当日の開演1時間前までは、半額券を売ってるんですよね、、、
来週の平日に半額券買ってもう一度見に行くかあ。

次の公演の容疑者Xと無伴奏ソナタも半額券買ってみにいこっと。


米国製の商品をネットでまとめてお買い上げ。
決算は自分のカードで、送付先をアメリカの友達のところにしておけば、米国内の送料はほぼかからない。
便利な世の中になったものだ。

購入品は、
Kashwareでブランケットとスリッパ
ModernNoteのルームフレグランス
BodyandBathworksでバス用品
まとめて買うので結構な量になる。
めんどくさいから多めに買っとけというセンスなのだが、結局トータルとしては安くついているのかどうか?かも。
まあ大体半額程度なので、値段自体は安いんですが。

しかしそう考えると、円高というかドル安で誰が暴利をむさぼっているかよくわかる。
UGGといい本当なめているとしか思えない。
欧州ブランドでもここまで価格差をつけないと思うのだが、芸能人には無料で提供し、大衆に高く買わせる作戦なのだろうか?
まあ、マスで買ってくれないと商売にはならないし、定価という概念自体、あくまで合意されたものにしかすぎず、後天的なものではあるが、、、
外資に協力してるのも、日本人なわけだし、こっちもオンリーワンの商品を高く売ればいいのだが、日本の職人は利益を過剰に出すのを罪悪と思っているとしか思えんしなあ。
ま、僕は、US postの送料が安ければ文句はないわけで、自分自身ローカルなエコノミックアニマルなんだなあ。

しかしどうせ中国製も多いんだから、アメリカ経由じゃなくて、入手できないのかな。
韓国かシンガポールか香港あたりのサイトをあさるか、、、
めんどくさいなあ。
まあ、地理的な距離ではなく、物流のマスも含めた物の動きなので、アメリカから移動させたほうがいいんだろうなあ。
ようやく暇な週末がきた。
のんびり朝起きて、シャワーを浴び、おきにいりのビストロへランチへ。
たわいない雑談をしながら、週末にやることを考えてみる。
いがいにたいして思いつかない。

忙しいさなかも、やりたいことは、思いついたときにすぐやっていたから、ほとんどたまっていない。

やっぱり、その瞬間に片づけるに限る。
その瞬間が一番エネルギーが高いし、相手の反応もいいから、すぐ片付く。

ここ1か月仕事も結構忙しかったが、仕事のコメントもじっくり資料を読んであとからなどと考えずに、すべてその場で行い、用の済んだ会議は途中退出してたから、効率はすごく良かった。
効率も重要だが、意味のある仕事に集中して仕事をすると、すごく発想が冴えることを発見したのが大きかった。
すぐ各検討のポイントが見えてくるし、きちんとポイントを指摘すると相手もそれに応える振る舞いをしてくれる人が多いし。
最初は、部下も中途半端にしかついてこなかったが、ある日、あまりにもできの悪い資料に、ぶちぎれてしまい、なんだよこの資料、全然改良されてないやんか、わざわざ丁寧にコメントしたのに、なめとんのかと資料を投げ返したら、それから、きちんとついてくるというか、言わなくても、やるべきことをやって、聞くべきことを聞いてくるようになった。
そこまで言ってやらんとできんのかと思うが、まあ、いつも30点の資料を80点まで引き上げてやっているし、会議でも全部後始末してやっているので、こういうときに怒っておくと効くんだろうけど。
まあ、そう考えると、結構楽で楽しい1か月だったなあ。
上司は、決裁権ほぼ実質おろしてきたし、部下は、指示を聞く気になって、意図を解釈しようとしてくれるし、技術的な議論や意味のある検討や作業には時間を使うけど、くだらないことは僕にあほと一蹴されるのがわかっているからくだらない悩みうだうだ時間を使うことがグループとしてなくなったし。
そう考えると、きちんと意味のあることにはきちんと付き合うけど、くだらないことには付き合わないと明確に相手に分かるように出しておくことが重要なのかなあ。
まあ、何回かあちこちからケンカ売られたけど、即座に買って、その場で利子つきで返してやってるけど、、、
あんまり敵を作るのもなんだかなあとは思うが、しょうがないわな。
共通の目標を達成するのではなくて、自分の作業の都合や感情を優先させる人は必ずいるからなあ、、、
まあ、上司に恵まれてるから、ケンカ買いまくっても、何一つ小言は言われないし、助かってるけど。
あとは、オンとオフの切り替えが素早くできるといいんだけど。
仕事はバリバリこなしたいが、オフはのんびりしたいしなあ。

そういった意味では、会社の近所に素敵なレストランができたのは助かる。
家の近所のおきにいりのビストロじゃ、平日いってアルコール入りすぎると、次の日の仕事の効率や質が落ちるし、会社のそばにあるのがいい。
味もいいけど、サービスがいいのよ。
やっぱこれが両立してくれないとあかんわ。
ユーモアやウイットがないとつまらんし、ちょっとした余裕からくるサービスが人の疲れを癒すんですよ。

さあ疲れはしっかり癒されたので、今日は何をして疲れようかなあ、、、