身代金と殺人の尋問になると,供述があいまいで、ようやく、監禁場所を吐いたのですが、それが嘘の証言でして唯ちゃんは、いまだに発見されておりません。本人は、頭が混乱していて、現実と幻が入り組んでいたと言い訳がましく首を振るだけで、死体をどこに隠したのか自白をしておりません。ただ妙なことに、唯ちゃんの母親の様子をいたく、気にしていましたが。

「誘拐して、母親の気持ちを察しているなんて、難解な女ですね」

金子は、犬節の報告に、自らの感情を晒した。

「どんなことを訊いた?」

「署長、それが、悲しんでいるのかとか、どの程度悲しんでいるのか、本当に、娘が心配の余り、当然気も狂わんほどの状態だと伝えると不適にも笑みを浮かべた顔が、何かに取り憑かれたようで、白峰容疑者自身が、狂っているのではないかと疑いました・・・」

「そうか、白峰紗江子か」と、古川署長は、複雑な顔で、唸った。

「どうかされましたか?」と、犬節は、署長の異変に気づいた。

「白峰って少ない名苗だ。それに職業が、外科女医か。白峰病院が、この町にある。彼女は、この実家に戻ってきたのかもしれん。だが、あの人ならこんな犯罪に関わるはずがないが・・・俺は十年前に転属願いを出して、道警にいたことがある。11月の大雪の夜、息子がバイクに乗っていて交通事故に遭って死にかけた。そのとき執刀してくれた先生が白峰という女医だった。頚椎が損傷し、重体で難しい手術といわれていた。彼女の腕がよかったので奇跡的にも生命取り留めた。息子の不良行為には、ほとほと手を焼き、警察官としては、まったく情けないことに将来を悲観していた時だった。悪い仲間から抜け出すのには、と思案のあげく転勤願いを私は出した。だか、土地柄が変わっても、息子の素行は、そう簡単に順良に戻らなかった。その事故が縁で、洋子さんという白峰医師の娘さんと友達になり、その彼女が息子の心根を浄化してくれた。その母親が白峰さんだ。彼女たちはその後、北海道から、この町の実家に戻られた。息子は、真面目に勉強し、東京の国率大学に入学し、その後も白峰洋子さんと交際を続けていた。だがまもなく、洋子さんは、事故でなくなったと、東京で大学生活を送っている、息子から聞かされた。

その洋子さんの母親が、幼児を誘拐し、身代金要求後、果ては殺戮までしたとは、どうしても信じられないことだ。たとえそうであっても、息子が、いま人並みに生きてられるのは、その人たちのお陰だ。わたしは、ここに赴任したときに、彼女の親許があると聞き、家族で白峰病院にお礼に伺ったが、そこには、もう彼女は、アメリカに行かれ、おいでにならなかった。息子と共に、洋子さんの墓参りだけさせていただいた」

「そうですか、そんなことが、この被疑者との間にあったのですか。分かりました、一度面と通しされてはどうですか?」

「人違いであってくればいいが」

犬節は、温厚な署長らしい、話に頷いた。



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 市役所の玄関中央の受付嬢は、極上の美人のお嬢様が配属されています。福祉事務所長さんの末娘の幸子さんです。やはり、庁内一美人のミス役所でしだ。独身職員は、わざと受付の前を通り、デートの誘いを掛けるのです。でも、微笑み中で、いつも旨くはぐらかされるのがおちです。誰か意中の男性が見えるのでしょうが、でもそんな男性の噂も立ちっておりません。「まだ、金は残っている?」と、康太さんは、幸子さんに、囁きました。「大丈夫、まだ二週間分はあるし、私も、コーヒー代節約して、千円カンパしておきましたよ」 「おかしいじゃないか、安平は毎日取りに来ているんだろう?」「ええ、康太さんが言われたように、毎日三百円渡していますよ。声変わりのアヒル声で、アリガトウって聞くと、本当に身につまされるわ。安平君のぐうたらな母親、あいかわらずなの?」 「おかしいな、話を逸らすなよ。他にも誰かのカンパが?」 「さすが、鋭いな。この月から、3千円のカンパをしてくれる人が増えたの。ただし、名前は、伏せといてくれと釘を刺されているから、康太さんでも言えないわ。ねえ、康太さん、たまには、私にも居酒屋に誘ってよ」「そんな余裕がないほど、デートの誘いがあるのに、大人をからかうなよ」「からかっていないのに。康太さんのためなら、いつでも開けるわよ」 康太さんは、笑って手を上げると、いつもの千鳥足ではなく、早足で事務所の方に戻っていきます。安平君は、安田平一で、中学二年生です。父親は、工場の事故で、死亡しました。その遺族厚生年金だけで、母親と安平君は、生活しています。しかし、母親には一般常識の頭はなく、とくに金銭感覚には、まったく疎いのです。年金は、年4回の支払いになっています。その振り込まれた日に母親は、デパートからタクシーに乗って、帰ってきます。タクシーのトランクには、デパートの包装紙に包まれた箱で一杯です。 その日に振り込まれた金は、財布の中に、わずかに残るだけです。電気は止められるし、水道だけは、康太さんが頼み込んで、何とか給水してもらっていますが、それも限度があります。まして、安平君の昼食まで、金が回ってこないのです。その救護を児童課に求めてきたのは、校長先生でした。でも、いまの福祉の力では何んとも救済できがたいのが現状です。 母親は、遺族年金の収入が一定以上あるので、生活保護費は受給できないのです。さらに、母親に振り込まれてきた遺族厚生年金を福祉事務所が管理する権利はありません。康太さんは、その母親を説得しましたが、そのときは、涙を流して頷くのですが、次の日になったら、大輪の向日葵の派手な服をきて、茶パツの髪に濃い目の化粧をし、日傘を差して、お出かけしていきます。頼んであった銀行から、いま引き下ろしに来ました、と電話連絡があり、康太さんは早速出向きました。案の定、お母さんは、デパートへ直行です。康太さんが、止めようとするのを彼女は、大声で痴漢、痴漢と、叫ぶのでした

 管理人から、白峰の部屋の見取り図を提示して貰った。やはり、奥の洋間に隠し部屋のような収納庫の中二階があった。壁に赤いボタンがあり、それを押すと、天井がスライドし、梯子が降りてくる仕掛けである。天井裏は、明かり窓がなく、闇の空間に四角いものが確認できる。管理人が、リビングの壁のスイッチ押し天井裏の照明を付けた。ひと抱かえありそうなダンボール箱が中央に置かれているだけだった。篠原が、躊躇することなく駆け上がった。ダンボール箱は、ガムテープで、上部が停められている。この部屋は、かび臭い臭気が漂っている。篠原は、ダンボールを持ち上げてみた。かなり、重い。後から上がってきた、香西に、間違いないと、伝えた。三人の刑事の見下ろすなか、篠原は、ガムテープを剥いだ。蓋を左右に開けた。血に塗れた髑髏が、篠原の目に焼きついた。篠原は、声をあげて、尻餅をついた。山本が、入れ替わって箱の中を確認した。それは組み立て用の人体模型が入っていた。血は、篠原の幻影にすぎなかった。警察をあざ笑うかのような仕掛けだった。けっきょく、唯の遺体は見つからなかった。その一報が、衣川の両親にも届いた。やり場の無い、むかついた気持ちで、父親は、クソと吐き捨てるように、唸った。母親は、張り詰めていた気が崩れたのか、トイレに走り、便器蹲り、激しく吐露している。そのあと、木枯らしのような嗚咽が漏れてきた。その姿は刑事たちの、胸を詰まらせるのに充分だった。

白峰被疑者は、夢見町の衣川信也の一人娘の5歳唯ちゃんを平成16年5月10日午後3時頃、団地入り口の坂を登った人気のない所で車を止めて、声を掛け、自ら車に乗せるよう誘った。白峰は、市内の私立浜畑総合病院に勤めていた嘱託医師であった。5月のゴールデンウイークは、白峰は、独り身であることもあり、その間、当直として病院につめていたかわり、5日間の公休であった。

白峰が車に乗ってMデパートを教えてくれないかと、問いかけると、いいよと可愛く、承諾し、乗って暫くし走ってからジュースを飲ませたら、十分ほどで唯ちゃんは、シートに倒れ眠りに入ったそうです。