「法手続きを取ろう。神奈川県警に移送する準備をしてくれ。まだ、彼女は、容疑者だ。唯ちゃんの死も無駄にしたくない、という言葉が、どうも気になる。俺の勘では、俺は、沢山の犯罪者と接してきた。犯罪者には、必ず独特な雰囲気があるものだ。だが、彼女には、それを感じなかった。いや、感じ得なかった、だから俺の署で、この事件を捜査したかったが、誘拐は管轄外だ、手が付けられぬ」 

「私たちが、捜査の行方を見守ります。向こうには、友人がいます。共同捜査を願い出てみますから、ここを少し留守にするかもしれません」

「うん、頼む。正式な手続きは、向こうから言わせてくれ」

白峰は、緊急逮捕の措置が執られ、留置された。昼と夜兼用の食事として、署長のポケットマネーで極上の寿司が出された。白峰は、署長のはからいと聞いてこれに手を合わせ、半分ほど食したが、やはり進んで食欲は、ないようであった。管轄の県警は、公開捜査に踏み切っていない分、こちらも隠密に行動する必要があった。

午後三時半過ぎ、察回りの新聞記者のいないのを見計らって、裏口からワゴン車の後部席に容疑者白峰を犬節と金子が挟むような状態で乗り込んだ。彼女を事件が発生したK市の管轄警察へ移監することになった。

相模湾の海上に跳ねた夕日が、車窓越に白峰の美しい顔を炙っていた。犬節は、彼女に断ってタバコを銜えた。どうですか、と差し出したマイルドセブンを、彼女は手錠のかかった細い手を泳がせ戴きますと答えた。持参したバックの中に、ロングピースが二箱入っていた。犬節は、彼女がヘビースモーカであるのを見抜いていた。一度タバコのケースを自分の手元に引っ込めた。犬節自ら、ケースの破れ目から一本抜き出し、白峰の薄紅色の唇に咥えさせた。家内からの誕生日プレゼントのダンヒルのライターで、火を付けた。彼女は、タバコに指を添えて、一二度深く吸った。そして、犬節に、軽く会釈した。手錠のままタバコを吸う様は、白峰が急に悪女らしく見えた。それは、幼児殺害のイメージが、ダブったからであろうか。犬伏は、白峰の手錠を外した。白峰は、運転している、金子が後部に避難の視線を巡らすなか、軽く頭を下げた。S署で、犬節が、K市へ移送すると伝えると、白峰は、バックの中に持参していた化粧道具を要求した。婦人警官を伴わせ、洗面所で、彼女が要求していた、化粧をさせた。今日は、湿度も高く、取調室で、汗を滲ませていたから、やむを得ないだろうが、しかし、マスコミにも写真を撮られるのを意識しているのか。多分、マスコミ発表は、死体を発見後になるだろう。


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は、蛍子さんの耳にぶら下がっています。つまり、イヤリングに変身したのです。
「話は分かりましたから、お母さん、まあ落ち着いてください?」
と、康太さんは、苛立っているお母さんに、泣きそうな困惑な顔を向けて、言ったのです。
「もうー、裁判に持ち込みたい気分です、むかつく?」と、憤りを発しながら、お母さんは、テーブルを叩いたのです。 相談室は、防音装置の厚い壁になっているから、外へ漏れることはありませんが、その分、父兄の責め苦を康太さん一人で背負うのです。でも、康太さんは、右から左の聞き流しですから、苦は残らないのです。
「正樹を迎えにいったら担任の保母さんから、子どもどうしが喧嘩して、足を少し擦りむいたので、赤チンを塗っておきました、と報告をもらっただけで、謝りもしないのよ、その保母。それどころか、正樹が、隣の子に先に手を出したので、悪いといわんばかりに。そんなことで、とやかく言いたくはないけど、家に帰ったら、正樹が足の疼痛で泣くので、どうしてかと聞いたら、転んだときに、コンクリートの角で打った、と赤チンを塗布した膝頭を見せたのです。可哀想に、足は腫れていて、早速、病院へつれていきました。市の保母というのは、悪い子は、病院にも見せないのですか?」と、お母さんは早口で、康太さんの顔に唾を飛ばし、捲くし立てました。
「まつたく、そんな事だとは露知らずに、申し訳ございませ」と、康太さんは、びっくり箱の人形のように、勢いよく立ち上がって、頭を90度に下げました。蛍子さんは、そんな康太さんの手を引っ張りました。
「いえ、そんな、いいかげんな保母はいないはずです」と、蛍子さんは、言いきりました。
「新米は、口を出すな」と、康太さんは、蛍子さんを怒りました。
「そうよ、あなた新米。失礼よ!現場も見ていないくせに、そんなこと、あなたに解るのですか。だから、役所は、だから、いいかげんなんですよ」
「申し訳ございません」と、康太さんは、テーブルに頭を擦り付けるように、謝りました。蛍子さんは康太さんの態度を見て、腹立たしく立ち上がりました。 康太さんは、蛍子さんをが出しゃばってきたので、止めようと肩に手を触れた途端、弁慶の爪が、長刀のように、振りかぶりました。康太さんは、声を殺し、危ないイヤリングだと、手をさすりました。
「病院は、どちらへ行かれました?」と、蛍子さんは、お母さんに詰め寄ったのです。 
「疑うのですか?」と、お母さんも、立ち上がっている、蛍子さんに、敵意をむき出し、立ち上がって、顔を突き合わせたのです。康太さんは、台風一過を期待していたのに、さらに威力は増しそうで、ここから逃げ出したい嫌な気分なのです。
「いえ、違います。いちばん大事なことは、正樹君の怪我の状態です」 
 お母さんは、口を噤んでしまいました。そして、いきなり、卓上に置いた、ハンドバツクを取り上げました。
「もういいです、今度こんなことがあったら、ただではおきませんから」
「もうしわけありません。今後気をつけるよう、園長にも厳しく言っておきますから」と、康太さんはやれやれという風に、再び頭を下げました。
「ちょって、待って下さい。あなたは、正樹君に何をしてあげたのですか?」
「正樹には、怒りませんよ。これでも、物わかりのいい母親と思っています」と、お母さんは、胸を張るように、答えました。
「そうでしょうか。正樹君は、いま大人によって、心が形成されようとする、大事な時期です。小さなハートに向かって大人の怒りをまともに受けると、小さなハートは、長い年月傷がついたまま、癒やすのも難しく、問題になりかねません。お母さん
の処置は、半分は合格です」
お母さんは、納得して頷きました。

明日の早朝の手術が控えているから、限度を見据えて飲んでいたが、接待上手な雰囲気に嵌ってしまった。マー坊にヤー坊か、これはどこかの農機具の宣伝だな、と若菜は、対面のマー坊に賑やかに伝えた。マー坊と友雄は、交代に若菜をもてなしていたが、いつの間にか、ヤー坊の目が据わりだした。若菜も、アンパンの焦げ焼きのように、赤黒くなっている。

「おい、ドクターよく見ると、可愛らしい顔しているね、クマのプーさんみたい」

「康子、クマのプーさんは、失礼だぞ。我らが英雄アンパンマンだから」

 康子は、若菜の頭を撫でていたが、突然腕に噛みついた。悲鳴が上がった。歯形のついた腕をさすりながら、若菜は大きな尻を降り畳みを這って、マー坊の隣に逃げた。

「やらしい、アンパンマン。噛まれて喜んでいる、くやしい」

 ギャー、痛い。マー坊は、若菜の太股に噛みついたのだ。さすが、性格が同じ酒乱の一卵性双生児だ。また若菜は、這って、リビングに逃げる。こら、逃げるな、穴熊。たぶん、ここの母さん、脳がパンクして、入院したのとちがうか、と若菜は髪の毛を乱して錯乱していた。友子と友雄が、ミニスカート姿で、マイクを持って、曲に合わせ腰を激しく振り、インデアンのように頭のテッペンから声を出し歌った。昔に流行ったピンクレディーの歌だ。この曲が始まると、雅子と康子は、立ち上がって、パラパラを踊り出した。きょとんとしている、若菜に、クマのプーさん踊れ。踊れと、一同は囃し立てた。渋々若菜が立ち上がって、大きな尻を振って、不器用に踊った。毛皮がじゃまだよ。脱げ。脱げ。若菜は、ネクタイを取り、シャツを脱ぎ、パンツ一枚の上半身裸である。太鼓腹が、タプンタプンと波を打っている。クマがパンツはいているのか、卑わいな奴、と雅子と康子が野次った。

 朝になって、若菜は、素っ裸で、ごろ寝していた。毛布一枚がかかっていた。康子も雅子も毛布だけで、同じ居間でごろ寝している。若菜は、尿意を催して起きあがった。マー坊が、毛布から顔をだして、目を開けた。夜明けの鈴木家に悲鳴が上がった。それは康子の鼾が、やんだのと同時だった。若菜は、パンツを脱がされていたのを覚えていなかった。

 ホームで、電車を待つ若菜は、携帯電話を手提げ鞄か出した。メールの着信を知らせるパイロットランプがブルーに点滅していた。発信相手は、宏美からだった。

 夕べ鈴木家に向かう電車の中で、着信に気づいて見たら、いまなにしていますか、と入っていた。仕事が終わって、部下の家でおよばれです、と返信した。ご馳走いいですね、私もごいっしょしたいですが、お邪魔ですね。その方、美人ですか。いえ、カボチャ顔です、と返事した。横で居眠りしていたマー坊を見て、若菜は、ほくそ笑んだ。