彼女からは、多彩な面を、この僅かな時間内に感じた。医者として、常識ある淑女、頑として警察を手こずらす、前科を重ねたような女、実際秀でている部分を隠す才女、そして娼婦のように化粧を気に掛け、ふて腐れて、タバコを吸う、阿婆擦れ女、どれが本当の白峰なのか、犬節のようなベテラン刑事でも、難解な問題だった。
国道から信号を左折し、県道の枝線の市道に入って少し行くと、煙突の立つ工場が立ち並び、そこを通過して運河を渡り、街道沿いにはカーショップやら家具などのショウルームが犇き、ガススタンドを右折した。海の沿線上に高層ビル群が近づいてきた。神奈川県のK市A署の裏手の職員駐車場に六時過ぎに着いた。まだ、辺りは薄暮の状態で、署の駐車にダークグレーの背広を着た、オールバック髪の長身の男が佇んでいた。香西警部である。県警から、山本たちと分散して、ここに集合した。察まわりの新聞記者たちの姿はない。まさか、ここで誘拐事件が発生していようとは捜査本部を県警の会議室に置いているから、いまだ感づかせていない。
犬節は、古川署長に、いま到着したことを携帯で知らせて、白峰に手錠を填め、腰縄を引き、ワゴン車から降りた。白峰は、軽く香西に会釈した。香西は、白峰の凛とした目と合って、二人は眩しそうに視線を逸らした。署庁の一階は、静かだった。白峰が完全自供すれば、いままで非公開捜査だったのを、マスコミに発表をしなければならないだろう。そのとき、人質の命の確保の最優先は、解ってもらえても、警察の不手際を詰られる。神奈川県警の幹部は、気が重い状態で、警察の信用回復の機会を睨んでいた。そこに、犯人が観念して、自首してきたのだから、汚名は一応免れるだろうと、一安堵した。