白峰が自首した日の夕方、S 市の白峰総合病院では、臨時理事会が開催された。緊急議題は、院長の辞職願の1件だった。7人いる理事の大半は、彼の辞任を思いとどまるよう、説得した。この病院をこまで大きくした白峰の功績は大だ。
「どうして、この時期に引退ですか?」
市内の大手銀行の溝口頭取が、口火を切った。
「いま、子細は、申し上げられないが、これも家庭事情により決意したことであります」
「院長、その家庭事情を話して貰わんと、承諾することは出来ませんよ」
商工会議所の山下専務が、詰め寄った。院長は、困惑した顔で、
「申し訳ないが、いまは云えない。ただ、私が、院長でいるかぎり、この病院に迷惑がかかるのは明白、早々に引退したい」
「この病院の名誉に掛かることかね?」
加藤市長も、国保連合会の理事の関係や更に市民病院同等のこの病院の理事を受けていた。
「皆さん、お待ち下さい」と、副院長の小林が、立ち上がった。
「実は、この話は、あらましは聞きました。あくまでも、プライベートな理由です。でも、万が一病院に対する迷惑がかかることがあれば、私が責任を持ちたいと思います。長年、院長を兄と慕い、病院を経営してきた家族です。その家族が・・・」
小林は、泣いて説得した。理事は、院長の解任を求めているのではなく、残ってもらうため、異議をとなえている積もりであったが、本人の意志が強いことに、理事は、無口になった。どうやら、論議は尽くしたようであった。院長は、弱々しく立ち上がって、深く頭を下げた。後任には、副院長を推したい、と付け加え、小林副院長に、再び頭を下げ、白峰大輔は、会議室を辞した。理事達は、全員たちあがって、静かに見送った。
副院長から事前に報告があり事情を察していた、医師や看護師たちは、廊下に佇んでいた。白峰が出てくると、心配そうに、彼の様子を窺っていた。だが、大輔が、長いこと、私を支えてくれてありがとう、さようなら、と言う言葉に、感極まって泣き出す看護師や静かに頭を下げ見送る医師たち、ナースステーションから、飛び出してくるもの、廊下で立ち止まる入院患者たちで、院内の廊下は、一時騒然となった。
白峰病院裏の職員駐車場の自家用車に乗り込んだ。助手席で、妻の圭子が待っていた。昨夜は一睡もしていなく、憔悴していた。目だけが、妙に落ち着きなく、異様であった。
「辞任は、認められましたか?」
「ああ、なんとか認めてもらった。理事会には、一身上の都合と言って、あくまでも仔細は話していない。ただ、小林君だけには、ほんとの話をしておいた。彼は、心配性だからな。小林は、紗江子に同情して泣いてくれたよ」
「いまから、私も警察に自首します」
「いかん。いまお前が出頭すれば、紗江子の復讐計画は、泡になる。俺たちも、紗江子に手を貸したのが、今は、娘の言うとおり、知らぬ、存ぜずで押し通そう」
妻に、大輔は、そう伝え、セダンの高級車をスタートさせた。普段自分で運転しないから、ペーパードライバーになっていた。ただ、少し運転すれば、オートマ車だから、運転も徐々に馴れてきた。緑の葉になった桜並木が右手に流れていく。この桜も一月ほど前には、病院の職員やら患者の目を楽しませて、爛漫と咲き誇っていた。
「桜、さくら、サクラ・・・・・洋子、洋子」
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