
きょうは母のリクエストで
「天璋院 篤姫展」へ行ってきました。
父も一緒に
間抜けた顔のコンパクトカーで
阪神高速をころがって行きました。
ウイークデイなので空いているだろう、と思ったのですが…
「篤姫さん」は随分、慕われているようです。
会場は
老若男女、色んな人でいっぱいでした。
もちろん私も大好きです!
母も歳を取り
涙もろくなりました。
テレビの前で
時々涙ぐんだりしていて(おや、おや…)です。
「連れて行って」と頼まれ
この日に連れて行くと約束しておりました。m(_ _)m
で
「篤姫展」。
紅色の薩摩切子のお皿を通った光が
白い展示台に
淡い赤い影を落としておりました。
波乱の生涯を駆け抜けた篤姫さん
その「一本道」の潔さに
尊敬の念を感じます。
無様なUターンばかりの我がジンセー
マイ・ウェイを振り返るに
「一本道」と言われただけで
コソコソと場を外したくなります。恥ずかしい!
なので見事に走り切った「薩摩おごじょ」に惹かれるのです。
私は「生き様」という言葉が嫌いです。
その言葉に
「ウソ」を感じるからです。
「色と欲に弱い。。。」
そんなことは、どうでもいいこと。
第一、自分がそうだし
それだからこそ
その人間を信じられるってモンだから。
考えるに
自分に置き換えて
辱めに耐えられるかどうか…
たとえ「一回」
「腕一本」
「足一本」
「耳一つ」
「目玉一つ」
に耐えられても
「ほう・・・頑張るねぇ・・。じゃぁ、残りのもう一つも頂こうか・・・」
となると、耐えられるかどうか…
少なくとも私は耐えられない! 泣いて土下座をし、許しを請い、大事な人をも裏切る自分の醜い姿が見える! 私は死にたくない! 無様な姿をさらしながらも生き延びたい! 私は「指一本」さえ耐えられないだろう。オイラは弱虫コムシの雲子ヤローだ!
紅色の薩摩切子の赤い影に
「一本道」の厳しさを考えたりしておりました。
ああ、走りに行きたい!
遠いところへ行きたい!
エンジンの轟音に包まれ
逆巻く風の中でこそ。
(08年5月6日撮影、岩手県二戸市・天台寺)
