子供と接していて結構あるのが
「あ、この態度は良くないな」
「この言い方、イラっとする〜!」
と、感覚的にケンカに発展するパターン。

4歳ともなるともう一丁前におしゃべりできるので、こちらはほぼ大人との会話と同じように会話していると、大人同士ではまずあり得ない暴言・暴挙に出くわして
「はぁ??💢💢💢」ってなってしまうという…笑

大人気ないと思う反面、人間関係を作るうえで「この態度は相手を嫌な気持ちにさせるよ」と伝えることも大切、と思うと安易に許す事もできないのです。

安易に終わらせることができないので、私は徹底的に子供と話し合おうとします。
「あのときどうして◯◯してくれなかったの?」
大体、私が◯◯して→やだ→だめ、しなさい→怒り爆発のパターン。昨日の◯◯は自転車乗った後ヘルメットをかぶりなさい、でした。とりあえずヘルメットを着用させて険悪なまま家に戻り、そこから無限ループの始まり。

子供はある意味わかりやすく「ママに自分が思う通りにやってほしい」「早く終わりにして仲直りしたい」と全身から溢れ出ていましたが、こちらもそうは問屋が卸しません。でも、子供にはこちらの話を聞く余裕がないのでどこまで行っても平行線。説明したって伝わらない。口先でわかった、ごめんなさい、と言うだけ。そういえば収まると思ってるから。それがますます火に油を注ぐ。

でも私も、言いたいことをうまく言葉にできない。大事なのはヘルメットをしなかった事を諌めることではなく、母の命令に従わなかったことでもない。話し合い、ぶつかり合う中でやっと気づいた「思い通りにならない時に逆上するのは良くない」というポイント。

世の中には思い通りにならない事がたくさんあって、でもそれを受け入れなければならないのだ。他人が思い通りにならなくても責めてはいけないのだ。伝えるべき大事な点はそこだった。

ちゃんと向き合えば大事な事に気がついて、不思議なことに「こっちにも非があったな」という部分も出てきたりして。一貫した姿勢で臨み、理屈なくうやむやにしたりねじ伏せて終わらす事をせず、怒りが鎮火した時に冷静に話し、やっと和解…
ああ、しんどかった。でも諦めなくてよかった、と思う瞬間。

直感でダメだなと思っても、何でダメなのかを改めて言葉にしようとすると案外難しいものです。


日大のアメフト選手の会見。
彼は立派な態度だったと思う、と関学の監督は言った。

学生時代は所謂体育会系と言われる部活で競技漬けの生活をしていた身としては、非常に切ない話題だ。

学生とはいえほぼ成人に近い年齢であることを思えば選手本人の責任がゼロだとは思わない。実行犯なのだから。

「僕にアメフトを続ける資格はないし、これから競技をやるつもりはない」

推測だが、日本のトップを狙うチームなら競技漬けの日々だったはずだ。ものすごい熱量のモチベーションだったはずだ。本当は競技が好きで続けたいに決まってるけれども、被害者の手前そんな発言は許されないという自罰感情が痛い。

彼が日本代表に選出されうる程の選手であったことを思うと尚更に悔やまれる。アメフトは彼にとって人生の中核になったかもしれないのに。日本のアメフト界にとっても損失だ。一人の若者の大きな可能性が途絶えてしまった事実はことの外重たく感じさせられる。

トップレベルのスポーツチームであればどこだって多少の指導の荒さはある。揚げ足をとって大げさにコメントする女子アナのリアクションには辟易とするが、多かれ少なかれ現役の選手はみんな追い込まれながら高みを目指しているのだ。綺麗事だけでは生き残れない。学生スポーツにおいて目標とする高みに登れずに悔しい思いをする者、到達して達成感を味わう者、それぞれがその本気の経験を生かして社会で活躍している。

彼が精神の健康を損なわず、失った可能性を今後の人生で取り返してくれることを祈るとともに、相手の選手に怪我をさせ、教え子の人生を狂わせた大人達の責任の重さを自覚してもらいたいと願う。
この週末はメンタルヘルスについて学習する講義を受けてきました。

かつての私がなぜ休職にならなかったのか。講習が終わってしばらくしてから、はたと気がつきました。

「ああ、私は会社が整えた予防策によって救われていたのだな」

面談をする時、相手はいろんな意図を持って質問し相談者の回答やその様子から状態を見定めていきます。最も回避したいのは相談者の自殺ですが、医療による治療が必要かどうか、程度や緊急性などを基準に基づいて慎重に判断しているはずなんです。

私も、面談でいろんなことを聞かれました。冷静に思い出せば、状態を把握したり切り分ける質問をされていました。

キャリア相談には5回以上行きましたし、健康診断時の産業医面談や3年次研修では人事に目をつけられるほど屈折した思いを吐き出しました。ほぼ誹謗中傷だったような気もします。笑
でも、助ける力がありそうな人にどうにか助けてほしかった。当時、自分で切り開く余裕はゼロでした。

私がSOSを出した産業医に言われた印象に残っている一言。
「ああ、自分でできることはちゃんとやってるのね」

私は面談する人がたくさんいた。SOSを出す場所があった。
自分ではどうしようもない、何もできないと思ってたけど、どうやら私にはできることがあって知らぬ間にやっていたらしい。
え?って感じでしたが少しホッとした気もしました。色々試したけどやっぱりダメだったんだよ、という絶望感をわかってもらえた気がしたのかもしれません。

それでも当時の私は本当のことは言わなかった。言えなかった。あくまでPMSがひどい、気分の落ち込みもPMSのせいにして産婦人科に行ってました。一度だけ心療内科に行った(きっとリファーされた)ものの、何だかよくわからなくてその後は行かなかったしもらった薬も飲まずに終わり。本当に聞いてほしい、でも自分の一番弱い部分はそうそう他人に伝えることはできないんだということは今後も忘れずに認識しておかなければ、と思います。

結局部署の異動で私はそこから回復していく。おそらく「適応障害」と言われるものの一歩手前だったように思います。あのままいれば確実に潰れていた。やばかった。
結果として、私は一度も休職期間を取らずに会社員生活を続けられました。精神的なダウンは一般的にまだまだ市民権を得ていない。それを実感する今となってはありがたい措置です。

私のストレスファクターは行き過ぎた成果主義の中での達成不可能な目標でした。商材のコモディティ化も要因の一つだと思います。担当顧客の実情と上司の方向性の乖離、指示が合理性を欠いていたのも一因だったかも。ルート営業ならいざ知らず、新規は無理だった。

こんな私でも、人並みに働きキャリアを考えてそれを仕事にしようとしています。
狭い箱の中で八方塞がりでもがきまくって困ってる昔の私のような人に、少しでも救いの光を見せられるようになりたいと思います。
私の周り、メンタル疾患で休職した人は多い。
私だってメンタル強い方じゃないし、めっちゃ辛かったし限界だったしやばかった自覚大アリなのに、なぜか休職にならなかった。本当に不思議。身体中からいろんなSOSが出てたはずなのに。

SOSを出す。助けて、と声を出す。手を挙げる。表に出す。ある意味、これが功を奏したのか。未だによくわからないけど、私はとりあえず大丈夫らしい。

私は精神疾患は医療の領域だと思っている。対応には高度な専門知識が必要で、素人が判断すべき問題ではない、と。でも現実問題として、メンタル不全があまりに身近なところにあり過ぎて距離を取れない事が多い。「私、素人だから」って取り合わないという事がなかなか難しい。それでいて、専門知識は身近にはない。病気と人間性を隔離しきれないという点で他の病気とあまりに違う。

他の病気の原因が例えばウイルスだとしたら、メンタルの場合は「思い込み」に置き換えられるのだろうか。自分はダメだ、価値がない、みたいな思いの積み重ねが心を蝕むのか。

とにかく、昔の先輩や同僚、マネージャーに至るまで「あの人今うつで休んでるよ」と耳にするたびメンタルヘルスについて考えさせられる。何なんだと。何であの人そうなったんだ、と。

少なくとも、メンタルヘルスに関する対策は進んでいる企業のはずなのだ。予防措置だってやってる。マネジメント研修やストレスチェック、産業医面談や相談窓口、人事系の施策は総じて手厚く整備されている。それでも、予防どころか最近増えてるんじゃない?というのが実感値だ。

もう業界的に成長は厳しく、営業面で結果が出にくい構造になっていることは大きな要因じゃないだろうか。だとしたら、似たような状況の組織では同じことが起こり得る。結果が出ないことの責任と現状打破を求められるのは、営業現場では日常の光景だし、それこそがマネジメントの仕事だと信じて部下を「詰めて」いるおじさんは五万といる。

果たしてメンタルヘルス対策、意味あるのか?いや、無意味だとは思わないけど、他に効果的な策はないのか?
休職が必要な事態になってしまう前に食い止めたい。狭い狭い視野の中へ追い込まれてしまっている人を救い出す手助けを、私はできるようになりたい。
新しい職場にきてから早3年が過ぎようとしています。

そろそろ新しく吸収するものもなくなり、今後の方向性を真剣に考えるようになりました。
このまま続けるのは惰性的で良くない。そういう直感もありました。

過去を振り帰りつつ自分のキャリアを考えながらふと、キャリアって台風の進路に似てるなと。

どこを通るかは決まってないけど、ある一定範囲での予測はできる。風向き、気圧等の諸条件で通れるところを通る。

決定的な違いは「台風には意思がない」こと。

私達は、キャリアプランを立てても外部要因の全てをコントロールすることはできない。
行きたい部署に行けるとは限らないし、やりたい仕事が必ずできるとも限らない。入りたい会社に入れないかもしれない。

でも、自ら意思を持ってこっち方面!と決めれば近づくベクトルを得ることはできる。

高い山脈があって進めないかもしれないし、強い風に流されるかもしれないし、高気圧にグイグイ押し出されてしまうかもしれない。でも、一定範囲で進むことはできる。

そんな事を繰り返して、ふと後ろを振り返った時の軌道が「キャリア」というものなんだろう。