ダライラマ14世猊下の講演内容を僕なりにまとめます。
ただ大事なのはあくまで僕というフィルターを通して出てきた言葉でありますのでご興味ある方は横浜で開催される講演会に出席してくださいね。
席が無くても僕のように毎日空席チェックをしておけば奇跡的に空きが出ている可能性がありますので粘ってみてください。
まず最初に会場の皆で般若心経を唱えました。
それに合わせて般若心経の意味について説明されました。
メルマガの読者様で記憶力の良い方はお気づきかもしれませんが
以前奈良の大仏様のところに行った時に般若心経の写経をしませんかと勧められたことがあります。
そこで僕は是非やりたいと伝え般若心経の意味についておたずねしたところ、そこにいた住職(?)は
「そんなの分かる訳がない。こんなの誰も分からないよ」
言い放ち
僕「……」
という経験をしています。
それで悶々としていた僕の心が今回長野でパッと晴れたというわけです^^
ただあまりにも専門用語が多く難しいため、それを全部ここに書くと人によっては「怪しいメルマガ」になってしまうため現代語でわかりやすく書きたいと思います。
とここの段階でようやく自宅に到着しました。
本日は本当に遅れてしまい申訳ありませんでした。
般若心経の意味は
自我は無い
ということ。
意識レベルには次の4つがある。
1視覚、聴覚
2第六感
3夢
4深い眠りのような状態
どれが自我なのでしょうか?
実は上記のどこにも自我はありません。
自我とは煩悩に支配された幻のようなもの。(我囚)
自我を滅するとそこに無我が生まれる。
怒りというものは自我があるから生まれる。
「相手にひどいことをされた!」
とは
「私」が大きすぎるから起こるもの。
つまり自我に基づいています。
釈尊(お釈迦様)は苦しみのなくなる境地について四聖諦(ししょうたい)を使って説明しています。
•苦諦…一切皆苦、人生は苦であるという真理
•集諦…苦集諦、苦の原因は自我欲望であるという真理
•滅諦…苦滅諦、苦の原因を滅すれば苦がなくなるという真理
•道諦…苦滅道諦、苦を滅する道。内容は八正道
ちなみに八正道とは以下
1.正見…正しい見解、人生観
2.正思惟…正しい思考
3.正語…正しい言語的行為
4.正業(しようごう)…正しい身体的行為
5.正命…正しい生活
6.正精進…正しい努力
7.正念…正しい意識、注意
8.正定…正しい精神統一
もっと言うと上記の苦しみとは
自我にとらわれていること
それで般若心経では自我にとらわれたことによって生まれる「苦」を解く「無の境地」について説明したものであるということだそうです。
嫌なことをされたと思うのは誤解であって本当は嫌なことをされた自分というものは無い境地があるということです。
これは非常に面白く興味深いです。
私事ですが自分も怒りにあまり囚われなくなったのは
最善を考えるようになったから
です。
たとえば自転車のカゴにゴミが入れてあっても以前であれば滅茶苦茶にキレていたのですが
今はただゴミ箱に捨てるだけです。
もっと言えばカゴに入れてくれたおかげで外にポイ捨てされずにすんだとも考えるようになりました。
そう考えるだけで非常に体が軽くなるような思いがするものです。
ですので
私心を無くして最善を考えるようになる
もっと言えば
当たり前のことを当たり前にやる
ということです。
そうすることによって今の人生にも満足するようになりました。
まだまだ日々修行の毎日ですがダライラマ猊下のお話はこれから始まっていきます。
次回のメルマガにて続きを書きたいと思います。
少しでも多くの方と一緒に成功できればという思いが益々強くなった一日でした^^