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2017年生まれのコティ9歳、2021年生まれのリティ5

姉妹を育てるコティマムです。

「仕事は趣味」の42歳PC

元テレビ局芸能記者の

ワーママプロ記者鉛筆

 

日々の取材話や美味しいお店、

趣味の洋楽や歌舞伎、

怪獣姉妹恐竜くんの育児など滝汗

カオスな日常を綴ります乙女のトキメキ

 

 

◎BFC公式アンバサダー1期生

(23年3月卒業)

◎wicot公式アンバサダー活動中。

◎サラダクラブ2期生パートナ活動中。

カメラ夫婦のお仕事ブログはこちらカメラ 

 

 

 
 
 

 

 

 ◎おはぎさんありがとうラブラブ
 

 

 

浮き輪波祭カキ氷

 

 

5月頃から、

「生き方改革を始める」

というブログを書いています鉛筆

 

◎生き方改革シリーズはこちら下矢印

①~⑤まで◎

 

 

⑤の続きになります。

 

 

芸能人のインタビューの言葉、

SNSのリール動画で見た社長の言葉、

「仕事をする必要がなかったら

何をしたいか?」と問いかけられた言葉、

「消しゴムハンコ作り」を

趣味兼副業にしているヤクルトさんの言葉、

 

いろいろな

出来事を通して、

 

「仕事以外にやりたいことは何か」

「仕事以外に好きなことは何か?」

 

 

という問いを

自分自身に投げかけ始めたコティマム真顔

 

この心の揺さぶりピリピリと同時期に、

私の身に起こっていた変化が、

もう1つありました電球

 

それは、

徹夜や深夜執筆ができなくなったこと。

無理がきかなくなってきたこと。

 

私がアメブロを始めたのは

2020年のコロナ禍なのですが、

この頃36歳。

 

まだ芸能記者には復帰しておらず、

フリーランスの仕事も

今より幅が狭くてタラー

自由度も少なかった頃です。

在宅ライターとして

セカセカといろんな原稿を書いていましたアセアセ

 

この頃の私は、

多動多弁癇癪大魔王恐竜くんの長女・コティの

子育てに追われつつゲロー

(かなり疲弊して病んでいた真顔)、

家事もワンオペで全部やってアセアセ

深夜1時や2時頃に起きて

原稿を書いていました星空

 

次女リティを妊娠してからも、

妊婦で大きなお腹を抱えながら

家事育児全般をワンオペでこなし滝汗

深夜執筆をしていましたPC

 

もともとブラック企業育ちですし、

深夜作業は頭が冴えてゆめみる宝石

サクサクできたのです星空

 

37歳になって、

リティを出産する6時間前まで

入院中のベッドで原稿書いていましたしガーン

(帝王切開なので

時間が決まっていた)、

 

 

 

産後8日で仕事復帰して、

授乳しながら

夜中に原稿を書いていました魂が抜ける

 

 

 

産後間もない身体でも、

コティの習い事やスクール関係、

いろいろなことを全部抱えながら

仕事をしていましたもやもや

(夫の存在をこの頃感じられていないガーン

 

その4か月後には

芸能記者復帰の話がきてびっくり

「乳飲み子を抱えて

ワンパクコティもいて、

ワンオペ家事育児で、

私に記者ができるか滝汗?」

と不安にかられましたが、

「チャンスの神様は前髪しかない」

という言葉が駆け巡って、

「今これを掴まねば!!と思い、

2つ返事で復帰しました。

 

 

 

 

今振り返ると

どこをどうやって時間を作って

やってきたのか思い出せないのですがゲロー

芸能記者復帰した私は

水を得た魚うお座のように

イキイキと仕事にのめり込み、

たくさん取材に出るようになりましたスター

 

もちろん、この後、

現役記者と、

たまにしか取材に出られない

子持ちの私では、

スピード感も感覚も

全然違うピリピリという現実を

嫌というほど

突きつけられるのですが泣くうさぎ

とにかく日中できない仕事は

深夜に起きてやってきました三日月

 

フリーランスのライターは、

書いたら書いただけ

収入が増える。

逆に1本も書かなければ0円です。

 

だから、

声をかけてもらえていることは

本当にありがたいことだし、

「無理をしてでも

絶対にやらねばグーグーと思って、

深夜に起きて仕事をしていました満月

 

これを39歳くらいまで続けました。

 

名古屋生活の時に

ライターとしての仕事が全然ない時期

経験しているから、

仕事があることはうれしかったし泣くうさぎ

毎日癇癪娘恐竜くんピリピリを相手にして

夫婦仲も最悪ハートブレイクだった

当時の自分にとって、

記者の仕事がたくさんあることは、

自分のアイデンティティと自信を

取り戻すのに

必要な時間だったと思いますガーベラ

 

 

40歳になってさらに仕事の幅が

どんどん広がり始めびっくり

記者仕事だけでなく

企業さんと直接

いろいろなお仕事をする声がかかりふんわりウイング

仲間と会社を立ち上げたのもこの頃でしたクローバー

 

ですが、この頃から、

深夜に起きられなくなりましたガーン

 

そして、

都内から終電で帰宅する際、

疲れすぎて動けなくなり、

道端で

うずくまったりするようになりましたもやもや

 

 

そしてどんどん原稿が溜まっていくアセアセ

原稿を書こうと思っても、

頭の中がぐしゃもやもやっとなって、

書けないガーン

とにかく常に疲労感でいっぱいで、

やることに追われているネガティブ

疲労から甘いモノを食べて

どんどん太るもぐもぐ

それでまた身体がしんどいタラー

 

だけど、仕事があることはうれしいガーベラ

「自分を認めてもらえる」

「自分がやったことに

感謝してもらえる」

そういう時間に救われてる自分がいたクローバー

 

 

名古屋時代からずっとずっと

「テレ朝で芸能記者復帰したい!!

執着のような思いがあったのですが、

40歳の時に、

「今の、いろんな取材や仕事ができる

フリーランスの方が面白い」

ようやく思えるようになって、

気力や気持ちだけは

更に盛り上がっていったのです上矢印

 

でも、

身体はそれについていけなくて、

常に疲れていて、

追われている感覚でした滝汗

 

39歳までは平気だったのに……。

 

たった1歳、年をとっただけで、

こんなにも変わるのか?

 

そして41歳、42歳と

さらに歳を重ねる中で、

 

「ああ、なんか、

仕事と家事育児って

両立するの、無理なんだな」

 

と思うようになったのですキョロキョロ

 

続く