>『「欲求」の解放とは何よりも欲求そのものの解放である。欲求を解放するとは解放する欲求を生きること、対象を解放し、他者を解放し、自己自身を絶えず解放していこうとする欲求を生きることである。』
真木悠介「気流の鳴る音」
一週間ぶりの更新、たったの一週間だけなのにものすごい久しぶりな感じに戸惑いつつ…それだけ私にとってこのブログを大事にしていたということを改めて感じることもできました(さんざんmixi中毒とかブログ閉鎖の罠みたいなものをメモしていたくせにね)。
いろいろと紆余曲折ありつつ、本当は廃墟とするつもりで仕込みもしました(既にみつけられていますが)が、あまりにも「ドラマの種」だらけ(@天然素材)の激動の一週間を過ごしたなかで再びこうして書ける状態になりました。卑下するつもりはありませんがこのようなサイトを未だ見てくれている方々がおられるということも後押しとなり、生汚く続けてみようと思いました。
ただ、この間に立て続けにメール送受信の不調からはじまり、パソコン、DVDレコーダーの障害その他とあり、そのような環境を数日過ごしただけなのに元に戻すにハードルに近いものも覚えるのでちょっとスタイルを変え、アニメ、漫画感想(…シムーン燃え尽き症候群と笑うな、そこ!)は少なめになるかと思います。
- 安原さま、ただいまー!愛しているよ(笑)
…これで様付けはもう終了、柄じゃないし!
>多くの人の言葉や行動そのものに勇気づけられて、そして、読者に事実と科学と言葉に希望を失ってほしくなくて最後まで一途に作ることができた本です。
こうして安原さんとコメントなりトラックバックなりでやりとりするようになって10ヶ月ぐらいは経っているんですね。ちょうど芹沢さんの前著「ホラーハウス社会」を紹介いただいたあたりですからもう結構長いんですねとか想ったりしました。私みたいに冷め果てた人間と違って、あとがきでも記されていたようにその言論に携わる人間としての熱い使命感には本当に心うたれます。
>マスコミも90年代の論者も「全面的」に「徹底的」に「きちんと」批判されてると思います。もしかしたら表では無視されるか、叩かれるかもしれません。
「思います」ではなくて文字通り徹底的な批判がなされていて痛快を通り越して頭に体系的にスーッと醒めつつも収まるものを感じましたよ!
一番最悪なのは無視でしょうね、叩く度胸があるならそれだけ疚しさを覚えていると言う点でまだましなマスゴミなんじゃないかとすら(笑)反応が今から楽しみでなりません! - commented by 遊鬱◆jnhN514s
- posted at 2006/12/14 20:25