新刊漫画感想1月後半 | あざみの効用

あざみの効用

或いは共生新党残党が棲まう地

ちょっぴり思考の迷路に入ってしまった(文学めいたもったいつけた表現にしても、所詮はしがない気の迷いに過ぎず、でもそんなこと言いだしたら人生そのもの…)みたいなので何となく書評めいたものから。小学館の性コミと並ぶ講談社系の問題シリーズはイジメ、クスリ、援助交際の尖端的とされるトピックを分かりやすく作品化することで女子高生に受けているらしい(らしいというのは売り上げでみてとるしかないから、実際問題どのように受容されているか2chに書き込むような漫画オタクはあまり評価していないみたいだし、ファンが集うようなページもアンテナに引っかからないから)。携帯小説と同じで同世代的なトピックを簡明に作品化されたものを消費することで、乏しい内的言語を翻訳する糧としているのかなと想像します。

でも、結局のところどんな問題を扱おうとも、これらのトピックが最終的に行き着く、あるいは発端になるのが「家族」の病理だったりするわけです。近代家族は泡沫家族であることを宿命づけられている以上(経済性を外部化した結果、一時的発作あるいは幻想にすぎない「愛」という情緒的なもので凝集性を保っている存在。「愛」を目に見えるものとして担保する、かすがいとしての子どもが家族から巣立つと同時に「教育」という存在意義を失うという意味でね)、「家族」について表層的にお互いの理解力、コミュニケーション不足といった点で問題を見出し、解決してめでたしめでたしでも別に構わないですが、「勇者様本当にそれでいいの?」という点で現代「家族」について2冊対照的な本が同時に店頭に並んでいたので。


1冊目は「家族の痕跡―いちばん最後に残るもの」斎藤 環 (著) 。斎藤環氏はゲーム脳批判で活躍されたように、安直なオタク批判に一線を画する精神科医として、またラカン言説を駆使しての現代思想を語る識者として名高い方です。そんな斎藤氏が今まで「家族」そのものについて語ることを控えていたのを正面から向き合うというので仄かに期待したのですが、正直裏切られました。各所的(各論までもいかない)に賛成できる部分も多いのに、総論反対とまでもいわないまでも「解釈」不能といった一冊に仕上がっています。

例えば、ACやトラウマといった心理学的用語を拡大解釈して消費しても問題は家族の関係性の問題はなんら解決しないという意見はもっともです。そしてコミュニケーションは情報の伝達のみならず、情緒の伝達としての意味も有しているという意見ももっともです。しかし、そこから「ダブルバインド」が統合失調症の主原因の一つであるかのごとき言説が始まってしまうのが分からない。そもそも「ダブルバインド」が原因となりうるなんて医科学的知見、証明はいつどこで得られたの?という疑問を抱かざるをえない。

その点についても認知行動療法などと違ってあくまでもフロイトーラカン図式の精神分析はあくまでも「解釈」であって、結果的にその「解釈」が多数に真実であると受け止められている限りにおいて問題ないと斎藤氏は「解釈」されているみたいです。しかし、それではゲーム脳批判も、後に展開される長田氏の過激な言動によるカウンセリング批判もその基盤を失っています。科学的・論理的基盤ではなく、「空気」に委ねてしまっては「労働」を神聖視するがゆえの巷に溢れる「ニート」「ひきこもり」批判が許されるという批判は成立し得ないはずです。

そもそも最終的な結論はどれだけリスクを抱えていても「家族」あるべしというものなのですが、各論を積み上げてどうしてそのような結論がえられたのかが全く分からない。冒頭に示された一件の治療エピソード?それこそ単に時間経過で自然治癒しただけではという感慨を否めません。


2冊目の「迷走する家族―戦後家族モデルの形成と解体」山田 昌弘 (著) は他方、あいかわらず冷めきった調査データの山と、身も蓋もない結論のオンパレード。そしてそれだからこそ階級社会化する日本における家族の変化を見通す最適の一冊となっています。「パラサイトシングル」「希望格差」といった分かりやすいパラフレーズには冷徹なまでに情緒を排したデータの裏づけがあるということ。世間一般で消費される過程で否応なくマイナスのバイアスをかけられていますが、山田氏の著作を読めばそのようなことはなく、単に事実を著述しているにすぎないことが分かります。少子化、晩婚化について若者の価値観の変化を面白おかしくそして悲嘆や怒りをこめて現代社会批判を繰り広げるのもいいですが、端的に労働形態の変化が負け組みの固定化をもたらし、結婚も子どもを育てることも二の足を踏ませているだけにすぎないという現実を直視した上で(そのような社会にしたのは誰なんですか?)恥じることなく同じような床屋談義ができるとすればたいしたものです(皮肉)。

ただあいかわらず、山田氏の新たな希望のカタチは述べられていません(新たな希望のカタチの必要性は語られていますが)!

参考;理想と現実を繋ぐ橋

ねこねこソフトからのお知らせ
>思えば、六畳一間の何もないところから始まり、スタートは全くの0でした。それ故に、失うことを恐れず、独自の路線を好きなようにできたのだと思います。

>それが許されたのも、そんな自分達を皆様が見守って下さったからだと思っています。今ではスタッフ数も20名を超え、気づけば、7年も生き続けることが出来ました。ありがとうございます。

>ですが、現在のねこの規模で、ねこの考え方や姿勢のままでは、今の業界で生き続けることは、残念ながら無理のようでした。

>なので、色々と考え、悩んだ末に…

>潔く、ねこねこソフト、最後の作品とさせて頂くことにしました。

ねこねこの作品は一本しかプレイしたことなく、しかもそれほど嵌りもしなかったので特に思い入れはないのですが。採算を度外視したファンサービスで有名だっただけに現実の厳しさをそれだけ一層ひしひしと感じます。ここから得られる教訓はいくら儲だと自嘲しても構わないので、後で後悔しないために好きな作品にはできるだけお布施をしようということ!

ねがすぱさま「キャラがたってるキャラ、たってないキャラの違い」

とても真面目な意見、考察の数々に頷くことばかり。

冬みかんとこたつ猫さま「一線を越えたと感じた瞬間」 と、
日刊良スレガイドさま「クラスの全員にプリキュアヲタだということがバレた」 をあわせ読むと最高に笑えます(一線なぞとうに超えた人間が何を言うかって?(∩゚Д゚) アーアー きこえなーい)。


以下 単行本感想(フルバのキャラのあまりの変貌に一巻買い忘れたかと思ったよ!)

【幸せを届けてくれた作品群】

「ゆびさきミルクティー」6巻 宮野ともちか

キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!
キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!!

どうしよう、こんなに逝ってしまった作品になるなんてまさに想定外、望外の喜び♪あまりにも性癖に嵌りすぎて読んでいてこれほどまで胸を掻き毟りたくなったのは「天使禁猟区」以来!

うわー内容を言語化してしまうと単なる変態漫画になってしまうんですけれど、その狂気に至るさまを見事に説得的に、情緒的に描いていて読んでいて欲情させられるというよりも、胸のうちに秘めていた蝶が孵るのを感じられます。

よくある特定の誰かを決められないというヘタレ主人公などとは完全に一線を画した道を歩み始めた由紀に感情移入しながら読むと嵌ること、嵌ること(感情移入できないとこの楽しさ、興奮は味わえない)…。あっさりとそしてしめやかに禁忌を踏み越えていく様にうっとりします。

ただ決してアニメ化されないであろうことはこの巻で確信しましたよ、絶対に無理!


【購入に値した作品群】

「マリア様がみてる」5巻 長沢智・今野緒雪

相変わらず原作を忠実に漫画化していて、ちょうどもっとも好きな話にかかってきたので必然的に評価もあがります。あと長沢先生は膨れっ面を描くのが好きなんですね、確かに原作でも由乃なんかしょっちゅう噛み付いているイメージがありますがあそこまでぷくぷくに膨らませなくても。

かつての狂気が醒めてきていることに多分によるんですが、もはや祥子と祐巳の幼稚なやりとりは苛々させられるばかり。


【暇潰しにはなった作品群】

「しおんの王」3巻 安藤慈朗・かとりまさる

ヒカルの碁をもともとの碁好きが読むとこういった感覚になっていたのかな?肝心の将棋の勝負がご都合主義というかとてもおざなりなものに感じられます(しかも間に挟まれている次の一手はせいぜい3級レベルでしょ)。なんか勝った、負けたってだけで心理的緊迫感が伝わってこないのは途中経過を省略しているからでしょうね。

メインであるはずのサスペンス部分をもったいぶらずにもっと前面に打ち出せばいいのに…。


【惰性と言う慣性の法則が働いている作品群】

「くちびる ためいき さくらいろ」 森永みるく

「百合姉妹」「百合姫」と全巻購読してきたような人には全く必要のない一冊。たっぷりの生クリームに砂糖をめいいっぱい塗したお菓子、ただただひたすら甘いだけ。