余震続く | fuyusunのfree time

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長唄などの邦楽をこよなく愛する看護師のfuyusunです。
ナースの仮面を脱いだ、fuyusunの日常を綴っています。

2011年2月11日14時46分頃に、これまで体験した事のない地震が発生しました。
震源地は三陸沖でマグニチュード8.8と国内初体験の大きな地震。あの阪神大震災より大きな地震だったそうです。
東京も震度5強と揺れました。私、そんな大きな地震を経験した事がありません。

さて、そんな大きな地震。私は非番で近所の100円均一ショップのダイソーで買い物中に地震に遭遇しました。
地震のちょっと前に、子連れの奥様が、食器コーナーで棚の奥の方の茶碗を無理して取り出そうとして、案の定、前の方にあった茶碗を雪崩を起こさせていた。地震でもないのに大惨事のダイソー。その直後に地震が来るなんて・・・!あれは、それを予期するような出来事だったのだろうか?
長い揺れでしたね。
家にいる母の事や家にある楽器の事が心配で、うねる道をまるで日本酒一升を一気飲みしたような感覚でフラフラしながら走って自宅に向かいました。冷静に考えると非常に危険。揺れを納まるのを本当は待たなければならないのですが・・・。
いやいや、母も楽器も無事でしたが、家の中はすごい事になっていました。
2011.3.11 010 (納戸として使っている部屋の惨状です)

その後も余震とか、この地震に刺激されたちゃったのか各地で大きな地震が発生しはじめて、
日本は大変なことになっていますね。
大津波で多くの方が亡くなられたり、家屋を失った方々がいらっしゃるそうで、
地震も怖いけれど、そのあとの津波の発生が更に恐ろしい事を改めて知りました。本当にお気の毒で心よりお悔やみを申し上げます。
そして、十一日は多くの帰宅難民の方が都心を混乱させましたね。
私の知人の多くも、会社に宿泊したとか徒歩で帰宅とか・・・。翌朝、いやいや酷い人は昼過ぎまで帰れなかった人もいるらしい。うちの職場にも、一晩病院の待合室で宿泊して、土曜日は日勤で仕事という人が二名。一旦家にかえって、改めて夜勤で出勤という人がいた。また、地震当日の夜勤の人の一人は交通機関麻痺のために三時間もかけて徒歩で出勤という人もいた。大混乱ですね。
本当に非番であったことが不幸中の幸いでした。

さて、福島の原発は大丈夫でしょうか?
福島にも、ネット上の知人がいますのでとっても心配です。
放射能漏れ。これは大変なことです。東京は関係なくないのですね。ロシア・中国・韓国と風向きで放射能が来るのではないかとピリピリしています。ですから、もっと近くにある東京。当然、放射能が来る事でしょう。恐ろしい事です。
まあ、地震前より信用を完璧に失っている政府ですから、本当に情報一つ一つ「本当?!」と猜疑心を持ってしまうのはわたしだけでしょうか。
それに、情報の流し方が下手くそ。
変なチェーンメールも出回って、国民はみんな不安の上に不安な状況になっています。

さて、もっと身近な職場です。
わが病院は、私が生まれた頃にできた建物。超古いのです。まあ、その頃の建物は意外に丈夫なんですが、そこに継ぎ足しのように建築した新館。これが問題です。
去年、都から耐震補強の指導を受けて、夏に耐震補強工事が予定されていました。
間に合わなかったですね・・・。
職員間では、震度四の地震が来たら崩壊するという噂でしたが、一応、震度五強の地震にも耐えていましたが・・・。
とにかく危険という事で、新館は個室ばかりあるんですけれど、
新館の患者を本館の方に移動。引き受ける余裕があってのことではない。とにかく無理無理に突っ込め。という事で翌日に出勤した私は「野戦病院?」と思うくらいにひどい事になっていました。
うちは療養型病院なので、救急とかは受けていない。入院患者は全員予約のかたばかり。
こういう惨事の時、一般病院は大変ですよね。まあ、それを思うと、入院患者だけじゃなく緊急の患者の心配をしなければならない一般病院にくらべて、心配事が少なく看護師として楽をさせてもらっている。
いやいや、
地震翌日。出勤するまで「病院あるかしら?」と心配でした。
そして、建物があって安心しました。よかった。

余震、、、
まだまだ続いています。交通も未だ完全に正常化していないみたいですし。
はあ、この非常事態で音曲なんて非常識かな?と稽古を二日ほど怠っています。
でも、今日はお稽古・・・。お稽古あるかな???
国立の歌舞伎は昨日・一昨日と中止になったけれど、今日はやるみたいだし。←関係ないか。