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大つごもり日記

わたくし、ふようほうによる、歴史ネタ、寄席ネタ、マジック鑑賞ネタ、鉄道ネタ、音楽ネタ、障害競馬ネタ・・・などを書き連ねていく、はずのブログです。

今日は夜に入って、いい知らせがありました。

職場でここ数年仕事部屋を同じくしてきた非常勤の後輩さんが、ついに常勤職の内定を得たとのこと。うちの部署で常勤職を増やすのは難しい事情があり、彼も他所への常勤就職活動を続けてきはりました。働き者の彼だけに、今回就職が決まって本当に嬉しい限りです。

新しい職場が別地方なため遠方に行ってしまう点ちとさみしくもありますが、新しい職場で活躍しはることを願っています。そして、またいつか共同で仕事ができたらええなあと思っています。

・・・とりあえず、お祝いの会を企画せねば。
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(写真:趣きのある、道志渓谷。この写真やと、そうは見えへんやろけど)
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なかぬなら なかしてしまえ ほととぎす

5月12日は、織田信長の誕生日(旧暦)ですが、こないだの日曜日、今年のこの日(新暦)は、山梨県の道志村で「道志村トレイルレース」が開催されました。道志渓谷周辺の山々を駆けるレースですが、これに出走(と言いつつ大半は歩き、でしたけど)してきました。

道志川にほど近い道志中学校のグラウンドをスタートし、まずは菜畑山に登り、そこから御正体山など渓谷沿いの山々を縦走する、総行程41.3kmを駆け抜けるレース・・・のはずでした。

私は今年に入って山を走るのは、まだ3回目。さらに久々のトレイルランニング大会本番とあって、結果は20.2km地点の第1関門山伏峠まで5時間40分近くかかってしまい、制限時間(5時間)オーバーのためスタート地点へ強制送還になってしまいました。


当日は気温もほどほど。前夜まで雨は降っていたものの意外に足場は良くいい天候コンディションやっただけに残念でしたが、まあ楽しんできました。スタート地点に戻ったあと振る舞われた山菜うどんは旨かったです!!

道志渓谷の景色は、水がきれいで、幽玄で、美しく、いつかまた来たいもんやなあ、思いました。

・・・う~む、いまいち山もオチもあらへんなー。
このところ、脚の調子が絶不調です。
4月前半にはフルマラソン練習で、やや抑えたペース(フルベストタイムのペースに比べキロ当たり30秒弱遅い)で42.195キロを走れていたのが、4月後半以降長距離を走り通せなくなってしまいました。ついこないだも、ほぼ疲れもなかったのに、またそんなに速いペースでもなかったのに17キロで大失速してしまいました。途中で脚に力が入らなくなり、19キロで躓いて転倒、21キロで練習中止しました。と言って、どこか痛めたり筋肉痛が出るわけでもありません。原因がわからず対策を立てられないのが、頭の痛いところです。

近々控えている大会は
・5月12日 道志村トレイルレース
・6月 2日 千歳JAL国際マラソン フルマラソンの部
です。どっちも日が迫っています。

そういや、旧暦での話になりますが、5月12日は織田信長の誕生日、 一方6月2日は本能寺の変の日で命日です。

・・・ここまで書いて重大なことに気づきました。
そうか。原因不明ということは、人知を越えた何かが影響しているのかもしれない。
大会日から考えるに、これは信長公にご挨拶してないのが原因に違いない! ← ホントか?
だから右府さまにご挨拶をすればいいのだ。ひとまず京都の本能寺にお参りを。供え物として用意すべきもののラインナップは
・人参50円
・揚げ天
・ウチワ
・クローバー
少し無理がある気もしますが。あとは、
・つけ麺
ぐらいでしょうか(もちろん「あつもり」で)

これで準備は完璧だ。
・・・て、今いる埼玉から、12日までに京都に行くのはちと無理っぽいではないか。ムムムっ!
仕事関係で開催するイベントのチラシが、今し方完成した。

チラシ原稿の作成作業は、若い女性のバイトの方によるところが大きかった。
まず彼女に基本的なデザインから一通り作ってもらい、それを私が引き継いで、昨夜、今朝と、色や文字フォントの選択、スペースの取り方などに手を入れた。彼女も私もデザインやイラストレーションはズブの素人だけれども、まずまずのものが作れた(←あくまで素人評価)ように思う。彼女は今日は出勤していないのでまだこれを目にしていないけれど、来週見てもらうのが楽しみだ。

今職場で一人、できあがったチラシを手にとってほくほく眺めつつ、
ここで彼女に微笑みながら

「初めての共同作業だね」

とか言ったら、きっとセクハラになるんだろうなあ

・・・そんなことを思いつつニヤニヤした土曜の朝だった(ひゅるるるるー ←すきま風が吹き抜ける音)。
吉川英治氏の作品が今年に入って青空文庫に収録され始めてたことに、今しがた気付きました。

吉川氏が亡くなられたのは私が生まれるより前の1962年の9月7日ではあったものの、中学時代に同氏の作品を読みつつ「ほぼ現代」の作家のような印象を持っていました。それがもう没後50年以上経ってしまったんですね。

とりあえず私本太平記は全巻アップ済、現在宮本武蔵が途中までというところ。
月日の流れにややショックを感じつつも、今後の更新が楽しみ。