たとえ、私に肩書きがあろうともなかろとうとも。
私という人を観ようとしてくれて…
つながりを持ち続けようとしてくれることを、心からありがたいことだと感じます。
家へと帰る坂道を上がりながら、
過去、こんなことを言った人がいたことを思い出していました。
「私は今50だけれど。私が退職したら、今、周りにいる人たちは蜘蛛の子を散らすようにサーっといなくなることを、私は知っている」
かつての市役所で、聞いた言葉。
その方は、私よりもずいぶん年上の先輩で。
職位も群を抜いて高く、周りからも一目置かれるキャリアの持ち主でした。
個性としてもずば抜けていて…
一度会ったら忘れる人はいないだろうという…それくらい目立つ人。
私は、その言葉を今でも印象深く覚えているのですが。
なんとも言えない気持ちでその言葉を聞きました。
泣きたくなるような…でも、なにも言えない気持ち。
ただ、その言葉は、
社会での人との関わりにおける客観的事実を伝えていました。
それは、キャリアを持っていなくとも。
全ての人に当てはまると思いました。
私のようなヒラ職員にも。
当時、私には
市役所職員という肩書きと
演劇人という肩書きとがありました。
市役所でも演劇の現場でも、周りの人たちはみんな熱心で良い人ばかりでした。
私たちは日々いろんなことを語りました。
ただ、その時
相当に深く関われたと思っても…
市役所を退職した時、演劇を辞めた時に
同じように関わりあえるのだろうかと考えると…悲しくなりました。
私は、そのことを
あまり考えたくはありませんでした。
私から肩書きを取ったら、
私は、私でなくなると思いました。
関わり自体もなくなると思いました。
そんな、私を観て
私のことを「市役所の人」と言った人たちがいました。
出雲:蒼穹の想いに関わる人たちでした。
仕事のことを熱心に語る私を観て…
そこに鵜飼秋子という人が全く現れていない。
本当の秋子さんはそんなんじゃない!…と、感じるからこその言葉でした。
そこから時間はかかりましたが。
私は出雲の人たちが、本当の私を観ようとしてくれていることを感じました。
肩書きではない、本当の私を。
私は、私自身を感じようとしてくれている人がこの世にいる。
そのことに安堵しました。
「だって、市役所で働いてても、働いていなくても。秋ちゃんは、秋ちゃんでしょ?」
3年前、なりちゃんがそう言ってくれた言葉を。
私は、今でも変わらず嬉しく思っています。
私に、肩書きがあろうともなかろうとも。
そこには全く影響を受けず、つながりを持ってくれる人たちがいる。
そのことは
かけがえのない、私自身の人生に気づかせてくれました。
今夜は、一段と空気が冷えています。
天弓に帰ると、ブログを書こうとする私に
家守さんが温かいお茶を淹れてくれました。
こうして…
日々関わってくれる人がいることが、
なにより、ありがたい。
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