③「本質的な叡智のバトン」:本質的な人生へのアプローチ | ふわり、言の葉|鵜飼秋子

ふわり、言の葉|鵜飼秋子

言葉が、ふわり、想いとなって届きますように。
本質的な叡智のバトンに参加しながら、人という存在のこと、そこに流れる人生のことを綴っています。あなたの人生を選択する道しるべとなることを願って。

 

 

 

「本質的な叡智のバトン」にはじめてご参加される方に向けて贈るシリーズ、第3回。

 

今回は、バトンの場で行われている「本質的な人生」へのアプローチについて、一端ではあるが、解説を試みる。

 

1、2回目の記事もあわせて読んでいただけたらと思う。

 

①「本質的な叡智のバトン」:はじめて参加するまでのこと|ふわり、言の葉

https://ameblo.jp/fuwarikotonoha/entry-12601278716.html

 

②「本質的な叡智のバトン」:グループセッションに臨むために|ふわり、言の葉

https://ameblo.jp/fuwarikotonoha/entry-12601517384.html

 

 

 

まず、「本質」というのは、人が本来生まれもった「動き」のことである。

 

世界中の全ての人に、その動きはあるであろうし、世界中の誰ひとりとして、同じ動きを持っている人はいないであろう。

(世界中の人について、検証が済んだ訳ではないので「あろう」という表現に留めておく。)

 

つまり、その人唯一のオリジナルな動きのことである。

 

 

ただ、これは「本質というものがあるから、信じろ」と言っているのではない。

そういう「仮説」に基づいて、バトンの場では本質というものが語られるのだな、くらいに思っておいて欲しい。

 

人が、もし、その動きを自覚し、動きを制限せずにいられたのなら、幸せに生きられるだろうに、と。これもまた、そういう仮説に基づいて、セッションは進行する。

 

ひとつ、知っておいて欲しいのは、そらさんがその仮説を証明してみせて、あなたに信じろと迫ることはない。

この活動を13年も続けている実績がありながらも、そらさん自身は、仮説は仮説として常に置きつつ、誰にも気づかれないほどの超微細な確認を瞬間瞬間で続けながら、セッションを進行する。

 

私も、自分がリアリストである自覚があるが、そらさんは、それを遥かに上回る超絶リアリストである。

 

 

 

話を戻す。

すべての人がもし、自分の本質の動きを自覚していたのなら、みな幸せに生きられるだろうに。

 

しかし、残念ながら私たちは、なかなか「幸せ」を感じられないまま、社会の中に生きている。

多かれ少なかれ、すべての人に悩みは尽きないだろうし、現代社会の中で生きるということ自体への閉塞感は、どのような立場に置かれていても、すべての人が持っているだろう。

 

そして、このような「問題」に、いつもいつも向き合い続け、改善しようとし続けるのが社会の動きであり、しかしながら、この動きを続けていっても、きっと一人ひとりの「幸せ」に到達することはないだろうということは、もう誰もが薄々知っている。

 

あなたが、今、「本質的な叡智のバトン」に少しでも興味を持っているのだとしたら、きっとそのことを感じているからなのだろう。

 

私は、市役所職員であったとき、国連の提唱する「SDGs:持続可能な開発目標」について、市民向けに講演し、市内をまわっていたことがある。持続可能な開発目標とは、簡単に言えば、「地球が、暮らしが、ずっと続いていくために、みんなの幸せを目指すゴール」ということであり、日本語キャッチコピーは「世界を変える17のゴール」である。

ただ、ここで言う「幸せ」というのは、社会的な善のことであり、その17の目標に向かって人がやるべきことは、社会的な行為の改善であった。社会的には有効な世界基準であると思う。

 

しかし、私がここでお話する「幸せ」とは、社会的な善ということとは全く別ものであり、一人ひとりの人生にスポットをあてた「幸せ」であることは、前置きしておく。

 

 

 

人の、本当の幸せとはなにか。

 

 

 

「幸せとは何か」の問いかけをし続けられることが、人生のうえでフラットな幸せの状態であり、幸せな条件や環境を追い求めることが幸せではない。

 

全ての人がその問いかけの中に居続けられるように、セッションでは大きく分けて2つの角度からアプローチを行っていく。

ほぼ同時並行で2つのアプローチが行われるが、人によって、アプローチの順番は変わり、その強弱も異なる。だが、2つのアプローチは、厳密に言うと、はっきり切り分けられるものではない。

 

 

 

◆本質へのアプローチ◆

 

「本質」というのは、人が本来生まれもったオリジナルな「動き」のことである。

自分が、世界にたった一つのオリジナルな存在であることを知ることは、深い安堵をもたらす。

そして、他者もそれぞれオリジナルであるとは知ることは、比較による自己否定と他者否定を打ち消す。

 

ただ、自分の本質を、「○○○な動き」として言葉で理解するに留まっても、それは、占星術でいうところの「私は、おとめ座」というのを知った、ということとほとんど一緒で、それをどうやって現実生活の中で感じればいいのかは、全くわからないだろう。

 

だから、セッションでは、その「動き」を、あなた自身が現実生活の中で本当に実感できるようになることを目指す。本質の動きとは、何も特別なシーンだけで動いているわけではない。日常の本当に些細な行動、思考の仕方、物事の感じ方などにも、その動きは現れている。

そして、その実感が持てるよう、そらさんは、セッションで様々な価値観を外していく。

 

価値観というものを、私たちはまるで自分のアイデンティティのように信じてやまないのであるが、実は価値観は社会の創造物であり、「こうするのが正しい」「こうあるのが正しい」という、正しさの基準のことである。その基準は、時代によっても、国や文化によっても、情勢によっても変わることは周知の事実で、そのような基準があなたのアイデンティティである訳がない。

 

価値観は、良い面を見れば、社会的に自分が生きやすいように、自分にフィットするものを身に付けているのであり、悪い面を見れば、思考グセ、偏りとなって、心理的には悩み、葛藤を生み出す。そして、多くの場合で、その価値観が、本質的な動きを制限している。

 

それでも、価値観をいまだ自分だと信じる私たちは、価値観を「外す」と聞くと、結構ビビるのであるが、私のことを見て欲しい。私は、2018年11月以降、市役所職員であった2020年3月末までの期間に11回もバトンに参加し、その間も価値観を外されまくっているのだが、立派に地方公務員として市役所への責務は果たした。

 

安心して欲しい。価値観を外されても、社会的にはちゃんと生きていける。むしろ、仕事のパフォーマンスはあがるくらいだ。そして、対話の最中、外されたことには、まず気が付かない。

 

そもそも、その人が身に付けている価値観とは、これまでのその人が目の及ぶ範囲で見つけた、「マシ」な基準であり、本質というものの存在を知った時点で、視野自体は広がり、その基準が必要でなくなることも多い。そらさんは、その人の時点、時点を見極めて、その人の動きの制限になっている場合にのみ、外す。

 

本質の動きに実感を持ち始めてくると、仕事のパフォーマンスが上がるどころか、肩こり腰痛から解放されたり、感情の浮き沈みから解放されたり、幼い頃から悩まされてきた病気が改善したり、人間関係が改善したり、お金に関する悩みが吹き飛んだりと、様々な変化がその人に起こる。変化の有り様は人それぞれだが、実感を持つに至ったのに、変化が全くない人というのは、いない。

 

はじめて参加された方のほとんどが、自分の本質というものにもちろん興味をお持ちなのだが、前述のとおり、言葉で自分の動きを理解しても、実感が伴わなければ、本当の深い安堵にはつながらない。だから、そらさんが、初対面のあなたの本質を言葉で定義することは、ほとんどない。

 

まずは、本質というもののリアリティを自身で感じていただくために、そらさんは実例を出し、その場には本質を実感ととともに自らの口で語ってくれる他者(バトンに複数回参加している方々)の存在があるのだということを理解いただけたらと思う。

 

 

◆人生へのアプローチ◆


私たちは、結果を出し続けるのが、人生だと強く信じている。

 

努力をしたら、高い地位が得られたとか

思いやりもって接したら、良い環境が整ったとか

自分らしさを磨いたら、好条件に恵まれたとか

 

望んだ結果が出たときは、これまでの行為が良かったからだと、その行為を称賛し、望まない結果が出たときは、これまでの行為が悪かったからだと、行為を訂正する。

 

その訂正が、多くの場合で自己否定・他者否定へとつながっていくし、その否定は、時に存在を消してしまいたくなるほどの、強い否定となる。

 

同時に、幸せとは、良い結果を出し続けることなんだと、そのことも強く信じているのだが、実際は、そこに「本当の幸せ」は存在しない。

良い結果により得られる幸せとは、そのほとんどが環境と条件を整えた先にある、安心・安定のことである。

「安心・安定」という言葉を出されると、そこに本当の幸せはないと分かっているのにも関わらず、そこを追い求めることしか知らないというのが、社会的な動きであり、その中に生きる私たちである。

 

だから、セッションでは、「人生とは、行為と結果の積み重ねではない」ということを、様々な角度でお伝えしながら、その人の人生に起きた「出来事」、その時のあなたの反応をつぶさに見ていく。

 

出来事は、あなた自身が本質の動きに気付くために起きている。

良い出来事も、悪い出来事も、すべて、そのために起きている。

 

だから、例えば、あなたが問題だと感じる出来事も、あなたが「自分の悪い部分を直さなくては」と感じる出来事も、出来事自体に良い悪いはなく、本当のあなた自身に気付くために起きている。

 

実は、出来事にも、その人生のオリジナリティが関係している。

 

あなたが、たまたま起きたと思っている出来事は、すべてあなたの本質を目がけて起きており、その出来事の連続は、あなたがこの世に「生まれてきた意味」、人生のオリジナリティにつながる。

 

出来事が完全にあなたという存在のために起き続けてきたのだと知ることは、これまでの人生に対する否定を打ち消す。

 

これからの人生に起きる出来事に対し、これまでの「良い・悪い」という基準とは別に、人生における「意味」をもたらす。

 

そのことは、あなたが人生の上で見たい世界、その問いかけへとつながっていく。

 

出来事は、あなたが本質に気づくように、そして、あなたがそこで何を選ぶのかと、いつもいつも選択を用意している。

 

あなたが、それを知り、自身の存在を感じながら選択をしていくことは、あなたの自身の人生を生きている実感と喜びへと昇華する。

 

本当のあなた自身=本質の動き を実感しながら、自身で人生の選択をしていけるよう、そらさんはセッションで後押しを行っているし、その最適の場であり続けられるよう、バトンという場はつねに、再構成・再構築を繰り返している。

 

あなたが、あなた自身の人生を、実感を持って歩んでいくために。

 

この場に、その祈りが込められていることを感じていただき、遥か人生を見渡す「人生のうてな」に足をお運びいただけたらと思う。

 

 

 

 

 

 

すべては、あなたが、本当のあなた自身に出会うために。

すべては、あなたが、人生に生きる実感を持って歩むために。

 

そして、あなたが、本当の幸せの中に常に居続けられるように。

 

 

 

私は、この場で、あなたのサポートをし続けたい。

 

 

 

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そらさんのアドレス:healing.sora@gmail.com

 

《そらに》人生のグランドデザイン
https://ameblo.jp/sora-ni/

 

本質的な叡智のバトンについて

https://ameblo.jp/sora-ni/entry-12417171662.html?frm=theme

 

 

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