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自己受容から広がる世界~ゆるなら風舎~

くにのまほろば《奈良》大和郡山市で
『カウンセリングルーム風舎』を営んでいる女性カウンセラーの日記です。
カウンセリング・箱庭療法・心理学レッスン・セラピスト支援などをしています。

「周りに相談すると

いろいろとアドバイスをくれる。

どれも正論だとわかっているのに

前へ進めない。」

 

仕事でもプライベートでも

そんな言葉を何百回聞いたでしょうか。

 

 

正論による説得で

心が落ち着いたり、元気が出たりということは

実は、非常に少ないのです。

 

相手を追い詰めてしまうことの方が

むしろ、多いかもしれません。

 

悩んでいる状態というのは

理屈はわかっているけれど、そうできなかったり

そこに気持ちがついていかなかったり

という状態だからです。

 

 

「できない」ということも

「気持ちがついていかない」ということも

 

「そうなんですね」と受け取ることから

始めるほうがいいのです。

 

 

自分が悩んでいるときも、同じです。

 

「こうすればいいよね。これが正しいってわかってるよね。」

なんて、自分自身を正論で説得するのは

一旦お休みにして

 

今、自分は「できない」んだな

今、自分は「気持ちがついていかないんだな」

と、受け取ってみる。

 

そうすれば

ほんの少しほっとします。

 

そして

ほんの少し、心にゆとりが生まれます。

 

ゆとりが生まれると、力がたまって

できることが増えていきます。

 

正論をお休みにしていいんです。

そうすることで

少しずつ、できることが増えていきますからね。

 

 

 

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『荒川アンダーザブリッジ』という漫画に

 

「だめとか違うとか言ってくるやつらは
 人数いるだけで、神様でもなんでもねーんだぜ。」

 

というセリフがあります。

 

 

多数決で物事を決める危険性について

考えることが

時々あります。

 

メディアは、情報を操作できます。

1つの視点を誇張し、他の視点に触れないでいれば

多くの人を1つの視点に導くことが、できてしまう。

そうして

多数派が出来上がってしまう場合があります。

 

また

文化や宗教による多数派というのもあって

その社会の中で

異文化であったり

違う宗教を信仰していたりすると

批判されたり、揶揄されたりすることがあります。

 

つまり

 

多数派が必ずしも正しいとは限らない。

 

少数派が正しいこともあるし

多数派も少数派も、同程度に正しいこともある。

そもそも、正しい正しくないというものではないこともある。

 

多数であるか少数であるかと

正しいかどうかは

実は無関係なんです。

 

そして

正しいかどうかは

視点によって違ってきます。

 

 

だから

 

「だめ」とか「違う」とか言われたときは

それが、どの視点からのものかを

見極める必要があると思うのです。

 

そして

自分自身に、今一度聞いてみること。

 

 

この台詞には続きがあります。

 

「自分のハートが言ってることを

 一番親身になって聞いてやんなきゃいけねぇぜ。」

 

 

自分の心に耳を傾けてみる。

自分の味方をしてやる。

 

きっとそれでいいのです。

常に多数派に属しておく必要はないのですから。

 

 

 

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ちまちまが好きなわたしは

時々、編み物にはまることがあります。

 

以前、綿のレース糸で花瓶敷を編みました。

綿のレース糸はまっすぐでしっかりした糸なので

カチッと編みます。

 

編み目を小さめに

きっちり編んでいくんです。

 

そうすると、綺麗に仕上がります。

 

こんな感じ

 

 

花瓶式はいくつか編んだのですが、飽きてきたので

次に、モチーフ繋ぎのマフラーを編みました。

 

糸は、モヘア毛糸です。

 

モヘアといえば、ふわふわしたやつです。

 

綿のレース糸と同じ感覚で編んでみると

とんでもない様子になったので

やり直しました。

 

モヘア毛糸はふんわりしているので

ふんわりと編むのがいい

というのが結論。

 

こんな仕上がりになりました。

 

 

それぞれの意図の特性に合わせて

力加減や編み方を変えるといい感じに仕上がります。

 

素材を生かすってこういうことなんですね。

 

これは編み物に限ったことではなくて

木工作品でも、お料理でも言えることですよね。

 

そして、人についても同様のことが言えるなぁと思います。

 

塾で数学を教えていたときは

生徒に合わせて違う教え方をしていました。

その子の持つ力を発揮できるようにやり方を変えるんです。

 

素材を生かすというのは

人についても言えること。

 

もちろん、自分についても言えます。

 

どのようなやり方が自分に合っていて

自分を生かしていけるのか。

自分という素材を生かすやり方を、試行錯誤の中で見つけていく。

そういったことを楽しめるといいですね。

 

 

 

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現在開催中の「大和郡山お城まつり」のイベントで

今日は「時代行列」でした。

 

市役所前の広場の出陣式には

大河ドラマ「豊臣兄弟!」の

藤堂高虎役の俳優さんがいらしていました。

 

 

写真ではわかり辛いですが、めちゃめちゃ大きな方でした。

身長186センチだとか。びっくり!

実際の藤堂高虎も180センチの大男だったとのことで

(その時代にしては、物凄い大男ですね)

配役ピッタリですね。

 

主要な武将は地元の中学生が演じていました。

 

秀長さんです。

 

 

こんなかわいい武将さんたちも

 

 

奈良の高校生が秀長の甲冑を製作したとのことで

城址会館に展示されていました。

 

 

 

見事な出来栄え!

 

城址会館は土日祝に見学可能で

甲冑の展示はお城まつり期間なので

次の土日は見られますよ。

 

 

 

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苦しい状態から回復していく過程では

さまざまな気づきが起こります。

 

気づきによって

楽になったり、元気が出たりする

ということも

もちろんありますが

 

気づきによって

苦しくなることもあります。

 

無意識のうちに封印していた自分に出逢ったとき

トラウマ化してしたものを解凍しつつあるとき

見ないことにしていた感情・感覚を感じたときなどがそうで

かなり苦しい状態に陥ります。

 

封印してたときのほうがマシ!

冷凍保存してたときのほうがマシ!

目を背けてごまかしていたときのほうがマシ!

というくらい、苦しいのです。

 

「いっそ、前に戻りたい!!!」

というのが、正直な叫びですが

一度気づいてしまったものは

気づかなかった状態に戻すことはできません。

 

 

けれど

この苦しさは、いずれ鎮火してきます。

 

そして

鎮火した後は

世界が、今までよりも軽やかに感じられます。

 

そこまでに至る、苦しい時間も大切な時間

軽くなるための通過地点なのです。

 

 

 

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