「幸せになる」という言葉は
普段、なにげなく使っていて
決して間違った使い方ではないのだけれど
「幸せになる」ことに拘り過ぎると、苦しくなります。
どうなったら「幸せになった」ということになるのか?
目指す幸せってどういう状態なのか?
お金持ちになる?
素晴らしいパートナーと出逢う?
仕事で成功する?
大勢の人に認められる?
心配事のない日を送る?
自由に生きる?
こんなふうに条件を考え始めるとややこしくなります。
せっかくおいしいものを食べて心地いいのに
「幸せ~」と感じるのはおかしい
ということになってしまう。
幸せというのは、感覚を表す言葉で
「幸せ」と感じれば、それが幸せってことですからね。
そして
どういったことに幸せを感じるのかは、人それぞれ。
どんなに相手の幸せを願っても
どう感じるのかはその人次第で
「幸せにしてあげる」ことはできません。
できるのは
「こうしてあげたら幸せを感じるかな?」
というようなことをするくらいのこと。
うまくいって
「幸せだわぁ~」と相手が感じたら素敵ですし
ちっとも幸せを感じなければ
「残念!」とがっかりすればいいのです。
「わたしが幸せにしてあげる!」
と他者の幸せを背負ってしまうと苦しくなります。
人の感覚はコントロールできませんからね。
