<怒る>は
自分のため。相手をコントロールする行為。
<叱る>は
相手のため。相手の成長を促す行為。
というのは
あたりまえのこととして、浸透しつつありますよね。
けれども
自分は叱っているつもりなのに
相手には
「怒りをぶつけてるだけ」としか伝わらない
という場合があります。
相手との関係性ができていない状態で、叱るからです。
叱ることによって
それが
相手が成長に繋がるというのは
普段のその人との関係が大切なんだと、思います。
普段から尊敬されているというのは
人として全面的に尊敬される必要はなくて
例えば
仕事の上で<叱る>なら
その仕事においては「この人は尊敬できる」と
相手が感じているということでも構わない。
叱ることができるかどうかは
相手が尊敬できる姿を
普段、見せることができているかどうか
ということだとも言えます。
ただ
関係性である以上
自分だけでどうこうできるわけではないのも事実。
相手が、そもそも心を閉ざしているとか
人を怖がっているとかいう状態であれば
<叱る>ことができる関係性を築くことは
なかなか困難です。
そういった場合も
自分だけのせいではないにせよ
叱ることのできる関係性が、相手と築けていません。
すると
自分が叱っているつもりなだけで
相手は怒られているということになってしまいます。
相手の成長のために叱っているのに
全く効果がなかったり、却ってよくない方向へ進むようなら
叱ることのできる関係性が築けているかどうかを
チェックしなおす必要があるのだと思います。
自分は相手とそんな関係性が築けていないなぁ
と気づいたとしても
わたしはダメだと落ち込むことはありません。
叱れる人になるには
時間をかけて関係性を築く必要があり
関係性を築くということは
自分一人だけの力では成し得ないのですから。