2012年12月20日、日本政府より、自衛隊(PKO)が所有していたレントゲン装置の寄贈が決定され、ハイチ レオガン シグノ病院へ譲渡されました。
2012年の終わりに、シグノ病院にとっても、また私たちFuture Codeにとっても、これほど嬉しいクリスマスプレゼントはありません。
写真:日本政府より送られるレントゲン装置や重機の譲渡式
シグノ仮設病院では、呼吸器症状を持つ患者や、結核患者が連日何人も来院し、入院していますが、ハイチ地震で病院は全壊し、現在までレントゲン等の医療器材は何もないままで治療は続けられていました。
厳しい環境の中で、そこにあるものでなんとか治療をしなければならない、そのような状況のこの病院にとって、レントゲンの検査が可能となることは、大変大きな意味を持つものです。
写真:レントゲン機材を病院に設置する自衛隊の方々
私たちFuture Codeとしても、今回のレントゲンの譲渡、そして結核検診プロジェクトの実現に向けては、日本政府と私たち民間団体がそれぞれの特性を生かし、官民一体の連携支援を実現させることは必須と考えてまいりました。
これはオールジャパンとして取り組むひとつの形であり、これが実現したことを大変嬉しく思います。
レオガン シグノ病院から撤退の決まった日本の自衛隊の持つレントゲンをどうにか譲って欲しいという希望が上がり、その後、日本政府内やハイチ側との交渉が開始され、自衛隊の撤退である2012年の12月までという非常に短い期間ではありましたが、数台の重機と共に、レントゲン装置の譲渡が実現いたしました。
当初は正直なところ、期間の短さからも大変可能性の低い、実現困難な交渉でありました。
しかし今、実現したこの現実は、防衛省、外務省はじめ、関係者の多くの方々が、レントゲン装置譲渡の実現に向けて、ハイチの人々に対するお気持ちをしっかりと持って考えてくださった結果であると思います。
また現地で自衛隊の方々からも、たくさんのご声援を頂き、そしてこの装置がハイチの人々を救っていくことになることは大変嬉しく思う、とのお言葉をいただきました。
日本の自衛隊PKO部隊は2012年12月にハイチより撤退しますが、しかしながら日本のこのレントゲン装置はこれからも現地でハイチの人々に寄与していきます。
私たちFuture Codeは、このレントゲンの効果を最大限に高めるために、多くの検査を必要とする患者がレントゲン検査を簡便に受けることができる環境整備がまず必要と考えています。
ハイチでは、症状があって病院を受診したにも関わらず、通常の検査費用は高く、そのため検査を受けることができず帰宅し、重症化してしまう患者も後を絶たないからです。
そういった患者を一人でも減らすため、私たちFuture Codeはこのレントゲンの運営について、より患者が容易に検査が受けることができるよう、シスター須藤昭子先生をはじめシグノ病院のスタッフの方々と共に、どのような運用が可能か検討を開始し、これからのプロジェクトを計画しています。
2013年春に、シグノ病院ではこのレントゲン機材の運用が開始予定です。さらにその先に私たちが目指しているものは、結核の感染率を根本的に下げるための結核検診の実現です。
シスター須藤昭子先生はこの結核検診の実現は、ご自身の夢だ、とおっしゃいます。
一つ一つ、歩んできた結果、ようやく見えてきたものが、そこにあります。
医師教育プロジェクトに参加したジャッセン医師、パスカル医師らと共にレントゲン技師や現地の医師の機材の操作能力、診断能力の向上を計りつつ、2013年も結核検診の実現に向けて一歩ずつ一歩ずつ、前に進んでまいります。
今後とも、暖かなご声援、ご支援をどうぞ宜しくお願い申し上げます。