「気づき」に関するトラップ(罠) | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

「気づき」について語る人は、世の中にたくさんいます。


同じ「気づき」という言葉を使っていても、それが何を意味しているかについては、天と地ほどの違いがあります。



気づきは、時間をかけて磨けるものでしょうか?


気づきは、徐々に、何らかの努力によって育成できるものでしょうか?


もし、そういったものであるなら、それは「気づき」ではなく、特定の何かにエネルギーを注ぎこむ「精神集中」です。


集中力は、時間をかけて訓練すれば、高めることができます。


しかし、「気づき」は、努力によって高められる何かではありません。


たとえば、「気づき」があるなら、そこに「怒り」はありません。


怒りの感情は、気づきの光にさらされることで、消えてなくなるからです。


しかし、「気づき」と「集中」を混同して(「精神集中」を「気づきだ」と思い込んだまま)、怒りに意識の焦点をあてると、怒りが消えるどころか、怒りが強調されてしまいます。


このようなトラップにかからないようにするには、「気づき」と「精神集中」の違いを明確に理解する必要があります。


そして、この理解は、もちろん「言語的な理解」ではなく、事実を私見なく(歪みなく)見ることから生じる理解であり、それが「知恵」を備えた慈悲心です。


お知らせ

8月オンライン開催の講話会の受付を開始しました。