先月オンラインで開催した講話会では、「今日、ここに参加されている皆さんは、話し手である私(矢沢大輔)を実際には見ていないこと」について指摘しました。
また、日々、接している家族(夫や妻、息子や娘)との関係においても、同様に
「ちゃんと様子を見ている」
「ちゃんと話を聞いている」
と思い込んでいるけれど、実際には見ていないこと、聞いていないことを指摘し、私の話を鵜呑みにせず、自分自身でよく確かめてくださいとお伝えしました。
では、私たちは実際、今、目の前にいる人(生命)と触れ合うことなく、何と関わり続けているのか、というと、思考がつくり出した相手のイメージ(観念)と関わっているだけで、たとえ家族と何十年、一緒に暮らしていようと、お互いにまったく触れ合わないまま(見ないまま、聞かないまま)過ごしてきたその事実に直面できるよう、話を進めました。
では、なぜ、私たちは生命そのものとの触れ合いを避け、「この人はこういう性格だから」「この人は以前、私にこういうことを言って私を喜ばせた(もしくは傷つけた」)というようなイメージ(観念)とばかり関わってきたのか?
その理由は、生命と直接触れるより、固定観念と関わる方が、断然、楽チンだから。
こうして、精神は怠惰なものになり、その繰り返しに慣れきった脳は、どんどん衰え、老化していきます。
5月28日の「目覚めを生きる」では、このようなところから話を始め、皆さんと気づきを深めあい、新たな洞察が得られる集いにしたいと考えています。
このような話にご興味があるようでしたら、初めての方も、ぜひ今回から講話会にご参加ください。
