好きかってに振る舞う不自由さ | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

昨日、新宿に出かけるのに、電車に乗った。

男性と女性の間の席が空いていたので、そこに座ったのだが、男性は大きく足を開いていた。
男性の向こう側の壁との間にも少しスペースがあったのだが、男性は席をつめることなく、足も開いたままだった。

男性は岩のように動かなかった。
私と男性の体はぴったりとくっつき、初めは少し窮屈にも思えたのだが、旅の途中、大きな岩に寄りかかって一休みしているのと同じことだと気づけば、「窮屈」という思いは消え去り、新宿に到着するまで、音楽を聴きながらゆったり過ごせた。
足を開いた男性が隣に座っているということさえ、すっかり忘れ切っていた。

新宿駅に着き、席を立ってドアの方に向かっていると、足を開いて座っていた男性が私を追い抜き、引っ張っていたキャリーバッグが私の足に激しくぶつかり、私は再び、この男性のことを思い出した。

彼は、私の足にキャリーバッグをぶつけるだけでなく、追い抜かしていく女性や男性の足にも、おかまいなくキャリーバッグをぶつけながら、あっという間に視界から消えていった。

人の姿をしておれど、
座れば、岩。
動けば、暴走車。

心が我欲に縛られ、がんじがらめになると、人は本当の自由を見失い、ガチガチに固まり、ますます不自由になる。

「行雲流水」という禅の言葉を思い出させてくれる良き出来事だった。

お知らせ
ここに書いた男性もそうですが、「自由」という言葉の意味は取り違えてしまっている人は少なくないようです。
自由とは、私欲のままに好きかってに振る舞うことではありません。
欲望(エゴ)にハイジャックされた心は、欲望に縛られ、欲望に突き動かされ、ちっとも自由ではないからです。
今月23日(土)に開催する「2019年版 お金のために働きつづける欠乏サイクルからの解放」では、「自らに由る」とは本来どういうことなのかを話そうと思っています。
「好きな仕事をすればいい」といわれても、何を基準に選べばいいのか、さっぱりわからない、という方には特にオススメの講座です。