今よりも、もっと素敵な未来を求めて、努力する。
これがマインドが、繰り返し続けている「古さ」だ。
マインドは、古い曲を何度も再生し続けるテープレコーダーのように、何度も過去を再生し続ける。
過去に経験したことのある記憶をもとに、それよりもマシな未来を想像し続ける。
これがマインドが繰り返していること。
マインドが、過去のデータベースに基づき、それよりマシな未来を想像している限り、その未来は過去の記憶に縛られたもので、過去のニューバージョンに過ぎない。
未来は、過去の範疇から抜け出せない。
だから、未来を夢見ている限りは、過去の自分を再生し続ける人生がいつまでも続く。
では、真の新しさはどこにあるのか?
マインドは、過去の再生装置に過ぎないので、マインドの中で、新しさを見つけることはできない。
マインドは、新しさに触れられない。
新しさに触れられるのは、「気づき」だけだ。
気づきは、新しさ、フレッシュさしか知らない。
新しさ、フレッシュさは、未来にはない。
未来にあるはずがない。
フレッシュさが未来にあるなら、そのフレッシュさは、香りも味も感触もない偽物だ。
生のフレッシュさを経験できるのは、いつも今だけだ。
新しさ、フレッシュさを求めて、未来を夢見ている間、ここにあるフレッシュさは見過ごされ続けてしまう。
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お知らせ
マインドが繰り返し続けている古びた動作に縛られ続けると、生のフレッシュを感じられなくなり、生きる意味を思考を通して探し始めるようになります。
そうなると、ますますマインドの動きの中に取り込まれ、ここにある生のフレッシュさを感じられなくなります。
この思考のループにとらわれてしまっている方は、一度、下記のノンデュアリティのプライベートセッションか、講座を受けてみてください。