「ノンデュアリティのことを知ってから、自分が大学で教えていることに疑問を持ち始めた」ということで、冒頭、こんな話をした。
非二元性を体験したなら、「自分が今やっていることが正しいのか?間違っているのか?」「これから自分が何をすべきなのか?」「自分の使命は何なのか?」といった思考(シンキング・マインド)に巻き込まれなくなり、機能的な思考(ワーキング・マインド)だけが働くようになります。
ですから、今の仕事をどうするべきかと考える必要はありません。
その思考こそが、シンキング・マインドですから。
そう告げてからセッションを始めた。
彼女は、ノンデュアリティの中でも、「ネオ・アドヴァイタ」と呼ばれる人たちの本をいろいろ読んでいて、「私がいない」という言葉の意味に引っかかりを感じていた。
そこで、「私がいない」というのは、非二元性を体験したものが語った言葉であり、その言葉を聞いてその意味をわかろうとするのは、カフェオレを一度も飲んだことのない人が、カフェオレを飲んだことのある人の感想を聞いて、自分も飲んだつもりになるほ愚かなことだと伝えた。
カフェオレの味を知りたければ、カフェオレを飲んだことのある人の感想を聞くよりも、自分で一度カフェオレを飲んでみればいい。
それと同じで、非二元性の味を知りたければ、自分でそれを味わってみるまでは、非二元の味などわかるはずがない。
もし、わかったとしても、それは概念的に解釈された知的理解であって、体験的理解ではない。
だから、今日は、非二元性を自分で直接体験してくださいと声をかけ、約1時間かけて、探してもけっして見つからないものだけれど、確かに存在しているものがあることを明らかにしていった。
そして、最後に、大学で授業を教えている先生も、その授業に出席している生徒も、別々に存在していないことを確認してセッションを終えた。
カフェを出てから、目の前の光景を見て、「今までと見え方がぜんぜん違う。広がりを感じる」と語った彼女の言葉が、今も強く印象に残っている。
お知らせ
今週末の日曜は、渋谷でノンデュアリティ・コロキアムをやります。
鎌倉の禅師から教わった、見える世界と見えない世界がどのように関係しあっているのかを表した分数についても、少し語ってみようと思っています。