探究を終わらせようとする探究者のジレンマ | 非二元|認知科学ブログ

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非二元(ノンデュアリティ)スピーカー矢沢大輔の日常を綴ったブログです。


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今日は、長年、スピリチュアルを探究しつづけてきた女性と非二元(ノンデュアリティ)のセッションをやった。

セッションを受けるにあたって、彼女はいろんな質問をノートに書き込んできていた。

「セッションを受けるからには、非二元のことをちゃんと理解しておかなければいけない」と思い込み、非二元を頭で理解しようと何ヶ月も格闘するうちに思考がますます混乱し、ご主人に薦められて、セッションを受けにきてくれた。

「今日こそ、苦しい探究を終わらせたい」
彼女はこんな強い決意を持って、セッションにやってきていた。

でも、長い探究を終わらせようとしているその思いこそが、探究を終わらせようとする「新たな探究の始まり」になっていることを指摘すると、思考の回転はゆるみだした。

そして、アイスコーヒーを飲みながら、マインドは「このアイスコーヒーは自分のお金で手に入れたものだ」と思い込んでいるけれど、このアイスコーヒーも、これを買ったお金も、このテーブルも、このソファも、この音楽も、全て無償の贈り物であることを確認できるようにしていった。

彼女があらかじめノートに書き込んできた質問は、結局、一つも質問されることなく、無の中へ消えていった。

探究を終わらせようとしていた「私」という思考もまた無の中へ消え、無はたちまちあらゆるもので満たされ、やがてセッションも跡形なく消えていった。

お知らせ
非二元の本を読んで「私はいない」という言葉を聞くと、マインドは混乱しだします。
混乱したマインドは、混乱状態がイヤなので、なんとか非二元をわかろうと努力しだします。
この思考の動きそのものが探究であり、非二元をわかろうとするほど、探究は続きます。
非二元は、特別な何かではありません。
日常の中に現れている全てが非二元そのものからの贈り物です。

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