「非二元」の皮を被った二元性のトラップ | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

もし、あなたが、「非二元」を頭(マインド)で理解しようとしたなら、二元性はますます強化されてしまう。

「非二元性」と「二元性」はこう違うのかという理解によって、非二元のメッセージは、「二元性」の理解の枠の中に押し込められてしまう。

見えている世界は、映画の映像と同じで、本当の私は映像の中の登場人物ではなく、映像全体を映し出しているスクリーンの方。

このような非二元性に関するメタファーを聞いて、「そういうことなんだ」と理解し、「スクリーンそのものには何も起きていないんだ。ここは安全な場所なんだ」と信じ込もうとしているなら、それは、「映像」を否定し、「スクリーン」に逃げ込もうとしている二元性のマインドの働きそのものだ。

マインドによって理解された非二元は、「非二元」の皮を被った二元性の概念に過ぎない。

マインドの理解による非二元は、見える世界を否定した「虚無感」「憂鬱」を新たに生みだす。

非二元は、理解によって「わかる」ものではない。
非二元は、「理解」や「努力」を要求してはいない。

わかろうとしなくても、努力しなくても、静止することなく現れ出てきている「これ」。

言葉を超えたこのフレッシュさ。
このエネルギーの動きに、名前はつけられない。

あるのはこれだけ。

「これ」を傍観したり、達観できるような誰かはいない。

これは、「非二元」と「二元」、「スクリーン」と「映像」という言葉の二元性を超えて動き続けている。

お知らせ
「非二元に目覚めれば、ラクに生きられるようになる」と聞いて、非二元を頭で理解しようとすると、現れ出てきている生の動きと分離してしまい、無気力になったり、虚無感に陥ったりしてしまいます。
非二元の本を読んでも、重苦しさや生きづらさ、退屈さを感じている方は、非二元(ノンデュアリティ」のプライベートセッションをお受けください。