この問いに「正しい答え」はない。
でも、この問いにどう答えるかによって、個人の一生がどれだけお金に縛られるものになるかが決まることはほぼ間違いないようだ。
お金とは交換の道具。
見かけ上は確かにそう見えるし、そう教えられてもいるので、お金を交換の道具と思い込んでいる人は多い。
働いて得たお金は、確かに「自分の労働力」と「お金」とを等価交換したかのように見える。
でも、そう捉えている限りは、一生、お金に縛られながら生きることになる。
私もかつてはお金を交換の道具だと思い込んでいた。
だから、仕事において、明らかに理不尽に思えることがあっても、お金を得るためにはそれをやるしかないと思いこみ、我慢して仕事をやっていた時期があった。
ところが、非二元に目覚めてから、お金とはそもそも何が変形したものかがわかるようになり、それ以来、「お金のために働かなければならない」という思い込みが崩壊した。
お金に変形される前の「それ」。
それは、自然界にひとりでに湧き出てくる原油のように、誰の中にも絶えず溢れでてきている。
自然界の原油やダイヤモンドがお金に変わるように、あなたの中に溢れでてきているそれもお金に変わる。
でも、多くの人は、原油やダイヤモンドの価値を認めてはいても、自分の中にある「それ」の価値には気づいていない。
それの価値に気づけば、お金は交換の道具ではなくなる。
もちろん、交換の道具としても使えるが、お金に交換される前に溢れでてきているものの素晴らしさに目覚めると、「お金を得るために、自分は無理してでも何かをしなければならない」という強迫観念からは解放される。
でも、人は自分の外側にあるダイヤモンドやお金の価値に魅了されても、自分の内側にあるそれの価値にはなかなか気づけない。
その内なる輝きは隠されることなく、外側に発散されているのに、本人はそれに気づけない。
「灯台下暗し」とは、うまく言ったものだ。
お知らせ
ノンデュアリティ(非二元)に目覚めると、お金に変わる「それ」が、原油と同じようにひとりで現れ出てきているのがわかるようになり、お金に対する認識が変わります。
興味のある方は、非二元のプライベートセッションか、ノンデュアリティ・エクスペリエンスにご参加ください。