人(マインド)は死を恐れる。
その恐れをやわらげようと、宗教やスピリチュアルは、死後の物語を語る。
マインドは、時間が存在していると思い込んでいるので、死んだ後、どうなるかを聞きたがる。
宗教やスピリチュアルは、そのマインドの疑問に応えてきた。
宗教家やスピリチュアルのティーチャーから、死がない事実が明かされることはまずない。
非二元に目覚め、死がないことが認識されてしまったら、葬式仏教が成り立たなくなってしまう。
しかし、禅師は、公案を使ってマインドを停止させ、死のない「存在」のシンプルさを指し示してきた。
「片手で打った手の音は、どんな音か?」
この公案は、確かにマインドを混乱させる。
それでもマインドは、その答を知ろうと、まるでクイズを解くように考えだす。
これではマインドが落ちるどころか、逆にマインドが活気づく。
死のない「存在」を指し示すのに、トンチはいらない。
「これが、それ」と指差せば、それは見られる。
それでも、マインドは、「これがなんだっていうんだ。私が見たいのはこれじゃない」といいながら、「生」を見失い、見えない何かを探し続ける。
お知らせ
スピリチュアルや心理学を探求し続けても、生きづらさが続いている方は、非二元のプライベートセッションをお受けください。