生きる意味を問うことの無用さ | 非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

非二元|自分を見失わず幸福に生きる「技と知」

より多くのお金を求めて働く貨幣経済の中で、自分らしく輝きながら、他者と共に幸福に生きる「技と知」を、ライフコーチの矢沢大輔が提案。

なぜ、私は生きているのか?

 

この問いほど、人をドツボにハメて苦しめる問いはない。

 

何のために生きているのか?

という問いは、自分の存在意義を問うている。

 

調べることなく、自分がいると思いこんでいるから、「なんでいるんだ?」という問いが出てきてしまう。

 

人は、自分が存在することを疑わない。

哲学者でさえ、ここを見過ごす。

そして、矛盾した問いのドツボにハマり、深刻に生きることになる。

 

自分が存在しているという前提が崩れれば、「なぜ、生きているのか?」という問いは成立しなくなる。

無用になる。

 

自分がいないことがはっきりすれば、この問いは出なくなる。

逆に言えば、自分がいると思い込んでいる限り、この問いの意味を一生考え、悩まされながら、深刻に生きることになる。

哲学者のように、ありもしないものの答えを求めて考え続けることになる。

 

なぜ、私は生きているのか?

を問う前に、その前提になっている私が本当に存在しているか?をちゃんと確かめてみればいい。

 

私はいないことがわかれば、無用な問いもろとも深刻さは消える。

無用な思考のループから解放される。


存在しているのは、生。

その生の自由さを条件付けたり、意味づけできる個人など、どこにもいない。

 

お知らせ

私が存在していないことを確かめたい方は、非二元(ノンデュアリティ)のプライベートセッションをお受けください。

 

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