荒井 美加【未来を創る瞳】 -4ページ目

荒井 美加【未来を創る瞳】

荒井美加[本名]
* やわらかに たおやかに しなやかに*
現在、大規模権力犯罪被害を受けており解決へ !
※盗撮盗聴・ナリスマシ・各捏造情報の流布・拉致殺人未遂事件ら被害含む
※ナリスマシ工作の犯罪者達も各捏造情報ら流布しながら他犯罪者達と連携・共犯で犯行


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【未来を創る瞳】

 

 

 

こんばんは

 

もう秋の匂いが、ときおり風にのってやってくるようになりました。

 

祖母が亡くなり早いもので1か月です。

 

あっという間の1か月でした。

 

毎日、電話で母と祖母について色々と懐かしみながら話てもいるのですが、

 

今日も母は朝から祖母の写真を見て何時間も泣いていたとのことでしたね。

 

祖母が亡くなってから泣きつづけ声が枯れきってしまい、葬儀の直後から声帯の治療で病院通いもしているほどです。

 

私も日々いままでの事を思い返す生活を送ってきました。

 

朝おきると、まずは祖母に挨拶をして、私の食事を小皿に分けて祖母におそなえするのも日課です。

 

ただ、考えて思い出していたり写真を見てしまうと辛く悲しくなってくるので、あまり考えないようにはしています。

 

まいにちまいにち、とってもさみしいですね。。。

 

でも、私が悲しむのを祖母は喜びなどせず、私の笑顔を願うので少しでも笑顔でいるようにしています。

 

1日もはやく祖母を安心させてあげることが私にとって大事なことです。

 

ところで今年は伊勢神宮 20年に1度の式年遷宮とのことですが、できたら10月に伊勢神宮に参拝に行く計画をしています。

 

ちなみに祖母の照子という名は、天照大神にあやかって名付けられたとのことです。

 

祖母について、いままでにお話してきましたが、とても人情味のある気丈で豪放磊落で洒落た祖母でした。

 

また173cmの私とたいして身長が変わらず、あの時代の人にしては日本人ばなれしていましたね。

 

祖母の記事は、また日を改めて書きます。

 




【未来を創る瞳】

リビングの一角
 


リビングの一角


 


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さぁ、話は変わり本題へ~


 

写真は部屋のリビング&テラスの一部です。


 

テラスが18畳リビング20畳くらいでしょうか。


 

毎朝まずはこのテラスへでます。


 

そしてテラスかリビングのこの6人用のテーブルで、右から左までの180度の山々を眺めながらユッタリお茶をのんだり食事をしますね。

 

最上階だし、もう絶景ですよハート


 

このテーブルはもう25年近く愛用しているのでアンティークとよんでもいいかしら(笑)


 

そのあとは奥に見えるPCコーナーで作業をしたりetc・・・


 


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家庭菜園もしています。

 

これは私にとって、なくてはならない大好きなバジルsei

 


 


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この部屋は自然に溢れていて、この写真は部屋の1室の窓からわずか1mくらいですね。


 


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これはテラスからの撮影で、右に写っているのはリビング部の端にあたります。

 

私の部屋だけこのような状態で、まるで木々にまもられているかの状態です。

 

もうだいぶ葉っぱが紅く色づきはじめています。

 


 

 

【未来を創る瞳】

 

 

そしてお客様もおおく(笑)

 

このまえも白い細い蛇が窓の隙間から入ろうとしていましたね。

 

入ってこれないようにシャットアウトしたのは言うまでもありませんかお

 

そ・し・て、ときにはこんな可愛らしいゲストも。

 

数日間テラスでゆっくりされていきましたよ。

 

 


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これは8月のときの写真で(祖母が亡くなる前です)、

 

みなで簡単に焼き肉をしたときのものなのだけど、

 

もう少しおちついたら部屋での親しい人達との食事の機会も増やしていきたいなと思っています。

 

やっぱり部屋食、部屋呑みっていいですよね~~~花


 

 


【未来を創る瞳】


 


【未来を創る瞳】

 


【未来を創る瞳】


 

この写真は以前にもupしたものでセカンドハウスの山中湖の部屋です。

 

上からマンション玄関、バスルームからの富士山、リビングの一部。

 

山中湖の部屋のほうでも地域交流ふくめ活発に楽しんでいきたいですね。

 


 

 

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これはマンションの敷地内のテニスコートですが室内プールやバーベキューができるコーナーもあるし、

 

それこそまわりは自然の宝庫なので神奈川の部屋とはまた違った楽しみかたができるし楽しみは無限ですね。

 

 

 

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新宿からの高速バスだと2時間くらいでこられるので、ゲストもきやすい環境です。





 


【未来を創る瞳】 荒井美加



こんにちは。


1か月半ぶりの更新です。


もうすっかり冬ですね。


寒さが一気に厳しくなったなか、今日は1日中、部屋でヌクヌクできてシ・ア・ワ・セ(笑)


私はといえば、あいかわらずやることが次から次へと沢山あるなか、


浮腫みや肩こりはあるもののバテもせず、良い調子で一歩一歩進んでおります。


とても順調ですよ(^-^)



 




ところで話は変わりますが、交換ストーカーの事件ですが、ネットのサイトを通しての、


この手合いの犯罪も多くなりましたね。



●東京の43歳男と大阪の歯科医の女ら逮捕 「交換ストーカー」か
東京に住む43歳の男と、大阪に住む27歳の歯科医の女。2人は、お互いの元交際相手らに、ゴキブリを送りつけるなどした疑いで逮捕された。
いわば「交換ストーカー」ともいえる今回の事件。もともと面識のなかった2人を結びつけたのは、闇サイトだった。
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00258721.html




人の心の闇は、とてもふかいわ。


以下は心理学の本についてupしたものですが、私が人の心というものに特別な意識をもちはじめたのはいつごろからだったでしょうか。



【未来を創る瞳】 荒井美加

■VoL.1 【平気でうそをつく人たち---虚偽と邪悪の心理学】
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10737663518.html



小学校くらいから、ものの数分ほど会っただけでも私にはその人の人間性や本質、その人の心がわかるようになりました。


人の心がわかりすぎるから、だから心理学に関心をもちはじめたのが大きいですね。


親もビックリするほどで、よく小学生の私に『あの人はどんな人だと思う?』 なんて聞いてきて、私が『あの人は○で○で~~~』 なんて答えると『あたってる・・・。なんでわかるの?』 なんてちょうしでした。


もちろん今でもそうですよ。


私の人を見る目、見抜く目というのを、とても信頼しているので常にたずねてきます。



そして今回紹介するこの可愛らしい表紙の本ですが、この本は心理学というか・・・・・


子供さんでも理解できるようなわかりやすい内容の本です。


ぽちとたまの一言アドバイスもとてもいい味だしています♪


著者のハイブロー武蔵氏いわく、

『より自分を生かす人生を送るための“人間関係のバイブル”をめざしました。この本で提案する、いくつかの技術を習得されることによって、読者の皆様の人生がより実りあるものに、ご自身の人生をより充実したものにできますことを心より願っております。』 とのことです。


少し本文より一部抜粋し紹介します。



まず、


P38 【悪い奴に対処するにはどうしたらよいか】


悪い人間は必ずいます。

それは、人間が弱い面ももっているからです。

悪い人間というのは、他人を平気で傷つける人のことを言います。

なぜ、そうなるのか。

それは、そうしないとその人自身が生きていく自信がないからです。

生きていけないからです。


傷つきやすい人、弱い人に比べても、さらにどうしようもなく、極端に弱い人間なのです。


では、悪い人とどう付き合うか。


とにかく、離れることです。

相手にしないことです。

悔しくて、反撃してやりたくもなるかもしれませんが、そんなことは馬鹿らしいと自分に言い聞かせなくてはなりません。


ただし、あまりにもひどくて、自分だけではなく、家族なり、会社なり、恋人なりが傷つけられるようなときは、命を賭けて闘う。

命を失ってもよい、社会的地位を失ってよい、との覚悟をもって。


悪い人間は必ずいることを知っておきましょう。

もちろんよい人間はもっといます。




P70 【他人を傷つける人とのつきあい方をどうするか】


他人を傷つけることを生きていく存在理由にしている人がいます。

人を傷つけないと生きていけないのです。

この人たちの特徴は、相手が怒れば怒るほど、困れば困るほど、生きていく張り合いを持つ、ということです。

困った人たちといえるでしょう。

なぜそうなるのでしょうか。

それは、自分一人で、また他人と仲良く生きていくことができないほど弱い人たちだからです。

その弱さをカバーして、それを、さらに拡大して、他人を傷つけられる精神や言葉の力、腕力、悪知恵を身につけてしまうのです。


基本原則は、危険な人、あやしい人、不気味な人、妙に優しすぎる人、感情のゆれが激しい人などには気をつけ、できるだけ、接触しないことです。


以下省略





よく“類は友をよぶ” などともいいますが、やはり悪い人は悪い人とつきあってもいるものです。


そしてよく悪人は表面上、善人をよそおったりもしますが、やはり内面、心というものは隠しきれないものです。


どれだけ巧妙に善人や常識人を演じていても見る人がみればわかります。


悪い人とはかかわらないことが、とても大事なことだと思います。



ところで、いまをときめく心屋氏をご存知でしょうか?


私、心屋さん大好きなんですよドキドキ


基本バラエティー番組ってみないのですが、心屋さんのでる番組はいつも見ています(笑)


ブログもいつも読んでいます。


ズバリと斬りこんでいかれるので、引き込まれますね。


以下は心屋氏のブログから一部抜粋させていただきましたが、悪口にかぎらず、その人が言っていることを聞いているだけで、その人の性格、感情、思考、心模様などなど、さまざまなことがわかりますね。


どのような内容のことでも、自身が口にする言葉って大切に気をつけ心がけることが大事だと思っていますから、私は言葉をとても大切にしてきました。




■心の底で自分が何を考えているのかを知る方法|心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-11632663716.html


ひとの悪口を言ってるときって、
自分の考えていることを
告白している時なんだっていうこと。
「私が出来なくて隠していることや
怖くて恥ずかしくてできないことを
堂々とやってるあなたがうらやましい」
ということですね。

自分の劣等感
自分の抑圧
自分の恐怖
自分の恥
そんな、
自分が抑圧しているけれど
実はいつもいつもいつもいつも
自分の心の中で考えているものを
目の前で見せられるから
怖くなって、そしてうらやましくて
悪口を言うだけなんですね。











■この【平気でうそをつく人たちー虚偽と邪悪の心理学】 の書籍ですが、お薦めの1冊です

[内容紹介:自分の非を絶対に認めず、自己正当化のためにうそをついて周囲を傷つける“邪悪な人”の心理とは? 個人から集団まで、人間の悪の本質に迫るスリリングな書!]


もう10年以上前に購入したもので、334ページ からなる読み応えタップリの内容本であります。

当時、邪悪なる者たちについて『そのとおりね、【弱者ほど“弱者”を叩きたがるものだ】と思いながら読み進みました。

そして、 【邪悪=悪による犯罪の根源は“怠惰とナルシシズム”にあり、自業自得による不治の病】 だと思います。


又、邪悪なる人物たちは似ております。
とても良く。
(私への犯罪を行っている者たちなども、とても似ています)



本文から一部抜粋し、以下にUPしましたので参考になされて下さい。



平気でうそをつく人たち―虚偽と邪悪の心理学/M.スコット ペック
¥2,310
Amazon.co.jp




1p312においては

邪悪な人間の特性として、他人を道徳的に邪悪であると批判することがあげられる。
自分の不完全性を認識できないこうした人間は、他人を非難することによって自分の欠陥の言い逃れをせざるをえない。
また、必要とあれば正義の名において他人を破滅させることすらこうした人間はする。




2p323においては

悪とは醜いものである。
これまで本書では、悪の危険性とその破壊性を中心に論じてきた。
しかし、悪には、いまひとつ、醜悪性という側面がある。
そのさもしさ、安っぽさ、下卑た寂しさがそれである。
邪悪な人間はみな同じように見える。
本書の第三章で私は、邪悪なパーソナリティーを臨床的、疾病分類学的に描いた。
この私の描いたパターンに邪悪な人間がいかにぴったりあてはまるかは驚くほどである。
一人の邪悪な人間を見れば、基本的にはすべての邪悪な人間を見たことになる。
だとするならば、なぜこれまで精神医学者は、この歴然とした、固定したタイプを見分けることができなかったのだろうか。
それは、邪悪な人間の身につけている体面の仮面にまどわされ、
彼らの「健全性のマスク」に騙されているからである。
私の友人のある聖職者は、邪悪性とは「空極の病だ」と語っている。
健全性を装ってはいるが、邪悪な人間は最も不幸な人間である。




3◆第5章 集団の悪について 

もし、われわれ自身がゴミの中で生活しているためにゴミにたいする
不快感を感じなくなるならば、われわれ自身がゴミを撒き散らす人間になる可能性がある。
自分の苦しみに無感覚になっていれば、
他人の苦しみにたいしても無感覚になりがちである。
侮辱的な扱いを受けつづけていれば、自分自身の尊厳に対する
感覚を失うだけでなく、他人の尊厳にたいする感覚をも失ってしまう。
切り裂かれた死体を見ることが気にならなくなれば、
自分で死体を切り刻むことを気にしなくなる。
つまり、残虐行為全体にたいして目をつぶることなしに、
ある特定の残虐行為だけを選んで目をつぶることは極めてむずかしい、ということである。
自分自身が残忍な人間になることなしに、
残虐行為にたいして無感覚になることは出来ないのである。

あまり感心しないことではあるが、現実に広く見られる
集団ナルシズムの形が「敵をつくる」こと、
すなわち「外集団」にたいして憎しみを抱く事である。
その集団に所属しない人間は劣った人間か悪い人間、
あるいはその両方であるとして見下される。

集団疑集性を強化する最善の方法が、外部の敵にたいする
憎しみを助長することだ、とは広く知られていることである。
ヒトラー時代のドイツ人は、ユダヤ人をスケープゴートに
することによって国内問題を無視するようになったのである。
邪悪な個人は、自分の欠陥に光を当てるすべての物あるいは
すべての人間を非難し、抹殺しようとすることによって
内省や罪の意識を逃れようとする。
同様に集団の場合にも、
当然、これと同じ悪性のナルシシズムに支配された行動が生じる。
  
戦争そのものを含めて集団の悪を防止するには、
怠惰とナルシシズムを根絶、あるいはすくなくとも
著しく減少させる必要のあることは明白である。
集団のリーダーに働きかける道が閉ざされている時には、
集団の最下層の構成員に働きかけ、草の根的な支援を得なければならない。
われわれの働きかける相手は個人である。






荒井美加【未来を創る瞳 観知る瞳】





1ハート【90才すぎの祖母と孫】有料介護老人ホーム/PART1 09-10-22
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10370824895.html



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(祖母の足先)



私の両親は千葉県で暮らしています。


私は、おばあちゃんっ子で育ったのですが、その90才を越える祖母は現在千葉県の両親宅の近くの介護つき有料老人ホームに入居しています。
入居時に1千万程支払い、毎月30万程の費用を支払っています。
祖母は良く入院、手術もする為、月に50万以上かかる時もありますが、両親は『どれだけお金がかかってもいいから、1日でも長生きしてほしい』 と言っています。


母は毎日ホームを訪れています。
本当は一緒に暮らすのが一番なのですが、車椅子生活で
認知症でもある祖母の面倒をみる事や介護に母が疲れきってしまい心労から倒れた事もあり、ホームへの入居に踏み切りました。
祖母は母の姿が一瞬でも見えないと、絶叫のごとくに母の名前を呼び続ける事もあり、母は気の休まる時がありませんでした。



ところで、私が祖母の入居しているホームをはじめて訪れた時の事ですが、働いている方たちの笑顔がとても綺麗で、両親に『みな笑顔が綺麗ね~、つくり笑顔でなく、あの笑顔が常にでてくるのは凄いわね』 と言ったほどでした。
そして祖母は私を見ると、『あんたは誰だい?』 と小首をかしげながら考えこみ、母が『お母さん、忘れちゃったの?大切な孫でしょ』 と声かけると、『あーっ!みかちゃんだー!』 と嬉しそうに顔をほころばせ輝かせました。


しかし、、、、、写真は祖母の足です。
マッサージをしようと靴下を脱がせ、この足を見たとき絶句しました。
ホームで爪きりがされておらず、伸びっぱなしにされていたのです。

人差し指よ小指の短い爪は、この時私が爪きりで切ったものです。
私は絶句したまま母を呼びにいきました。


やはり施設では家族や本人が望む充分な満足のいく介護を望めないのが現状でもあります。

施設に入居させて年に1~2回程度しか顔を見せないご家族の方達も多くおいでになりますが、やはり月に1度でも定期的にご家族が訪れ、触れあい含め状態をチェックされる事が望ましく思います。


祖母もですが、とても寂しがるのですよ。

毎日毎日、母が訪れていてさえ、とても寂しがります。





PART2へつづく








2クローバー『祖母との想い出と思い』 09-11-18
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10391128247.html



 【祖母と私の絆】



昨夜はなんだか寝つけなくって、4時すぎまで起きていて起床が9時30分でした。
今夜はスーッと寝れるかしら。





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これは最近祖母にプレゼントしたものです。


腕時計とクローバークローバークローバー(本物)のネックレス、それと駄菓子屋で売られているお菓子を可愛い袋に沢山詰めて送りました。
お菓子は子供時代を懐かしんでもらいたかったのです。

90を超える祖母についてエントリーらに少し書きましたが、年齢を重ねていくにつれて段々と子供のような面も多くなりました。

●【90才すぎの祖母と孫】有料介護老人ホーム/PART1




母方の祖母、私の祖母は医師(病院長)の娘で女学校を出て親類の紹介で警察に入ったのですが、勤めはじめ数日で警察署長と大喧嘩をして啖呵をきって辞めたような人で、誇り高く気丈で気性が強く人情味に溢れているのが特徴でもあります。


【てるこさまの時計】の文中に母方の親類の大伯父の話しがでてまいりますが、最高裁判事【故:柏原語六】 と申します。

国からは勲章を授与されております。

判事の前は弁護士で東京弁護士会の会長をしておりました。


そしてあの時代の人には珍しく、スラリと伸びた脚長で170cm(私は173cmです)もの長身と彫りの深い顔立は日本人離れしています。


このところも日々私の幼い頃の事や、祖母との出来事をよく思いだします。
金網をよじ登り線路に入り動けなくなった私に電車がやってきてひき殺されかけた時も(やんちゃでしたので)、祖母は捨て身で電車をとめ私を助けだしてくれました。


想い出は、良い事楽しい事ばかりでもなく「なんであの時、ああしてやらなかったんだろう。○○してやれば良かった。ごめんなさい…‥」 と今更ながらに悔やまれる事もありますが、その分現在の祖母への思いに反映されてもいます。

そして私には祖母と共に暮らしたい思いがあります。
私を守り愛し育ててきた祖母を、今度は私が一緒に暮らし自然の中で守りながら愛しつづけていきたいのです。


1日も早く四葉のクローバー







3princesse de monaco母の本が発売  『てるこさまの時計』 10-02-23
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10466169516.html



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【おしらせ】です♪


以前より お話ししてきた母の本が2月15日に発売されました


旧正月明けの発売で さいさきが良い予感です


『てるこさまの時計』 著者 内原 詔子 (shoko uchihara)


文芸社 1100円です



本の推薦文は 母と古くから親交のあるDr.中松氏が ご好意で書いて下さいました

(中松氏は、自宅で開くホームパーティーなどにも遊びにいらっしゃいます)


以前より 中松氏は祖母と出会ったことにより御自身も『長生きしなければ』と思うようになったとうかがってもおります




タイトルの“てるこ”というのは祖母の名で“荒井照子” と申します


本についてはの【文芸社】 を参照されて下さい



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【文芸社】てるこさまの時計 大切な人が認知症と言われたら




でも母の本について書きました

【出版】母が祖母の認知症介護について書いた本が発売される

【ホタテ 蟹】Dr.中松氏のパーティー




本の内容ですが 祖母の介護を通した経験談と認知症の方を抱えているご家族の方たちへのサポート的な内容になっております


少し抜きだしてみますと 第2部では

2. 病院はどこを受診する?

6. 自宅介護サポートのしくみ

8. 施設選びはどうする?

         となっています




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表紙とタイトルの“時計” “マーガレット”について少しばかり

認知症の方たちというのは 時刻の針の位置を時計に書き込む事ができず 祖母も以前は書けませんでした


マーガレットの花は 母は認知症の方たちを“認知症”と呼ばずに“マーガレットさん” と呼ぶようにし(認知症状と呼ぶと傷つけてしまうので)  認知症の方たちに目印としてマーガレットのブローチをつけてもらうようにすれば 第三者も対応がスムーズにいくのではないかと考えている事から(本の中でも説明しています) マーガレットの花を表紙に使っています

介護問題を抱えている方たちはじめ 多くの方に読んでいただきたい 少しでもお役に立てたらとのことです

どうぞ書店で手にとり軽く目を通されてみて下さい




※私のもっている内の数冊をレンタル用にして貸し出すことにいたしました


1人でも多くの方達に ぜひ読んでいただきたいからです


情報は必要です


【情報は宝である】 と私は云ってきました


そして “その情報が事実であるか否かの確認なしに信じ込みしてはならない 見聞きするものを鵜呑みにしてはならない”  “考えなさい 思考を磨き鍛錬しなさい” とも云い続けてまいりました


情報といっても色々です 


必要なもの 不要なもの 知る必要のないもの 知ってはならない見聞きしてはならないもの さまざまです







4宝石赤母への誕生日プレゼント 『落款印と印泥』 10-03-07
http://ameblo.jp/future-eye/entry-10475293993.html



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明日3月8日は母の誕生日です

今年のプレゼントは落款印と印泥です音符

母の姓名(内原詔子)でお願いしました

素敵なのが出来上がりました(2.5×2.5cmサイズ)

印泥は【光明】(明るい赤)と【美麗】(深みのある赤) の2種類を用意しました






なぜプレゼントに落款印を選んだかといいますと 母が執筆した本を親しい方々や付き合いのある方々にお渡ししているのですが その時母は本に言葉を書きいれているんですね

そこへ この印を押してもらえたらと思い選びました(^-^)

どんなふうに喜んでくれるかしら




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母が長年の祖母の認知症介護について書いた本が2月15日に出版された事はお話してきました

母と母の本についてはを御覧下さい

母の本が発売  『てるこさまの時計』



この約10年間 母は祖母につきっきりだったのです

家族の介護をされている方 経験のある方ならおわかりになると思いますが 常に生活の中で大きなウェイトをしめます

介護されている方々は本当に大変な思いをされていることと思います


現代は高齢化社会ですが 介護し面倒をみるには様々な問題がうまれます

介護疲れからの家庭内殺人 無理心中らの事件も世間を騒がせましたが 介護は深刻な問題です

介護される者 介護する者 どうか共倒れになどなりませんように・・・・・・







ベル■ 以下は 【てるこさまの時計】の前書きの【はじめに】からを省いた 本文最初からの14~をスキャナーでとりこみました
各画像はクリックで大きくなり 《次の画像へ》クリックで順次に読み進めます



本 [P14~15]

荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】




------  母は私の誇り  ------


 母親というのは、誰にとっても特別な存在であると思います。私にとっての母は、つねに仰ぎ見るような女性でした。とはいえ、決して近寄りがたい雰囲気の持ち主ではありません。優しくて品があって、そのくせお茶目で可愛らしい面も持っています。そんな母のことが、私は昔もいまも大好きなのです。


 幼いころの思いでは、充分に手をかけてもらったということしかありません。私はいつも母の手作りの洋服を着ていました。裁縫の得意な母は、レースやフリルのついた可愛らしいワンピース、ブラウス、スカートなどを私に着せることが楽しみのひとつであったようです。ふだん着やよそ行きだけでなく、水着まで母のお手製でした。


 お正月には必ず新しい着物を用意してくれました。毎年十二月になると、呉服屋さんがわが家に反物を持ってやってきます。それを、元旦に間に合うように母が仕立てるのです。私と妹の二人分の着物を、母は一週間くらいで仕立てていました。


 お正月の三が日はずっと着物で過ごします。母もまた落ち着いた和服姿で、子供心にも「きれいだなあ・・・」 と思ったものでした。
「しょうこちゃん、お出かけしましよ。ぽっくりを履いてね」

「どこへ行くの?」

「今年もいい年になりますようにって、神様にお祈りするのよ」

真っ白い足袋をつけた足を小さな鼻緒に通し履きなれないぽっくりで歩きます。

それは、本当に晴れがましい気分がするものでした。母に手を引かれて、初詣やご近所へのご挨拶に連れていってもらった幼い日を、いまも思いだします。


 私が小学校に入学してからは、母が毎朝髪を整えてくれました。いまと違って、髪をセットするための電気製品などない時代です。母は、火鉢の中に何本もコテを入れて熱し、それを使って私の髪をカールさせるのでした。これが毎日のことなのですから、現代の生活では考えられません。本当に大切に育てられたのですね。いまでも、あのころの母の優しい姿が目に焼きついています。


 母自身が生まれ育ったのは、お手伝いさんが何人もいるような家庭です。一人娘ですし、仕事をしてお給料をもらったことは一度もありませんから、いわゆる“お嬢様育ち”といえるかもしれません。それでも---だからこそ、でしょうか------ 礼儀やマナーといったことには人一倍厳しかったです。私も、三つ違いの妹も、口のきき方や食事の作法からお辞儀の角度まで、それはもうきちんとしつけられました。


 いまも忘れられないエピソードがあります。母の伯父、つまり私の大伯父が亡く






本 [P16~17]


荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】




なったときのことです。


 大伯父は最高裁判事という地位にある人物でした。母はもちろん葬儀に駆けつけましたが、あちらのご家族の前で出すぎた真似をしてはいけないという思いがあったのでしょう、後ろのほうで控えておりました。それでも大勢の親族や錚々たる参列客の方々でごった返している様子を見かねたのか、しばらくしてから、こんなふうに申し出たのです。

「あの、なにかお手伝いさせていただくことがありましょうか」


 こころよく了解していただき、母は動き始めました。お客様のご案内、お食事のご用意、途中で帰られる方の車の手配などなど・・・・・ あくまでも、“お手伝い”ですから、決して出しゃばったことをするわけではありませんが、その場の様子を見ながら的確に敏速に対応しており、舌を巻くほどの働きぶりでした。非常時だからこそわかる、女性の真価を見せられたような気がして、私は心底感動いたしました。

「ああ、私は絶対、お母さんにはかなわない・・・・・」


 このとき母は、六十五歳でした。ふだんは孫をおんぶして世話してくれる優しいおばあちゃんですが、出るところに出たら、だれもが驚くようなオーラをまとう母。大舞台でも決して臆せず、すべてをそつなくこなす母。控えめな外見の奥に秘めた芯の強さと有能さに、心を打たれてしまったのです。いつかそれを母に話たら、こんなふうに言って励ましてくれましたが。

「私にかなわないなんて、そんなことないのよ。私はお勤めしたことがないけれど、あなたはずっとお仕事してきたじゃないの。それはとってもすばらしいことよ。もっと自信をもちなさい」


 お医者さんになりたいと思ったこともあるそうですが、母はどちらかというと文学少女でした。

詩や文章を書くのが大好きで、懸賞小説に応募して佳作をいただいたこともあります。年をとってからも、孫との会話を楽しみたいからと言って、つねに各種の辞書や現代用語辞典をかたわらに置いて勉強していました。そんな母はずっと私の誇りであり、理想の女性でした。


 昔の母の姿がまぶたに映ると、私の胸は懐かしく慕わしい思いでいっぱいになるのです。

いま目の前にいる母も、あのころと同じ優しいほほえみを浮かべて、私を迎えてくれます。

この母の笑顔が一日でも一時間でも多く見られるようにと、祈るような日々を過ごしています。


 これからもずっと穏やかに楽しく暮らし、認知症でもいい、できるかぎり長生きしてほしいと切に思います。以前から、“一卵性親子”と言われていたほど、母と私は一心同体。母が病気になると、すぐに私の体調も悪くなり、母が笑顔になれば私の生活も安定するのです。


母の幸せが私の幸せ---その思いを胸に、いまも一喜一憂する毎日です。






本〔P18~19〕



荒井美加 【未来を創る瞳 観知る瞳】-【てるこさまの時計】



------  スイカがごろごろ?  ------

ずっと私の心の支えだった母。
そんな母に異変が訪れたのは、八十の声を聞くころからだったと思います。
 その前から、老人特有のもの忘れや、「つい、うっかり」 という出来事が少しづつ出てきてはおりました。
しかし、これは単なる老化現象ですから、もちろんどなたも経験することでしょう。
「つい、うっかり」 というようなことがあっても、笑い話ですむようなら、生活に何も支障はないし、目くじらを立てることもありません。
母の場合も、最初はそうだったと思います。
それがいつのまにか、しだいに深刻なものになっていったのです。

あれはいつのことだったでしょうか。
心配そうな顔で、母がこう言ってきました。
「しょうこさん、私、お金を捨てちゃったかもしれないわ・・・・・」
 お金を“なくした”とか、“落とした”とかならまだわかるのですが、“捨てた”とは、いったいどうしたことでしょう。
私は思わず聞き返しました。

「お金を捨てたって、どういうことなの?」
「あのね、ゆうべお金を封筒に入れてテーブルの上に置いておいたのよ。それが、今朝起きて見てみたら、どこにもないの。もしかしたら、ほかの要らない紙なんかと一緒に捨てちゃったのかしらねえ・・・・・」

ゆうべ、テーブルの上に広告のチラシやダイレクトメールなどが載っていたのは、私も知っていました。
けれど、そうした不要なものと一緒に、お金の入った封筒を捨ててしまうなんて、きちんとした母にしてみれば考えられないことです。

「お母さん、いったい封筒にいくら入っていたの?」
「それが・・・・・・・ 三十万円」
「ええっ!」
 
 なんとまあ、大金ではありませんか。
どこかに紛れ込んでいないかと、二人して家の中をあちこち探し回ってみました。
それでも、結局出てきませんでした。
やはり、その日の朝に捨てたゴミの中にまぎれてしまったでしょう。
母は悲しそうな顔で、「昨日、銀行からおろしてきたばかりなのよ。本当にこのごろ、どうかしているわ。」

 私もそれ以上何も言うことができませんでした。
とても笑い話ではすまないのですが、しかたないとあきらめるしかありません。













ご報告が遅くなりましたが 


2013年8月23日(金)午前12時すぎ 祖母 荒井照子が心不全により この世を去りました


大正5年11月1日生 96歳でございました


葬儀のほうは前々より家族葬で行うこととしておりましたので どちらへも御連絡はいたしませんでした






【未来を創る瞳】 荒井美加-130827_1221~0001-0001.JPG


さいごは とてもやすらかな顔で 微笑んでおりました







私は両親と祖母に育てられ 祖母は母親のような存在でもありました


日々 幼いころからの出来事が思い出されます


いつも守ってくれてもいた祖母



いままで ありがとう






※祖母は6年程前に足を骨折した事で車椅子生活になり


又その頃くらいから認知症の症状も進んだ事らが重なり 実家からすぐ近くの有料介護施設のほうへ入っておりました


母はほぼ毎日のように祖母に会いにいっておりました


しかし私はいつか祖母を施設からだして私がひきとり


一緒に自然豊かな土地で暮らしたいと願い 心に掲げながらブログ上でもお話してまいりました


自然あふれるなかで あふれる光のなかで最後を迎えさせ看取りたいとも思っていたのですが 叶えることはできなくなりました