お昼過ぎまで天気は良かったのですが•••

次第に曇って、

お山には黒い不気味な雲がかかっています。

 

笠雲?

キノコ雲?

紛れもなく雨近し

 

15時半ころ

ピカッ!ドーン 

雷鳴とともに大粒のアラレがバラバラと落ちて来ました!

寒冷前線の通過です。

この後雨

そして寒気が入って来ます。

明日は北西の季節風が強まり、

雪になる予報です

背中の痛みで、整骨院に通っています。

阿部整骨院のある鶴岡市新海町(しんかいまち)は、

もともと農村だったらしくて、

近所には広い屋敷の民家が並んでいます。

 

待合い室でそんな話をしたら、先生が

「しんかい」という冊子を棚から出して見せてくれました。

新海町の誕生から50年の歴史をまとめた郷土誌です。

こういう資料本を見るのは大好き。

 

城跡の鶴岡公園から大山街道を西に向かうと、

家中新町の次がたしか新海町です。

およそ50数年前に、大海町(おおうみまち)

と新町が合併して誕生したそうです。

 

海からだいぶ離れているのに、大海町とは面白い。

南北に青龍寺川が流れています。

 

昭和40年ごろはまだこの界隈は田んぼでした。

現在みどり町にある中央公民館(プラネタリウムがある)は

第一中学校だったようです。

 

大きな赤い鳥居が目立つ三寶荒神社付近で交差する

旧国道7号線(現県道332号)は、町の中心部から

大きく迂回するように作られています。

今考えるとこれは由良坂を越えて接続する

おばこおけさラインと呼ばれた国道7号と

接続するためのバイパスだったように思われます。

 

そうそう、新海町という名前は私が高校生のころから

知っていました。

担任のクロダ先生のご自宅がある町名だったからです。

先生お元気でしょうか?

最近まで町内会長をやられていたという話も伺いましたよ。

 

鶴岡も酒田同様、周辺部の田畑をつぶして住宅地になり

拡大してきた歴史があるのですね。

 

2020年8月、44年の営業に幕を下ろした

西武デパート大津店。

その閉店を中継したローカル局のテレビカメラに、

ライオンズのユニフォームを着て毎日映り込んだ成瀬。

 

「成瀬は天下を取りにいく」

の主人公成瀬あかりは、この時うちの娘と同じ中学2年生でした。

 

滋賀県大津市にあった西武デパート大津店。

これは懐かしい!

私も学生時代買い物に行ったことがあります。

 

買いたいものは決まっていました。

いったい何を買いに行ったのか?

西武ライオンズのユニフォームならぬ、

スタジアムジャンパーでした。

 

1981年だったから大津店が出来てまだ5年目だったのですね。

44年間続いたという西武デパート大津店ですが、

私が訪れたのは、その時1回こっきりです。

 

大津は京都からとても近い。

JR(当時は国鉄でした)だとたった二駅で着きます。

おそらく全国の都道府庁所在地の中でも、

京都と大津は一番の至近距離だと思われます。

 

京の都から琵琶湖は近いから近江(おうみ)、

浜名湖は遠いから遠江(とうとうみ)なんだそうです。

 

京都は盆地なので、東海道線の上りに乗ると

すぐ長いトンネルに入ります。

抜けると山科。

また長いトンネルを抜けて東進すると、

琵琶湖のある大津というわけです。

 

当時、私は新興球団西武ライオンズのファンでした。

1978年、福岡平和台から西鉄ライオンズを

引き継いで所沢に誕生した西武ライオンズ。

(正確にはクラウンライターライオンズだった時代もあり)

 

当時を調べてみると、阪神から田淵幸一、

ロッテから野村克也、近鉄から土井正博など

ビッグネームを獲得したものの

初年度(1979年)は最下位。

2年目は4位。

 

根本監督最終年となる3年目(1981年)は、

新人王を獲得する石毛宏典が活躍するも4位。

投手陣には東尾、森繁和、松沼兄弟などが

ローテーションを守っていました。

 

広岡監督が指揮を執って、西武を黄金時代に

導いていくのは、翌82年からになります。

 

ライオンズの試合は阪急のフランチャイズであった

西京極球場に観に行きました。

阪急にはレジェンドの山田久志や福本豊がいた時代です。

 

当時のライオンズの球団マスコットは、

手塚治虫のジャンブル大帝レオ。

画像検索したらありました!

(これはちょっと後の時代のものですね)

 

ライオンズブルーのスタジャンの胸には

レオのワッペンが刺繍されていました。

袖と襟は赤と緑のツートンがアクセントでしたね。

 

1981年秋、

西武デパート大津店に一着だけあったスタジアムジャンパー。

眩しかったなあー

価格は1万5千円でした。

まだ消費税なんぞなかった時代です。

安くはなかったけれど、迷わず購入しましたよ!

 

関西でこれを着ているとけっこう目立ちましたね。

防寒着としても重宝しました。

しかしこれを着て球場に応援に行くことはありませんでした。

翌春には山形に戻ったため、機会がなかったのです。

 

そういえば、どこかのマラソン大会に着ていったら

選手と間違われたこともありましたね。

 

その後西武ライオンズのスタジャンは、

農村青年の普段着となり、野良着となり、

やがてジャンパー表面のコーティングが

徐々に剥がれるなど経年劣化していきました。

 

表面がボロボロになると、リバーシブルでもないのに

無理やり裏返しに着たりしてとことん着倒し?ました。

それだけ愛着があったのですね。

 

一方、それからの西武ライオンズは広岡監督の下

常勝軍団となり、その強さは森昌彦(のち改名)監督

でさらに盤石となりました。

日本シリーズでたびたび巨人と対戦するものだから、

結局ジャイアンツを応援してしまい、

ライオンズは憎きライバルチームという存在になりました。

我ながらまったくもって身勝手ですね。

 

ルーキーだった清原が、日本シリーズ最終戦

巨人を倒して日本一になるまであとアウト一つ、

という場面で感極まりグラウンドで流した涙は、

観ていて正直複雑でしたね。

 

西武デパート大津店はすでになくなってしまいましたが、

所沢埼玉西武球場にはぜひ野球観戦に行ってみたいと思います。

45年ぶりにスタジャン買おうかな?

 

 

 

 

 

 

 

お天気回復!

日差しが眩しい!

 

メーテールさんでシュトーレン買いました!

 

今年はそのへんに普通に出没する

熊に悩まされた年でした。

 

今年の漢字一文字は、

米か?

熊か?

 

入れ歯の修理

背中の痛み

足裏の痣

といった症状で

歯医者

整骨院

皮膚科

を心ならずも梯子しなければ

と思っていましたが、

なんとかなりました。

 

夕方ゆりんこに辿りつく時は、

黒雲から激しい霰が。

温泉であったまって外へ出たら

正面に煌々と満月が。

 

今年も残りあと3週間ちょっとになりました。

 

今季初本格的な寒気が入り夜半から雪になりました。
そして終日強い季節風が吹き荒れました。
ただまだ積雪は大したことがなく、
日中は道路も支障なく通行できほっとしています。
 
それから困ったことに出荷したお米や餅などの
荷物の遅延が心配です。
佐川急便は取り扱い量が急増したため、
本日の集荷は一部制限すると発表しました。
ブラックフライデーが影響している、とも言われています。
幸い弊社には集荷に来てくれましたが、
希望通りお客様の元に届いてくれるのでしょうか。
 
雪は霙に替わり、明日の朝には止む予報です。
 
 
 

 

あの名作ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」が、

初公開から60年を経て、4Kデジタルリマスター版で甦り

リバイバル上映されています。

 

これは嬉しい!

あまりにも有名な作品なので観た気になっていましたが、

実は初めての鑑賞なのでした。

 

空撮から始まるオープニング。

当時だったらなんと斬新な映像なんでしょうか。

 

ジュリー・アンドリュースの溌剌とした美しさ。

聴き慣れたスタンダードナンバーの数々。

中でも7人の子どもたちと歌う「ドレミの歌」は、

映画史に残る名場面ですね。

 

この映画が作られた60年前だったら、当時の私は

7人姉妹で言えば末っ子くらいだったでしょうか。

 

オーストリアのザルツブルク、

一度はナチスドイツに併合されてしまいます。

しかし音楽祭での聴衆の大合唱が

祖国の誇りを力強く訴えていました。

ぜひ訪れてみたい街がまた一つ増えました。

 

 

ハウスの屋根についた横の線

 

これは亀裂です

でも一体どうして?

 

補修テープで補強します

 

こんな具合で修理完了

 

ついでに屋根の上、峯の部分も点検しました。

多少鳥が突っついた傷がありましたが、

全体的にまだまだきれいなものです。

あと5年は大丈夫?

 

降雪間近にして、屋敷周りの木々があらかた落葉しました。

ケヤキの真下にある側溝はたっぷりの落ち葉で埋まっています。

 

これは先週の共同作業、今年最後の側溝掃除です。

 

家の屋敷の落葉は、ケヤキと桜から始まり、

モクレン、その他(隣家の名前が分からない木)と続いていきます。

この2~3週間は落ち葉の片づけが忙しかった。

今までの親父の苦労が分りました。

 

人や車が出入りする場所から優先的に集めていきますが、

草地や庭木周辺は後回し。

明治神宮の森みたいに、葉っぱをそのまま堆積させて

自然の林みたいになれば理想です。

そんなに広いわけではないけれど・・・

久しぶりに送られてきた通販生活誌をめくっていたら、

興味深い連載を見つけました。

 

評論家川本三郎さんの山田太一論です。

「ふぞろいの林檎たち」が掲載されていました。

 

嬉しいことにバックナンバーがネットで読めます。

 →通販生活 山田太一論「家族と暮らせば」

 

第81回は「春までの祭」後編まで掲載中です。

初回からに遡ると

「それぞれの秋」

「岸辺のアルバム」

「沿線地図」

「早春スケッチブック」

「男たちの旅路」

「チロルの挽歌」

「奈良へ行くまで」

「小さな駅で降りる」

「本当と嘘とテキーラ」

「想い出づくり。」

「ふぞろいの林檎たち」

「ふぞろいの林檎たちⅡ」

「輝きたいの」

「香港明星迷」

「大丈夫です、友よ」

「いちばん綺麗なとき」

「遠まわりの雨」

「終わりに見た街」

「男たちの旅路スペシャル 戦場は遥かになりて」

「日本の面影」

「キルトの家」

「時は立ちどまらない」

「五年目のひとり」

「ながらえば」

「冬構え」

「今朝の秋」

「春までの祭」

 

こうしてみると観ていないドラマもけっこうあります。

全集などで脚本は読むことが出来るかも知れませんが、

映像としてのドラマを今一度観てみたいものです。

暫くはこの川本さんの評論で楽しめそうです!