今年2回(1月と2月)も噺を聴く機会があった、
柳家三三が2月に東ソーアリーナで四たび高座に上がります。
しかも演目は「芝浜」
これは楽しみ!
チケットを家族分予約しましたよ!
宣伝として事務局から送られてきた三三師匠の
連載記事(岩波書店の図書 落語家十二ケ月)のコピー。
その中にたいへん興味深いお話がありました。
伝説といわれている、2007年暮れの立川談志の「芝浜」です。
三三師匠の「名作で締めくくりたい十二月」より抜粋いたします。
暮れに限らず、冬を舞台にした落語は数多く、
しかも名作ぞろいです。冷暖房のなかった時代、
そして現代のように夏がこれほど厳しくなかった
ようですから、冬の寒さと飢えをどう乗り切るかは、
人々が生きていゆくうえでいちばん切実な問題
だったことでしょう。一生懸命に生きるほど、
ときにシリアスに、ときにユーモラスに、劇的な
出来事に遭遇するものです。
「芝浜」は、年の瀬を題材にした噺の中でも
「文七元結」と人気を二分する演目です。
(中略)芝浜のあらすじ
落語ファンの間でいまや”伝説”ともいわれているのが、
2007年の暮れに立川談志師匠が演じた「芝浜」です。
伝聞ですが、その日の高座は噺の中盤から興に乗り、
談志師匠が演じるのではなく、夫婦の真剣なやり取りが、
さながら師匠の口を借りて飛び出してくるかのような
臨場感があったといいます。全編アドリブとも思える
噺の迫力に圧倒されたのは客席ばかりでなく、師匠自身
も一席終えたあとは放心したかのようにしばらく座布団
から立ち上がれなかったそうです。
(中略)その半月後、街なかで偶然談志師匠に出会う
「三分、ここに座っていけ」
師匠はそう言って、腰かけた縁台の、自身のすぐ脇の
空いた場所をポンと叩きました。思いもかけない言葉に
一瞬茫然としましたが、否も応もありません。天下の
立川談志と一対一で話ができる(かもしれない)なんて、
これっきりかもしれない好機、腰を降ろしたとたん、
「聞き及んでると思うが、暮れの「芝浜」はな」
(中略)
「信じられないことだが、亭主と女房が勝手にしゃべ
るんだ。今まで何遍この噺をやっても思ったこともない
ような言葉がどんどん口をついて出てくる。登場人物が
俺の言うことなんか聞きやしない。たとえるなら
「長屋の花見」で、上野のお山へ行かなくちゃいけない
連中が、パチンコ屋に入ってって出てこないようなものだ。
噺がこの先どうなっちまうか、俺にもわかならかった」
私に聞かせるというより、その日の高座と熱量を
思い出し、確認するかのような口ぶりでした。
(中略)
のちに聞いたところでは、談志師匠はある時期から
登場人物がその日どんな言動をするかという即興性を
重視するようになっていたそうです。伝説の「芝浜」は、
その試行錯誤のひとつの到達点だったのではないで
しょうか。口で言うのは簡単ですが、師匠の名高座を
期待して集まった大勢のお客さまを前にたった一人、
どうなるかわからない噺を演じ続けるというのは、
想像するだけでも怖いものです。
この出来事から何年ののち、私自身も(おそらく)
同じような高座を何度か経験しました。しかし意図
したわけではなく、演じているうちに目の前に噺の
風景や人物の姿がありありと見えてきて、私が言葉
を選らばなくても、人々が自分の言葉でしゃべり始
める、それは稽古段階では思いもしなかったもの
だったのです。登場人物になり切った私は物語の
世界の中を自然に生きる一方、その状況に驚きつつ、
ことのなりゆきを冷静に眺めるもう一人の自分も
いるような感覚でした。
以前の私は、準備や稽古のときに、セリフを自然に
感じられるように練り上がてゆき、高座ではその
プラン通りに演じ、お客さまが期待したどおりの
反応をしてくれることが成功だと思っていました。
けれど現在は、充分に準備をしたうえで、高座では
それを超える、あるいは裏切るような何かが起きる
ことを楽しみにしています。その現象は残念ながら、
ときおり演じる「芝浜」では体験できていませんが、
いつか夫婦が私の思いをはるかに超えたやり取りを
しゃべり始め・・・・・。いやいや、そんな不純な
期待を抱いていては、登場人物が勝手にしゃべり
始める高座など望めそうにもありません。
よそう、また夢のまた夢になるといけねえ。
(以上、抜粋終わり)
柳家三三の「芝浜」がますます楽しみになる
新春2月11日の東ソーアリーナでの高座です。
チケット幸いまだたくさんあるそうですよー