フリートラベラーへの道
  • 16Apr
    • 東南アジア一筆書きバンコクからサイゴンへ⑧プノンペンでクメールルージュからの復興

      東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編①はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編②はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編③はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編④はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑤はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑥アンコールワットにどっぷり東南アジア一筆書きバンコクからサイゴンへ⑦プノンペンへ行きのバスで夜キャピトルホテルで彼らと集合して一緒に晩御飯に行くことに。途中どういうわけか、彼らの友達らしいカンボジア人の若い女性も一人加わって、総勢9人での会食。いったい何がどうなってんだか良く分からなかったが、なんか楽しかった。帰りは2台のトゥクトゥクに便乗してプノンペンの夜の街をトゥクトゥクドライブとなった。晩飯後の記念撮影翌日はトゥールスレン刑務所の跡地に行ってみた。今でこそ経済発展もそこそこだが、当時はカンボジアと言えばクメールルージュ、ポルポト政権下での悲惨な歴史がまだ色濃く負の遺産を残している時代だった。タイから国境地帯の地雷の危険性は有名だったし、ここトゥールスレン刑務所の悲惨さも、閉鎖されてから20数年くらいしか経っていない時代だったのだ。ポルポト政権下のカンボジアの歴史はいくら読んでも理解できない時代だ。知識人を全員殺そうとしたり、都会の住人を全員地方へ送ろうとしたり、意味不明の一言。これを国家の政策として行ったという、本当に世界は良い意味でも悪い意味でも、不思議なことがある。だからこそ、我々は政治家を意思も無く信じてはいけないのだが。トゥールスレン刑務所の中庭さて、本日はこれから最後の地、サイゴンこと、ホーチミンシティへバスの旅。プノンペンからベトナム国境への道は本当にのどかでホッコリした気持ちにさせてくれる景色だった。カンボジアからベトナム国境(モックバイ)を通るベトナムに入るとガラっと道、街の雰囲気が変わったのだ。なんと言えば良いのか。カンボジアはタイっぽいところがあったのだが、ベトナムはタイっぽい感じがもうなくなり、どちらかと言うと中国っぽい感じになるのだ。なんだか不思議だなぁ。

      118
      テーマ:
  • 02Apr
    • 東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑦アンコールワットに別れを告げ、一路プノンペンへ

      東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編①はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編②はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編③はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編④はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑤はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑥アンコールワットにどっぷりところで、カンボジア料理って意外にいけるのだ。タイ料理に似ていると思いきや、ちょっと中華の雰囲気も本当にちょっとだけど含まれるような、そんな田舎料理だ。カンボジアの市場での夕食。美味さて、今日は朝からプノンペンへ移動だ。バス移動はカンボジアの老舗、キャピトルツアーだ。タケオゲストハウスでプノンペン行きのバスチケットを頼むと必ずこの会社になる。他にないのかもしれない。このキャピトルツアーはカンボジアの旅行記を書いている本の多くに出てきて、初カンボジアの僕にとっても馴染みのある会社だ。http://www.capitoltourscambodia.com/バスに乗ると、ある集団が声をかけてきた。外国人の観光客風の団体だ。オバサン5人、オジサン2人の集団で、バスの中で僕の顔を見るなり、みんなで笑い出したのだ。何事かと思っていると、そのうちの一人が話しかけてきて、僕を昨日バイオンで見た、というのだ。バイオンの前でぐぅぐぅ昼寝している僕を。なるほど、それでか。僕が彼らを覚えてないわけだ。バイオンはアンコールワットの中で必ず訪問すべきスポット。なので、その日の観光客の全員が訪問すると言っても過言ではない。そんな場所で3時間も昼寝していたんだからみんなが僕と会ったってわけだ。納得。そんなこんなで彼らと仲良くなった。途中の休憩地点で一緒にご飯を食べたりした。休憩地点で買った焼きバナナ。美味しい!?彼らはホーチミンから来ている観光客で、プノンペンの後ホーチミンに帰るらしい。ちょっと身なりの良さそうな彼らはアディダスの社員だとのこと。外資系だ。これは社員旅行らしい。プノンペンの街はいかにも東南アジアの首都といった風情で、良くも悪くも、子汚く、ゴミゴミしてて、空気の悪い街だった。そんな街が僕は好きだ。キャピトルツアーのバスはプノンペンの中心街に近いキャピトルホテルの前に着く。アディダスの彼らもキャピトルホテルに泊まるらしく、夜ご飯を約束してそのまま分かれた僕もキャピトルホテルに泊まることにした。ということで、夕方のプノンペンをちょっと観光してみることにした。メコン川沿いは市民の憩いの場川沿いでは子供たちもこんな風に遊んでいるこんな濁った河でも憩いの場さて、そろそろホテルに戻るかな。

      83
      テーマ:
  • 27Mar
    • 美人と結婚したいか

      このタイトルを読んだ時に、そりゃそうだろ、と思った男子諸君は多いと思う。かく言う私もそうだった。しかし、35を過ぎた頃、婚活を本格化する中で、美人と結婚したい願望が無くなっていることに気づいた。これは、僕がバツイチだから、過去のレッスンズラーンドで、学んだ成果だと見る筋もあるかもしれない。しかし、事はそんな単純なものではなかったのだ。ラジオで西田敏行が、『この歳になると美人はダメだ~』みたいなことを言っていて妙に共感した。彼の主張は、美人は絶妙なバランスで成り立っているので、それが崩れると凡婦よりも見られないものになる、という主張だった。私の主張とは若干似ているがちょっと違った。私がどうして美人と結婚したいという想いから脱却できたか。その鍵は同窓会にあった。中学の同窓会、高校の同窓会、大学の同窓会、何でも良い。Facebookで久しぶりに見る顔でも良い。当時あれだけ世界の寵愛を一身に受けていた世紀の美貌の彼女たち。そんな彼女たちの10年後、20年後の姿は、「アレ!?」と思うことが少なくない。もちろん当時の輝きを今でも保っている人たちもいるのだが、「どちら様でしたっけ?」というように変わり果てている人も多数なのだ。この数々のビフォーアフターを実感として受けた身として、今目の前にいる彼女たちの10年後、20年後を想像しないわけにはいかないのだ。そうすると、目前の仮初の美に固執することはなくなる。では何を重視すべきか。前のパラグラフで、10年、20年経っても変わらない美しさを保っている人がいると言った。それは何故か。それは内面の美しさが面に出ているからだ。内面の美しさが滲み出るオーラは何年経っても変わらない。逆に、若い時は一見美人だけどいけ好かない女子たちは、時の移ろいにもう目も当てられなくなっているのだ。男子諸君、心の目で見よう。また、自分も心の目で見られていることをお忘れなきよう。

      80
      テーマ:
  • 19Mar
    • なぜ一人旅か

      今週末、妻の実家の法事で親戚方と会った。法事が終わったその食事の席で、一人旅がどうか、という話になった。妻のお兄さん(僕と同い年)は、『一人旅なんて意味わかんない』と言って、妻の叔父さんは、『だからお前はダメなんだ、一人旅こそ成長させてくれるんだ』と言い合って議論していた。僕も一人旅の是非、については友達たちと過去にも議論になったことがあった。そんな時、「一人旅、行きたくて言ってるんじゃないよ、一緒に行く人がいないから一人になっちゃうんだよ。」「僕と同じくらい長期の休暇取れる人なんていないジャン」とかなんとか言って誤魔化してきたけど、本当は圧倒的に一人旅がしたくて一人になっていたのだ。僕は過去の長期旅行の中で一人旅じゃないケースはホントに数ケースしかなかったんだけど、一緒に旅をしてもストレスにならない人、数人のみ。ちなみに現在の妻も、初めての海外旅行でフリートラベラー二人旅をしたことで、結婚しても問題ないと判断した理由の一つだった。では、なぜ一人旅か。キーワードは、一人旅だからこその成長。上の義兄さんと叔父さんの議論の中で僕が思い出したエピソードがあった。5年くらい前の正月、タイのバンコクから日本に帰る時、2時間前に予定通り空港に着いて、列に並んでチェックインカウンターに付いたのが1.5時間前、このタイミングでパスポートを持っていないことに気が付いた。この時は一体何が起こったのか分からず、僕の頭の中はフル回転して行動を決め、結論としては、宿に忘れてきたのを何とか取り戻したんだけど、自分の120%の能力を使った。他にも、ぼったくり白タク運転手との交渉とか、いろいろ修羅場をくぐってきた。それもこれも一人旅がもたらしてくれた光明だったと思っている。DVD版深夜特急のエピローグの中で沢木耕太郎さんが言っていた言葉がある。『なぜ一人で旅をするか、自分と会話したいんだと思います。』これに尽きると思う。リオデジャネイロのコパカバーナで一人ビール

      78
      テーマ:
  • 13Mar
    • 忙しかった日々も終りを告げブログを再開

      3月3日に国際宇宙探査フォーラムという閣僚会議があり(http://www.isef2.jp/jp/)、それの裏方仕事を無事終え、忙しかった日々も終りを告げました。ということで、明日からまたフリートラベラーの道を再開したいと思います。普段1日にメールは100通くらいしか来ないんですけど、最盛期は300~400通くらい一日に来てたから、その状況は酷いものでした。でもホリエモンは1日に1000通捌くと言われていますから、僕のキャパもまだまだだと思います。今回分かったのは、ブログを書く時間がないわけではなく、キャパがいっぱいいっぱいになっただけでブログを書けなくなるということ。ブログの冒頭でも書きましたが、私は宇宙の仕事は二の次で、フリートラベラーを第一として生きていたいから、こんな仕事に追われるような日々は全くもって不本意でした。どうしたら、このように仕事第一にならないように出来るかが、目下の課題。職場でも、毎日24時を過ぎるまで仕事をして、目の下にクマを作って朦朧としながら仕事をしている中間管理職の上司がいるが、そんな人を見るにつけ、”会社に貢献する圧倒的パフォーマンス力に感嘆する気持ち”と”そんなに仕事に命をかけて一体何になるのだろう、自分はそうはなりたくない”という2つのアンビバレントな気持ちがよぎります。でも、私は絶対にそんなパフォーマンスを出す仕事人間になりたくない、というか、フリートラベラーとしての能力をどうしたらパフォーマンス高く出せるか(仕事をしながら)、ということを突き詰めて行きたいと、改めて思ったのでした。

      59
      テーマ:
  • 08Feb
    • 歴史的な日、火星に向けてファルコンヘビーが飛び立った日

      久しぶりの更新です。3月に日本で行われる国際宇宙探査フォーラム(ISEF2、http://www.isef2.jp/jp/)の仕事を始めてから、通常の仕事も今まで通りやるせいで、仕事が2倍になり、メンタルがブログに向きませんでした。さて、そんな状況の僕でも今日ブログを書かざるを得ないと思った出来事がありました。スペースX社によるファルコンヘビーの打上げです。この記事に簡単に紹介しているのでご参照下さい。さて、何がそんなにスゴイのか。上の記事の動画をまず見て欲しいのですが、おおざっぱに以下つらつら書きます。・民間初の世界最大級ロケット(現役では最大)・民間初の火星用ロケット・ロケット本体の横に付いたブースターが帰還・先っちょにイーロンマスクの愛車ロードスターを搭載・そのロードスターにはスターマンという名前のロボットが搭乗まぁ、下のほうに書いていることは洒落なんですが、とにかく日本の10歩くらい先に行っていて、且つかけた時間も半分くらいと、勝負だったらもうコールドゲームなわけです。家に帰ってきてこのニュースの話になり、奥さんに、「日本が宇宙開発やる意味ない」、とか「日本のロケットは北朝鮮になめられないために作ってんだ」、とか、投げやりなことを言っていたら怒られました。例えば、車で考えてみてください。超高性能の全自動運転電気自動車をアメリカが既に作っていて、日本が今がんばって軽トラ作ってたら泣けてくるでしょう。今そんな状態です。僕の従兄弟で、ホリエモンのロケットの会社に投資している金持ちの人がいるのですが、彼と飲んだ時に、『日本の宇宙開発にかけている金を全部イーロンマスク(スペースX)に渡して全て任せた方が人類のためになる』と言われて、全くその通りだと思ってしまったのでした。ロケットで勝てなくても、日本に勝てるものがあるはず。期せずして、同じタイミングでトヨタが最高益をたたき出しました。車では日本は勝っています。日本に得意なものがあるはずです。スペースXに出来ない(やらない)コツコツ型の能力が必要で、目立たないけど必要な、そんな世界で一等賞を取りたいと心に誓ったのでした。またISEF2が終わったら前のように更新していきますのでしばしお待ちください。イーロンマスクのロードスターとスターマンが宇宙に行きました

      149
      テーマ:
  • 08Jan
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その⑧やっと着いたトレドは雨だった。最終日

      朝からトレドは雨だった。 本当はトレドは街の中じゃなく、遠くの高台から見るのが綺麗なのだが、雨の中そんなところに行く元気もなく、チェックアウトまで前日の移動の疲れを取るため、部屋の中でブログを書いたりして過ごした。 午後から街を歩こうと思ったのだけど、スペインも思いのほか寒くて、凍える雨の中の街歩きも、なんだか気分が乗らずに、すぐ良さそうなカフェに入ってランチにしてしまった。 とはいえ、ひと通り一周したトレドの写真をいくつか。 閑散期とあってか、新年だからかミュージアムはほとんどやっていなかったし、レストランも半分くらいは閉まってた。 夕方4時くらいまでうろちょろして、靴もびしょ濡れになったので、そろそろ前日到着したターミナルまで行くことにした。 ちょうど雨もやんで来たので、街を見ながら徒歩で。 チョットしか時間がなかったので、トレドのほとんどを見ることが出来なかったけど、多分また来るだろう、といつもながら、残す旅、になってしまった。こんな風にまた行くつもりで行けてない国がどんどん増えてる。 マドリードへの帰路も順調だった。 ガイドブックによると、1時間とも1時間半とも言われているバス移動だが、往復とも50分で着いた。 値段も高く本数の少ない電車に乗る必要もないか。 スペイン最後の夜はフラメンコで締めくくり。 日本でもスペインでも何回も見たことがあるのだが、いつも感動してしまう。 フラメンコの特徴は笑わないところだと思う。 聞くところによると歌詞は適当でどうでもいいような内容なのだそうだが、一貫して人生の悲哀のようなものが歌と踊りから見て取れる。 マドリードで泊まってる宿のボロさも相まって、旅の終わりに相応しい哀愁に満ちた夜だった。 この記事がアップされている頃僕は日本に着いているでしょう。 これで年末年始旅のレポートは終わりです。 この後いくつか旅で出会った人や感じたことの詳細に何回か触れていきます。

      193
      テーマ:
  • 06Jan
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その⑦ルクセンブルクの宇宙企業

      今日はルクセンブルクにもオフィスを構える日本の宇宙ベンチャー(https://ispace-inc.com/jpn/)を訪問してきた。この日はちゃんとアポを取っていたこともあり、打ち合わせの準備もしていたので安心して臨めた。昨日のSES社訪問のアドリブ感は今から考えても背筋が凍る。笑Region Directorとこの日も1時間半ほどお互いの活動の紹介、協力可能性などについて話した。これでルクセンブルクの宇宙活動を肌で感じる、という今回の旅のミッションは無事に完了することが出来ました。宇宙の話は置いておいて、彼の話を聞いて興味深かったのが、彼はispace社に転職するまでは全く宇宙のことはやっていなかったこと、カナダ出身で、日本で2年働いたあと縁もゆかりもないルクセンブルクに来たこと。世界のどこでも、仕事のジャンルも問わず自分のやりたいことを自由に進める、しかも自然体で、これが世界の働き方か、とカルチャーショックを受けた。日本の大学を卒業して大企業に勤めるようなパターンの人からするとあまりの違いに愕然とするだろう。午前中の打ち合わせ後、ルクセンブルクをフラフラするのも力尽きたのでそのまま空港に向かい最後の目的地マドリードに向かうことにした。何かと思い出に残ったルクセンブルク中央駅空港行きバス無事発見ヨーロッパ最安の誉れ高いライアンエアーマドリードでは、2泊するのだが、初日は前から行きたかったトレドに宿を取っていた。が、飛行機の中でかなり後悔した。よく考えてみると、飛行機の着陸予定時間は19時となっており、マドリードートレド間の移動は1時間程度だから東京から千葉に行くくらいなもんだろうと安易に考えていたが、19時着の見込みはこのペースだと明らかに20時近くになり、空港出るのは20時を過ぎるだろう、そこからの移動手段もルクセンブルクの空港で調べたのだが、電車は30分で着くと言われていたがその時刻はもう走っておらず、バスは1時間以上かかる上、空港からバスターミナルまでも1時間以上かかる。。。どうしてマドリード泊にしなかったのか。自分のフリートラベラー振りにあきれ返る。そんな風にブルーな気持ちでマドリードに到着したのだが、地下鉄の乗り継ぎやバスターミナルでのバス探しなど、走り回ってなんとか21時半発ー22時半着のトレド行きバスに乗れたときは、自分で自分を褒めてあげたくなった。マドリードこメトロの駅までも遠い!このバスでトレド到着22時半着のバスターミナルで雨の降る中タクシーを探し回り、やっとのこと23時過ぎ宿に到着。ホテルの人が温かく迎えてくれたのが何よりだった。ホテルサンタイザベル(https://www.hotelsantaisabeltoledo.es/Inicio/w/en-GB)まだ晩飯も食べていなかったが、スペインのレストランは夜遅くまでやっている。この日も23時過ぎに行って無事に夕食にありつけたのは幸せだった。チョットいい感じのディナーさて、明日は最終日でトレド観光後、マドリードに戻る。

      37
      テーマ:
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その⑥ルクセンブルクで飛び込み営業してみる

      今回の旅のテーマでもあったルクセンブルクに着いたのは夜の19時を回った頃だった。ブルージュからルクセンブルクの電車もいろいろ紆余曲折あって、乗った電車は変更に継ぐ変更だったのだがその辺はまた機会があったら。ルクセンブルクの19時過ぎは店は開いているものの、泊まる予定のユースホステルは約2キロ離れている。道も地図から見ると意味不明。タクシーに乗ることにした。タクシーから見る景色はAmazingだった。予期していなかった。普通のヨーロッパの町だと思ったのだが、独特だった。町全体が谷で囲まれているというか、新市街と旧市街が渾然一体となっているというか。タクシーの窓から覗く景色に圧倒された。ちなみにこの2キロの行程で16ユーロ。日本より高いタクシーというのも珍しいのでは。ルクセンブルク駅到着ルクセンブルクの駅舎。夜景は撮り損ねたドミトリーの部屋にひとりオジサン翌日何のアポも無かったがSESという会社に行ってみることにした。SES(https://www.ses.com/)はヨーロッパ最大の衛星運用会社。前にも書いたがルクセンブルクは宇宙に力を入れることになったのはこのSESの成功が大きい。未来へ先行投資したことがこうしてビジネスを産み出したのだ。このような背景もあってルクセンブルクは金融大国でもあり、国民一人当たりGDPが世界最高になったりしたのだろう。海外で働くことはどういうことなのだろう、というテーマに対し。ルクセンブルクで働くイメージをこのSES社訪問で具体化できるか、というのももう一つの目的だった。SESは大会社なので訪ねたら何か展示館みたいなものを見せてくれるだろう、あわよくば広報担当の人が出てきてGeneral Informationをくれるだろう、という程度の浅はかなMotivationでルクセンブルクの郊外、電車で30分+徒歩30分のほとんど国境になってしまう郊外へ出かけた。30分のルクセンブルクの田舎道を歩き、ゲートに到着した時ちょっと緊張した。ある程度予想はしていたが、ガッチリ守衛所でセキュリティが確保されていた。ルクセンブルクからドイツの国境近くの町。ザ田舎だがなんか可愛らしいSESへの道中守衛所でガードマンに『アポはないのだが、日本から来たSpace Companyに勤めているものだが中を見せてくれないか?General Information exchangeをしたい』とかなんとか言って尋ねた。ガードマンも日本からわざわざ来た人間を邪険に扱うのも気が引けたのか『誰と話したい?』と聞かれ、『Outreach, public relation officeの人がいい』など適当に答えたら、3回くらい電話をたらい回しにされた。ちゃんとした会社のセキュリティだから、突然現れた東洋人なんてそのまま追い返す可能性もあるなぁ、なんて50パーセントくらいで思っていた。が、しばらく待った挙句入場を許可された。ついにビルディングまでたどり着いた第一関門突破。その後どうなるかドキドキしながらビルに入った。入り口の受付では、君の話は聞いているよ、と待つように言われた。しばらくすると風格のある紳士が『Welcome』と言って握手を求めてきた。名刺交換をすると”Vice President of Public Relation Company”というような肩書きだった。年齢も50に差し掛かった頃だろうか。「マ、マズイ」と思った。こっちは一般的な見学のつもりで来たのだが、日本から若造がInformation exchangeをしたいと言って来たのをその部門の副部長?のような人が出てきたのだ。何かを見学するというのでもなく、ディスカッションをすることになり、ある会議室で2人で話すことになった。私は今回ルクセンブルクに興味を持ったこと、ルクセンブルクもSpace explorationの観点で日本に興味を持っていること、わが社もSESとの協力の可能性に興味を持っていること、その観点で意見交換したい、というようなことをひっちゃかめっちゃか英語で伝えた。彼は興味をもってくれたらしく、Technology departmentのこれまたVice presidentや広報のSenior managerなどを部屋に呼んで意見交換を繋げてくれた。「早く終わってくれ!?」と思いながら1時間半ほど議論をして帰ることになった。タクシーを呼ぶか?と聞かれたがここからルクセンブルク市の中心まで帰ったら200ユーロくらいかかるので、散歩しながら駅まで行くよと答えた今はまだこの訪問がどんな意味を持つのか分からないが、いくつか議論の結果、キーワードをもらったので、帰って社内でFuture possibilityを模索してみたい。

      53
      テーマ:
  • 05Jan
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その⑤ブルージュの町並み

      ブルージュに着いたのは夕方6時過ぎでもう周囲は真っ暗だった。パリからブルージュの移動も楽勝だと思っていたのだが、ネットで調べるとベルギー国鉄のチケットをネットで入手しておいた方が良いということであらかじめゲットしていた。それにしてもパリーブルージュ間の移動は思ったより難しかった。簡単にパリ→ブリュッセル→ブルージュのエクスプレスに乗るだけだと思ったが、途中ローカル電車を交えたりして2回も乗り換えとなる行程だった。エクスプレスの大都市間はそんなに頻度よくなく、また安くもないようだった。私は途中リールまで特急で行って、リールでローカルに乗り換え、聞いたことも無いブルージュの隣町の駅で最後の乗り換えをするというなんとも難易度の高いものだった。乗り換え時間もクリティカルでリール駅を走り回ることになった。リールの駅で走り回る。オランダ語とフランス語の標識しかない⁉️ピンチ!ブルージュ行きの列車に乗るひとり車窓を見るそんな感じで到着したブルージュはこんな感じ。こんな感じのディナー。毎日ワイン飲む予想を超えた美しさだった。ブルージュに寄った理由は、昔フィリピンかマレーシアかを旅しているときに見た映画『ブルージュ』の美しさが心にずっとひっかかっていたからだ。『ブルージュ』は残念ながら日本で公開されなかったのでその後また見ることは出来ていないのだが、あらすじとしてはブルージュを観光に来た2人組み(確か兄弟?)が人を殺しまくるというナンセンス映画。その意味不明なあらすじとブルージュの街の美しさのコントラストが際立った映画だった。明日はブルージュから主目的地のルクセンブルク。これも5時間もかかって2回乗り換える難しいチケットになってしまった。ヨーロッパ旅行意外に難しい!?

      40
      テーマ:
  • 04Jan
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その④ロンドンからパリへ移動。からのブルージュ

      各場所でどんなことがあったかは帰国後に回想することにして、ロンドンの妹宅を発ってパリに行くことになっていた。ロンドンからパリの移動は東京大阪くらい余裕の移動だと高をくくっていて何にも調べていなかった。最悪ユーロスターがちょっと高いくらいどうとか。そんな感じ。妹がそれを心配してロンドンからパリのチケットをいろいろ調べたところ、ユーロスターは最安値が190ポンド!?約2万4千円。片道で!?とんでもない値段だ。前もって買った最安値では50ポンドが相場だと言うからその値段の高騰は極端だ。190ポンドのユーロスターだと、LCCの方が安いのでは、ということになりこれも調べたところ、やっぱり190ポンドよりは安いものの、130ポンドくらいで、ロンドンルートンから出る飛行機だったり、ドイツ経由のパリ行きだったりぴったり来るものがない。妹宅(南部)からルートン(北部)へは片道で20ポンド以上かかって2時間くらい移動時間もかかるので値段も時間も効率が悪い。結局バスで行くことにした。普通LCCのこの値段だとルートンであったとしてもLCCを選ぶのが普通だと思うが、70ポンド(1万円弱)のバスで行くことにした。これは僕の移動好きがもたらすものだ。普通の人にはあまりお薦めできないが。妹が持たせてくれたお弁当。おにぎりと葡萄。なんか泣けてくる。Time tableでは8時間かかるということだったが着いてみると、6時間半で到着。この差は何なんだ!無事に到着。こんな感じのバスで。乗客はほとんど黒人。パリらしい。到着したばかりのパリの街並み。セーヌ川沿だったが、到着したばかりって不安ですよね。その日は夜のパリを徘徊し、翌日パリ在住の友人とランチをしてからブルージュ(ベルギーへ)発った。今回海外在住の友人と会って、海外で住むことの意味を聞くというのももう一つのテーマだった。この辺りのやり取りはまた帰国後に。こんな感じのレストランでウサギ(lapin )を頂く慌しい2日間だった。

      35
      テーマ:
  • 02Jan
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その③妹宅へ

      早朝のケルンを出発して、ロンドンはヒースロー空港へ向かいました。ロンドン滞在の目的は、イギリス人と結婚した妹一家を訪ねて年越しをすることです。妹の住んでいるロンドン南部の住宅街まではロンドンブリッジ駅から30分。妹宅へは晩飯を一緒に食べるよう夕方に着くようにして、それまでこれまたイギリス人の彼氏宅へ訪問中のイタリアで働いているお友達とランチをご一緒しました。その話は次回にして、妹宅で感じたことを少々。妹宅へは今回3回目の訪問になるんだけど、毎回第3か第4の故郷に来たような気持ちになり、到着した時はなんとも言えぬうれしさがあり、また、笑顔で迎えてくれる姪っ子に癒されるのです。初日は到着が17時くらいになったということもあり、そのまま近所のビストロへ。行ったのはトルコ料理?イギリスではイギリス料理のレストランで外食というのはほとんどないらしい。ご飯を食べたくないとダダをこねる姪っ子今回2泊して思ったことが、子育ては思った以上に大変!ということ。お子さんをお持ちの方は何と当たり前のことか、と思われると思いますが、ちょっとお友達の子供と振れあうという経験はあっても、せいぜい3,4時間。この2泊3日、四六時中一緒にいて、夫婦の苦労の全体像を垣間見ました。5歳の女の子とと0歳の男の子の2人兄弟なんだけど、どっちもめっちゃ手がかかる。5歳と0歳の手の係り具合は全然種類の違うものだけど、片時も目が離せない、手がかかるなど、起きている間中ずっと何かしてなきゃならないのです。そして、その合間に家事を夫婦で協力してこなす。シングルマザーの方や旦那が単身赴任でワンオペなんて言っている方の苦労は如何程のものか。飛行機の中で久しぶりにぼ~っと出来た、なんて言って喜んでいる場合じゃないのだ。小さな子供を持つ親はほとんどぼ~っとなんてしている暇は無いのだ。自分が親になることがあるのかどうかはまだ分からないが、今までは自分だけの人生だったけど、結婚すること、子供を持つことで、どうやって生きていくか、いろんなことを考えないといけないと、ハッと気づかされた妹宅2泊3日でした。

      60
      テーマ:
  • 29Dec
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その②ケルン大聖堂とオッさんがドミトリー

      ケルン行きの切符を買ってからフランクフルトの電車一日券を買ってうろちょろしてたんだけど、どうせどのトラム(路面電車)もフランクフルト中央駅に着くだろうとたかをくくっていたら、全然違うところに行っちゃって、最終兵器maps.meというオフラインでも自分の位置が分かるアプリを使ってなんとかリカバー。しかし、なんとか街の中心に戻って来るも、電車に間に合いそうもなく最終的にタクシーを捕まえて駅に向かうという度素人なドタバタ。なんとかリカバー。さすが俺。ケルンまでの電車は約1.5時間とほとんど隣町。どんだけ楽な旅なんだ。フランクフルトから出発ケルンに着くと、駅の目の前に大聖堂がドドーンと広がる。雨が降ってた1人でタイマーで撮った割にはよく撮れたこんなスゴイ教会も珍しい。過去最大かも。街をふらふらしているとドイツ名物屋台を発見。早速ホットワインを頂いてテンションを上げる。晩飯はホステルの近所のバー。めっちゃナチュラル。今すぐにでと住めそうホステルに戻ってからももう一杯。ドイツでどんだけビール飲んでんだろ。味も銘柄も分からないけど外れない明日は5時起きでイギリスへ出発です。

      74
      テーマ:
  • 28Dec
    • 年末年始の一人旅フリートラベラー流その①旅立ち

      28日、一足早く正月休みに入った。早過ぎたせいか成田空港は思ったよりこんでなく、行くまでの通勤電車に心が痛んだ。サラリーマンはまだまだ働いてるなぁ、と感じながら。第1の都市はフランクフルト。ほとんど乗ったことのないJAL国際線、特に財政破綻後は初めてかも。いろいろ工夫している様子が分かる。機内食とかスゴイし、ドリンクも熱心に聞いてくれて、寝ようと思ってビール2杯に赤ワイン3本も空けてしまった。それでも2時間くらいしか寝れなかったのは何故だろう。心当たりがあるとすれば、今回の飛行機、とにかく時間が無かった。12時間弱なんだけど、ボーッとするのも久しぶり、本読んでみたり、考えごとしてみたり、ビデオみたり、あっという間に6時間くらい経っちゃって。飛行機って短いなぁ、と今回は心から思った。多分、ボーッとすることに飢えてたんだろうと思う。本なんかほとんど読めなかった。JALの国際線。初めてかもフランクフルトが見えて来ました。入国もスムーズに行って、某アメリカと違ってほとんど何にも聞かれずに入国。電車でフランクフルト中央駅まで15分。なんだこの利便性は!でも、フランクフルトは約6年ぶりくらいで、切符の買い方が分からずパニック。結局それらしい値段の全然違う切符でごまかした。ドイツ人、めっちゃ普通だなぁ。誰も絡んでこないし、変なやつも街に徘徊してない。フランクフルトがドイツのトップクラスの大都市なので、日本のそれと比べると、日本の方がヤバイかもしれない、なんて考えた。飛行機から始まったビールをめっちゃ飲んで9時頃早々に寝た。トイレ、風呂なしの部屋、37ユーロなり。明日は安い飛行機を求めてケルンへ出発。

      10
      テーマ:
  • 27Dec
    • フリートラベラー旅の準備をするの巻⑨出発2日前になりました

      フリートラベラー旅の準備をするの巻①はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻②はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻③はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻④はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑤はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑥はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑦はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑧はこちら→出発直前になってだいぶ焦って来た。往路はJALで良いのだが、帰りはイベリア航空。これは事前に席も予約できないというハードルの高いチケット。前回の記事(フリートラベラー旅の準備をするの巻⑧はこちら→)で書いたように旅の骨格は決まったが、それぞれの都市間をどう移動するのか全く情報が無い。今回は、ドイツ、イギリス、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、という順に移動していくのだが、この量のガイドブックを持つのは無理なので、でも情報がないとどうやって移動していいか分からないので難しいところ。地球の歩き方ヨーロッパ2007年版というのがうちにあるのだが、そんな本でも役にたつかな。フリートラベラーとか書いているが人一倍臆病者なのだ。だかからこそ今まで大きなトラブルに会わなかったともいえるのだが。あと、現時点、出発2日前にして旅の準備はゼロ。さっき一丸レフの充電をしたくらいか。ヨーロッパはやはり宿を取らなくてはまずいだろうということで、飛行機のチケットを取って確実に泊まる都市のチケットは手配した。平均50ユーロ。日本円にして7000円。恐ろしく高い。このうち全体10泊のうち、2泊妹宅、5泊ホテル、3泊ドミトリー(ユースホステル)もはや年齢的にユースではないのだが、このユースホステルがどうなるか不安でもあるが、楽しみでもある。一人でホテルに泊まるのは味気なく、寂しくもあるからだ。自由に思いついた都市に行き、自由に旅するのがフリートラベラーなのだが。フリートラベラーへの道は遠い。

      88
      テーマ:
  • 26Dec
    • フリートラベラー旅の準備をするの巻⑧年末年始旅、事前に予約した航空券とホテルの妙技

      フリートラベラー旅の準備をするの巻①はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻②はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻③はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻④はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑤はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑥はこちら→フリートラベラー旅の準備をするの巻⑦はこちら→東南アジアの旅の記録も途中だが、次のヨーロッパ旅の話をしたい。だいぶ間が空いてしまったが、往復の航空券しか取っていなかった年末年始の旅で少しずつ計画を進めた。行きはフランクフルト、帰りはマドリッドという条件の中でどういう旅にするか、ここからがフリートラベラーの醍醐味だ。大晦日と元旦にボッチ一人は寂しいので、ロンドンに嫁いだ妹を訪ねることにした。これで一つ行程が決まった。フランクフルト着が12月28日なので、30日にロンドンに発つことにした。意外や意外、フランクフルト発ロンドン行きが最安でも3万以上したので、どうしたものかと思案したところ、その隣の空港、ケルンからロンドン行きの航空券で2万以下の飛行機をゲットした。これはユーロウイングスという聞いたことない会社(https://mobile.eurowings.com/)どうやらドイツの航空会社ルフトハンザの子会社ということで、比較的安心出来るLCCか。ケルン発のため、29日にはフランクフルトからケルンに移動することになった。フランクフルトからケルンまで2時間程度で移動できるようだ。東京から宇都宮に移動するくらいの感覚か。これもまた良し。スケジュールの決まっていない旅ゆえに得られる自由だ。次にロンドンからどうやってマドリッドに行くか。今回の旅の目的が、ルクセンブルクの宇宙ベンチャー魂を知るための旅なので、平日の最後1月4,5日をルクセンブルクで過ごす必要があった。ロンドンからルクセンブルクの移動は陸路で出来るだろう、ということで何も予約せず、ルクセンブルク発マドリッド行きの航空券を探した。これは1万円以下でゲット出来た。ただし、これはヨーロッパ最安と呼ばれるライアンエアーである(https://www.ryanair.com/)。悪名高い評判は数知れず。事前のオンラインチェックインや紙の印刷など怠ると、簡単に70ユーロとか請求してくる曲者だ。はたして罰金されずに済むだろうか。これら最安航空券の取り方は下の記事を参照ください。フリートラベラー旅の準備をするの巻⑥はこちら→これで大まかな旅程が決まった。12月28日成田発フランクフルト着12月30日ケルン発ロンドン着1月5日ルクセンブルク発マドリッド着1月7日マドリッド発成田着こうして旅の骨格が決まっていった。この前後の宿は宿泊が確実だから安宿を探してホテルも順次確保。それにしてもヨーロッパのホテルは高いなぁ。最低でも50ユーロくらいする。アラフォーにしてドミトリーしかないか。さて、これ以外の旅程をどう埋めるか、これから出発まで考えてみたいと思うが、仕事が切羽詰っているのでどれだけ出来るだろうか未知数。ちなみに、ルクセンブルクに滞在する日が決まったので、前回の記事(https://ameblo.jp/fusty66/entry-12336907312.html)でかいたispace社のルクセンブルク支社のマネージャとミーティングのアポイントが取れた。どんな話が出来るかはまたリアルタイムで報告します。出発までにホテルなり電車なりもう少し調べたいが、、、無理かな。

      66
      テーマ:
  • 16Dec
    • 宇宙探査の未来に画期的な1週間でした

      しばらく、更新が空いてしまいました。12月からまた新しいお仕事を仰せつかり、且つ今までの仕事も全てそのままで、上司には残業代つけるから、と言われて切羽詰った12月でした。それで何を始めたかというと、来年の3月初旬に『宇宙探査フォーラム』という大臣級会合があり、そのお手伝いです。ISEF2 http://www.isef2.jp/jp/この会合は、国際宇宙ステーション(ISS)もそろそろ出来上がって随分たつし、寿命もあり、プログラムの終わりも見えるから、その次に何をしたらいいか世界で、考えよう!というコンセプトのもと、2014年に第1回会合が米国ワシントンDCで開かれ、第2回をここ日本、東京で開催しようという運びになったものです。その第2回が2018年3月に行われます。この、レーガンと中曽根が決めた国際宇宙ステーション計画の次の人類のステップを考えるのに、第1回をアメリカで、第2回を日本で、ということに、GDPが世界第3位になってしまったこの日本において行えることに、感動すら覚えます。さて、これに関連してこの1週間に起こったセンセーショナルなニュースを2つ紹介します。米宇宙飛行士を再び月へ、米大統領が計画指示書に署名(12月11日)https://jp.reuters.com/article/usa-trump-space-idJPKBN1E60OJhttps://www.cnn.co.jp/fringe/35111788.html安部首相、宇宙開発基本計画の工程表を決定 米政府の月面基地計画に参加検討(12月12日)https://this.kiji.is/313130303017256033https://www.sankeibiz.jp/macro/news/171212/mca1712122056019-n1.htm?ref_cd=RelatedNewsこの2つのニュースは意外と知られていませんが、非常にセンセーショナルなものでした。2024年までと言われている(あと6年しかない!?)国際宇宙ステーションのその後については、世界中が牽制しあい、誰も決められない状態が長く続きました。あと6年で、世界から宇宙飛行士という職業が消える時代が到来するのです!もしくは中国人のみ!?月探査、火星探査の計画をブッシュJr大統領の時代に決めかけておりましたが、オバマ政権時代の8年間は、アメリカがまた月に行ってどうする、次にやるとしたら火星、ということで一貫して世界の月進出は留まっていたのでした。アメリカが言い出していないのに、日本が勝手に言い出すわけにはいかない、ということで、日本は国際宇宙ステーション時代のその後について政府は一貫して沈黙を続けた8年間だったのです。宇宙ステーションは6年やそこらでは出来ませんからね?今の宇宙ステーションも開発に20年かかっています。宇宙ステーション後の人類の宇宙進出はどうするのか、という疑問に誰も答えられない時代が長く続いたのです。その暗黒の時代とも言える宇宙探査の未来が、この2つの発表によって微かな光明を見出しました。時を同じくして、もう一つ、政府筋ではなく日本の民間企業からショッキングなプレスリリースがなされました。シリーズAで国内過去最高の101.5億円を資金調達したispaceは月のインフラ構築に挑むhttp://jp.techcrunch.com/2017/12/13/ispace-fundraising-10-bil-yen-over/https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000024249.htmlこのニュースは月探査、インフラ構築を目指す民間企業(ispace)がシリーズA100億円強の資金調達に成功したというものです。まだ収益構造が確立していないベンチャー企業に対して100億円の出資!?です。なんですかこれは。僕の会社では、このニュースにショックを受ける人多数でした。新たな時代の幕開けです。懇意にしていて共同研究を一緒に行っているベンチャー企業にSpiberさん、という会社があります。ここは山形は鶴岡に拠点を構えた企業で、蜘蛛の糸にヒントを得た人工タンパク質からさまざまな素材を開発しようというメガベンチャーです。https://www.env.go.jp/policy/keizai_portal/B_industry/bb2014/18Spiber.htmlhttps://www.spiber.jp/uploads/2015/10/151008_finance.pdf僕はここの副社長の菅原さんと宇宙用の構造材料を開発しようということで、ちょうどこの10月から共同研究を開始したところでした。このメガベンチャーでさえ、大型資金調達95億を達成したのが2年前。http://venture-door.com/columns/13これ以上の資金調達を宇宙ベンチャーが!?信じられません。とにかく驚くべきことがたくさん起こった1週間でした。皆さまとこの驚きを共有したく記事にしました。ご感想などコメント頂ければうれしいです。

      146
      テーマ:
  • 02Dec
    • 事件です!!!フリートラベラー地球の半分に行けない!

      先日上の記事で、12月にアメリカはヒューストン出張に行くことについて書いたのだが、なんと急遽行けなくなってしまいました!いったいどういうこと?と思われると思いますが、出発の1週間前を切ったところで、新しくしたパスポートを使って早速ESTA(ビザ取らなくてもいい国の人たちのためのサービス)で、申請したところ、数日後に出た答えが、『渡航は許可されませんでした。』なぬ!!!非情な単語が一言書いてあっただけなのでした。その時、出発まで4日前、営業日にして2営業日前。ESTAは基本問答無用で交渉の余地無しのようなので、これからビザ取るのは流石に無理っしょ。つうかアメリカのビザって面接予約して、いろんな自分は安全な人間であるという証明、源泉徴収とか、勤務先証明とか、残高証明とか、Invitation Letterとか、山ほどもって面接に挑まないといけないらしい。普通の日本人でESTAが通らないというのはあり得ない。唯一の心当たりは、4年前イランに行ったこと。もうパスポート変わったし分かりっこないっしょ、と思ってスルーして申請したのだが。なぜかバレた。ということで、来週からのヒューストン出張はオジャンに。また、僕はフリートラベラーと銘打っておきながら、当面南北アメリカ大陸に渡れない人になってしまいました。南米行くにもニュージーランド経由にするか、カナダ経由にするか、どっちにしろめっちゃ面倒。いつかアメリカの地を踏めるようになるのだろうか。続報はまたいつか書こうと思います。以前からアメリカの入国、ESTAやビザの申請はどんどん厳しくなっているというのは風の噂で聞いていたのですが、トランプ政権になって、どんどん拍車がかかっているとのこと。アメリカは世界で一番行きずらい国の一つになってしまいました。どうか皆さまもお気をつけて。

      202
      6
      テーマ:
  • 30Nov
    • 東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑥アンコールワット宇宙の中心バイヨンで昼寝2時間

      東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編①はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編②はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編③はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編④はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑤はこちら→アンコールワットでの朝日を見終え、その後バイタクの彼は昼間で自由に見学してよいと言ってくれた。自由に見学、が僕の求めていたツアースタイルだった。とりあえずアンコールワットに行った人が次にとりあえず行く場所として、宇宙の中心バイヨンがある。バイヨン、こんな感じの顔の遺跡地球の歩き方には京唄子に似た像があると書いてある5時起きの日の出見学を終え、どうしても眠たかった僕はこのバイヨンの脇で朝寝をすることとした。この像のちょうど脇の台の上で、持っていたウエストポーチを枕にグウスカ寝たのだ。バイヨンの高台。こんな風に人が時々回ってきた。どれくらい時間が経ったろうか。時々周りに観光客が来るが、そんなことはお構いなしに、ぐっすり2時間は寝た。すると、もう12時近くなっていたので、慌ててバイヨンをひとしきり周った後彼を探しに売店のあるエリアへ戻った。彼は僕が見当たらなくなっていたので、相当焦った様子だったが、昼時に戻ってきたので安心したようだった。昼飯は、焼きそばかチャーハンと相場が決まっていた。これら2つは世界中どこへ行っても外さない。(一度ニカラグアでクソ不味いチャーハンに出会ったことがあるが)こんな感じの少女がコーラを売ってくれる。日本では絶対飲まないこのコーラの旨いことアンコールワットは町中が遺跡のエリア、のようなものでその広大な敷地をあても無くさまよった。こんな感じの遺跡がフラッと現れる像のテラス彫刻が綺麗に残っているタプローム、思い出深いエリアこんな風に遺跡を樹木が覆いつくしているタプロームは一番侵食の激しいエリアでもあったがこんな感じに崩れている日の光が美しいフラフラとこんな感じの遺跡を巡った。夕方になると、疲れたので、売店エリアに戻って彼を見つけた。そして、自由気ままにバイタクに乗ってゲストハウスに戻った。後から知ったことだが、アンコールワットの半分も観ていなかったのだ。驚くべきことにもう1つのメインエリア、アンコールトムにも行っていない。笑知らないってスゴイ帰って彼に晩飯を奢ってやった。(アンコールビールで乾杯)こんだけ1日付き合ってもらって10ドルくらいしか払わなかった。

      113
      2
      テーマ:
  • 29Nov
    • 東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編⑤朝日を見に行こう

      東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編①はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編②はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編③はこちら→東南アジア一筆書きバンコクからサイゴン編④はこちら→夕方のアンコールワット日没ツアー(byバイタクのケツ)を終え、タケオゲストハウスに戻ってくると、彼が『明日も1日アンコールワットを案内したげる』、と言い出した。なんか、こんなその辺の高校生みたいなヤツじゃなくて、もっとちゃんとしたツアー会社に頼もうかなぁと思って悩んだのだが、『朝日を見に行こう』、のこの一言に惹かれて、こいつで良いや、と頼むことにした。なんでも朝5時に迎えに来るとのこと。早起きが苦手な僕は、ちょっとテンション下がりつつもその日は早く寝ることにした。早朝5時、そいつはちゃんと定刻に部屋をノックしに来た。カンボジア人ちゃんとしてるやん。まだ日の昇らない暗闇の中を、バイタクのケツに乗ってジャングルを抜けるのはエキサイティングだった。頬を流れる空気がひんやりしていた。ジャングルを抜けると、ぼんやりとしたアンコールワットの陰影が見えた。ここからは、日の出の写真をオムニバス形式で。最初はこんな感じで遠くにアンコールワットが見える第1の門を抜けるところ、抜けたところに日が見える門を出たとろに3つの塔が角度を変えて第2の門第2の門を抜けこんな風にたくさんの観光客だいぶ日も上がってきたひとしきり朝日を見終わってひと段落。この当時はほとんど観光客がいないのが分かる。9月のアンコールワットの写真と比べると違いは一目瞭然だ。さて、ここからゆっくり1日アンコールワット観光が始まる。どこへ行こうかな。

      101
      2
      テーマ:

プロフィール

FUSE

性別:
男性
お住まいの地域:
神奈川県
自己紹介:
宇宙開発にチャレンジする社会人になって10数年、宇宙とリーマンバックパッカーの両立を続けてきました。...

続きを見る >

読者になる

最近のコメント

お気に入りブログ

一覧を見る

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

    ブログをはじめる

    たくさんの芸能人・有名人が
    書いているAmebaブログを
    無料で簡単にはじめることができます。

    公式トップブロガーへ応募

    多くの方にご紹介したいブログを
    執筆する方を「公式トップブロガー」
    として認定しております。

    芸能人・有名人ブログを開設

    Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
    ご希望される著名人の方/事務所様を
    随時募集しております。