ブログにおこしくださり、ありがとうございます。坂本範子です。
伊東先生の青空と雲にたとえた、非二元のお話。
広島に初めてやって来てから、この2月で9年を迎えます。
広島に初めてやって来てから、この2月で9年を迎えます。
伊東医師は、外科・心療内科を経て、光とセラピーの統合医療を展開されるなど、
全人的に人を観てこられた経験と共に、
ここでは、自己の本質を伝えられています。
そのような経緯もあり、お話の幅が本当に広いのです。
生きるのが苦しい、
行き詰っている、
生きることがむなしい、
不安を越えて平安に生きるには、
怖れなく幸せに生きることは可能なのか、
わたしとは何なのか・・・
行き詰っている、
生きることがむなしい、
不安を越えて平安に生きるには、
怖れなく幸せに生きることは可能なのか、
わたしとは何なのか・・・
日常の様々な行き詰まりから、人類の普遍の問いまで、幅広く答えてもらえる、
また、
非二元の視点から、無条件にあらゆることを受け入れている伊東先生だからこそ、
9年もつないでこれた学びの場だと感じています。
そんな9年の流れの中で、2015年からは非二元ブームがおこって、
興味をもたれる方が増えたことで、
青空禅フォーラムでも沢山のかたとご縁を頂いてきました。
興味をもたれる方が増えたことで、
青空禅フォーラムでも沢山のかたとご縁を頂いてきました。
ブームの流れをみていて想うことなのですが、
ある程度、没頭した後、わからない、あきた・・・などなど
みたいな感じで興味がなくなって行く人も、多くいらっしゃるなぁとかんじました。
ある程度、没頭した後、わからない、あきた・・・などなど
みたいな感じで興味がなくなって行く人も、多くいらっしゃるなぁとかんじました。
でも、それって、もうちょっとのところで、いいところを逃していて、
「あと一息なのに!」って(笑)
もったいないなあって想ったりします。
「あと一息なのに!」って(笑)
もったいないなあって想ったりします。
私たちは何かを得たい時、懸命に努力してきました。
非二元に於いても、初動ではその意図は大切になってきます。
非二元に於いても、初動ではその意図は大切になってきます。
ですが、ある程度までやっていくと、
何かを成すという「欲求」そのものが
「わたしという自我」を強化しているというパラドックスに
無意識に引っかかっていくのですね。
そして、いつまでたっても成されない欲求は、不満となって、
様々な理由をつけて・・・
例えば、 あきた、興味がなくなった、わからない、もういいや
みたいな感じで、非二元への想いが終焉していくのですね。
ただ、本当に、心底、怒りやあきらめのムードを背負ったそんな感情を持っているとしたら、
そんなときは、実は絶好のチャンスなのです!
前髪しかない、チャンスの女神到来の瞬間です!(笑)
行為によってなにかを達成することはできないのだ、という
無力感があらわになっているときこそ、
自我の働きがよわくなっているときなのですね。
それと同時に、
いつでもそこにあった本当のわたし・真我が、
よりいっそう露わに見えやすくなっている瞬間でもあるのです。
その瞬間を迎えたとき、
どこに視点があるのか
どこに視点があるのか
どうその構造を観るのか
・・・そこがコツなんですね。
そのコツは、努力する自我には理解し得ないところにあるんです。
見えてるのに、気づかないんです。
ね、もったいないでしょう?(笑)
あきた、興味がなくなった、いやになった・・・心底そう想っている、
そんな時ほど、大チャンスだとおもってみて下さい。
そう聞いた時、こころのかたすみにでも灯が再びともったなら、
まだ非二元への想いは、奥深く残っていますよ。
せっかく気づいた、その小さく見えるけど実はとても大きな灯を、
あったかく育んでみて下さい。
9年続く青空意識の場には、とってもパワーが詰まっています。
最近の青空禅はより濃縮されたエッセンスで
講座のお話が展開されていきますから
すっきりと、内奥の霧が晴れていくかもしれません。
そして再び、青空禅フォーラムに、そのコツをつかみにいらしてください。
最近の青空禅はより濃縮されたエッセンスで
講座のお話が展開されていきますから
すっきりと、内奥の霧が晴れていくかもしれません。
そして再び、青空禅フォーラムに、そのコツをつかみにいらしてください。
もうすぐそこ、かもしれませんから。
※3月以降の青空禅フォーラムの開催は、決まり次第お知らせします。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
坂本範子
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