隣町の長野県上伊那郡辰野町は、
現在ホタル祭り中です。

去年に続き、今年も行きました。


ほらほら!すごいホタル群!
まなびーの『ドラクエ型人生』-ホタル祭り




去年見た時は、
今日の5倍くらいはいてものすごかったですが、

今日はまだピークではない感じでしたが、
それでも普通の規模ではない、自然豊かな田舎らしい、
世界に誇れるホタル群でした。

一週間以内にもう一回、見頃を定めてフラっと行ってみて、
入場料払って、ホタル維持に貢献しようと思っています。


ライフワークの中に、日本の素敵な景色を見てまわりたい
というのがある方は、200%確実に必見です。




ところで今日の気づき。


悠矢と母と観に行ったんですが、


生身のホタル
まなびーの『ドラクエ型人生』-ホタル祭り(ホタル)


ふと、ある事柄で、悠矢が、

”自分がやったんだ”
ということを一生懸命主張する場面がありました。
(良いことについてです。)

何度も主張するので、しつっこいなぁ(笑)と半ば呆れ、
(結構そう主張することが日常にも多いです)
あんまりしつこくて最後には、
「うるさい!」と言ってしまったんですが、
(悠矢すまん)

ふと、それは、悠矢が自慢しいなのではなく、
やったことに対して、きちんと感謝していないから、
なのではと思いました。
ちゃんと見ているよ、感謝しているよ、と。


改めて、自分の周りで起こる事柄は、
自分のあり方をモロに反映しているんだなぁと、

また、心の中でも必要ですが、
身内でも照れずに、
しっかりと表現して伝えることも重要だなぁと、

感じました。


っていうかなんか悠矢のお父さんみたいだ。
まだまだ悠矢ネタいっぱいあるんですよ(笑)。


きっと彼は、僕の足りないところを気づかせ、
成長させるために舞い降りてきた天使……悪ガキですね。

たまたまなのか、正直に生きているからか、
ホント甥の悠矢(小5)の言動には学びが多いです。



ふとしたことで僕の父親(悠矢にとってはおじいちゃん)に、
悠矢が大声で罵声を浴びせながらなじっている。

もう、普段から悠矢の、父に対する態度は凄まじい。
そして、悠矢はかなりの激情家で、
そういう衝動が時々吹き出して、抑えられないようです。


ドンドンドンドン!と廊下を歩きながらこっちに来た。
僕の部屋に勝手にPSPを忘れていって、
その続きをやり始める。


「はぁ~、兄ちゃん。兄ちゃんっておじいちゃん嫌い?」

「ん?嫌いじゃないよ。」(僕もたまに父と喧嘩する)

「えー。そうなんだ、つまんない。
 でも兄ちゃんだって喧嘩するじゃん。」


ということで、普段あまりにも口汚く父をなじるので、
しっかり悠と向かい合って、
今回は聞き役ではなく、僕の思いをぶつけることにした。


「そりゃ人間だからねー。でも…、
 嫌ったって、その場は気持いいかもしれないけど、
 なんのプラスにもならないしね。」

「?」


「僕だって嫌いな人間はいるし、カチンとくることだってあるよ。
 おじいちゃんを嫌いだって思うことはたくさんあるよ。
 でも、僕は器の大きな人間になりたいんだよね。」

「…」


「例えば孫悟空って(ドラゴンボール)、
 倒した敵がいつの間にか味方になったりするじゃん。」

「ピッコロとか?ベジータとか?」


「うん。それって、とても素敵だし、
 なんか器でかいよね。そう生きたいんだよ。」

「えー、いいやつだけど孫悟空はでかすぎるよ。
 なれるわけないよ。」


「まぁ、マンガだからなぁ。でもなれたらいいじゃん。」

「…そうだけど、オレの辞書には器なんて言葉ない。」


「そうだなぁ。嫌いになったり激情したりするのはいいと思うよ。
 感情持ってて当たり前だし。それが人間だし。
 むしろ感情豊かな人ってとても素敵だよね。
 でもそれが自分や人を傷つける感情だとしたら、
 それを自分にぶつけたり人にぶつけたりしても、
 なんにも進まない気がするんだよね。
 もちろん、それをいつも抑えてばかりじゃ、
 ストレスも溜まって体にも悪いかもしれない。
 だからそういう感情は、自分の成長のネタにするか、
 どうしてもダメなら、例えばさぁ、
 山の方に行って空に放つんだ。」

「荒谷のように?」(週刊マガジン連載中「ベイビーステップ」より)


「そうそう、よく覚えてんな。」

「でもむかつく!」


「まぁそうだなぁ。でもあんま汚い言葉使うなよ。わかるけど。」



またゲームを黙々と続ける。





お互い、日々学びだなぁ。

まいど、
悠矢(小5の甥)は、いつも、

踊るか歌うかしゃべるか、
TVを見るかゲームをしている。


ある晩。
悠が繰り返し歌っている。

「あなたの、真っ直ぐさが、僕の心を惑わせる~♪」


とっても違和感あるし、
しょうがないからツッコむことにした。



ま「何、アニメの主題歌?」

ゆ「ん~ん、僕の気持ち。」

ま「ん?自分で作ったの?」

ゆ「うん。」

ま「へぇ、惑わされてるんだ(笑)。」

ゆ「うん。」

ま「あなたって誰?」

ゆ「お兄ちゃん。」

ま「僕?なんで?惑わされてんの?」

ゆ「うん。お兄ちゃんは真っ直ぐ過ぎるんだよ。
  僕、そういう人苦手なんだ。」

ま「ぶんなぐるぞきさま(棒読み)」


 →アイアンクロー&くすぐりの刑 → 悠矢喜ぶ


ある日常のひとコマでした。

自分が青いなら、
可能性と情熱をほとばしらせながら、
一緒に感じ、一緒に勉強し、一緒に成長できる。


自分が渦中なら、
その生き様を見せるだけで、
多くの人が、勇気を燃やすことができる。


自分がくぐり抜けて来たのなら、
たった一つの言葉で、
心の炎のつけ方を気づかせることができる。



たぶん。

僕はまだ一番最初の段階から少し行ったところなので、
一緒に、一生懸命走ります!

私もピピっと反応してしまったニュースに、
やっぱり宇宙が大好きな武田双雲氏と、
宇宙事業を推進しているホリエモン氏が反応していた。

【「反物質」16分閉じ込め、宇宙の謎解明へ一歩】
http://bit.ly/iNCC1z




さて、
世の中、正反対で、表裏一体、
という感じのものがたくさんある。



物質と反物質。

ブラックホールとホワイトホール。

ここぞという時の瞬発力、集中力と、
小さなことを積み重ねる持久力。

悠々と、全力で生きる。

必死で頑張った後の、一杯の紅茶が旨い。

全力で働き、トドのように休む。

死があるからこその、生の尊さ。

締切りがあるからこそ、目標が達成できる。

手放してこそ、得られる。

臆病だからこそ、育つ勇気。

足りないことが、エネルギーの元になったりする。

長雨のあとの、眩しい青空。

剛の中の繊細な心。

未来に大きな夢を持ち、目の前の一つ一つを大事に生きる。


どちらが正しいということでなく、相補的な、
あるいはより強調しあう関係だろうか。



考えてみたら、宇宙創世前は、何もなかったわけで、
(エネルギーだけはあったのかな?)

ゼロから宇宙が発生したとしたら、
例えばゼロが、+100と-100に分かれることで、
宇宙が存在し得ているのならば、
その宇宙の中の全ての現象は、
ぜーんぶ足すとゼロになるんだろうか。



例えば、人を好きになる感覚は、
人をキライになるということを経験しないと、
本当に理解はできない、
というか認識すらできない、というように。

モノのありがたみが、
そのモノがなくなることを実感して初めて、
理解できるように。



元々全てがなかった中で、
今、自分自身と、
自分の周りにある全ての事象と存在が、
有り難いと思える感覚を育てていきたい。
先週、
今をときめく、おひさま爛々、安曇野の、

豊科近代美術館にふと立ち寄りました。

まなびーの『ドラクエ型人生』-豊科近代美術館


【中島潔展】をやっていた。
昭和の子供たちの素朴な表情と日本の豊かな季節感が、
とても繊細に描かれていた。
http://bit.ly/ja2a2O

写真では微妙なタッチや迫力が全然伝わらないですが…。
かわいいなぁ、素晴らしいなぁ。

絵葉書たくさん買ったので、
どなたかに手紙を出すとき、
この絵葉書になるかもしれません。
お楽しみに。


隣には、
世界中のありとあらゆるバラが咲き誇る、バラ園。
これもじっくり観ました。
え?ガラじゃない?
まなびーの『ドラクエ型人生』-豊科近代美術館バラ園

気にしない気にしない。




さて、
よく言われる言葉。

「人の評価なんか気にしない方がいいよ。」

「自分は自分なんだから。」


よーくわかる。
理解している。
そうありたい。


ところが、
そういえば自分はどうだろう。


「あの人のこんなところが良くない。」

「あの人は今、不健全な状態。」



あれ?

人の評価が気になってしまうのは、
自分が人を評価しているから。

Just 鏡の法則。



自分自身の改善したいところが山ほどあるんだった。
もっと自分の人生に真摯に生きよう。
昨日は、名古屋0泊二日。

最近は気持ちの良いものを、
より意識して見たり感じたりするようにしている中で、
長野の自然も見慣れてきて、

ふと運転中に脇見した名古屋の川と比べて、
田舎の(というか人の手の入っていない)川は、
目が覚めるというか、
心が洗われるというか、

とても良い気を発してるなぁと、
改めて感じました。

あ、でも名古屋のみそかつ好きです。



先日行った、伊那谷の美和湖上流の辺り。
電線が惜しい!
$まなびーの『ドラクエ型人生』-伊那谷の美和湖上流




さて、前回の日記での気づきより。

mixiの方で、こういうコメントいただきました。

「全ては意識の問題ですね。
 そこが1番大切ですが、1番難しいです。」


最初は自転車乗るのも、難しいなーと思っても、
練習して今は普通に乗れるのと同じように、

考えてみたら、
あの人ステキな考え方持ってるなぁとか、
自分の考え方のクセで改善したいなぁと思っている部分とか、


結局、全部、

脳内の、
シナプスの繋がりや、
神経伝達物質の流れや、
出来事に対する反応時に、
どの脳内物質を発生させるか、
などを、どう構築するかだけなので、

反復練習をしたらできるようになるんじゃなかろうか。

※脳科学者の茂木健一郎さんの著書まだ読んだことないですが、
 こういうこと書いてそう。どうなんでしょう。



意識して、
感謝とか、良い言葉を使うとか、
ステキなものを見るとか、
自分を好きになるとか、人を騙さないとか、
尊敬する人のマネをするとかは、

思考を制御して、
人生をうまく乗りこなせるようにするための、
練習なのかもしれません。

昨日は、母の母、おばあちゃんの命日だということで、
4,5日前に、急遽、母は書道でヒマがないということで思いを受け取って、

勝手に”現世代表”として(笑)、
お墓参りに行きました。


お墓の周りは、初夏の果樹園。


梨の子供!意識して見たの初めて。
$まなびーの『ドラクエ型人生』-山吹の梨の子供


柿の花!意識して見たの初めて。
$まなびーの『ドラクエ型人生』-山吹の柿の花


初夏というのは、The 可能性に満ちていて、
初々しくて、本当に気持ちいいですね。


岡本太郎曰く、まさに、

『歓喜!』


ですね。




さて。

世の中にはすごい人たちがたくさんいるけれど、
自分はどうなんだろう。





能力がないんじゃなく、
それに対して価値を認識してないだけ。

できないんじゃなく、
本気になっていないだけ。

自分を律することができないんじゃなく、
“こう生きたい”という想いが明確になっていないだけ。

勇気がないんじゃなく、
自分の魂の叫びに耳を傾けていないだけ。



ものすごい魂の輝きは誰でも持っている。

僕なんか特に(笑)。


なんつって、
見えます見えます。
もちろんあなたにも。

http://www.ameba.jp/

そうです。
あなたです。


一昨日東京日帰りでした。

東京スカイツリー高い高い。




さて、久しぶりに、H氏のエピソード。


以前、息子さんが目が病気になった時のこと。
かなりの難病で治すのは難しいと言われた。
最悪失明の恐れが。


「いくらかかってもいい。
 金に糸目は付けへんから、治してやってくれ。」


この言葉を言うために、金を稼いできたという。
お金に人生を左右されない自分になりたいから。
お金が無いせいで不幸になってしまうのは絶対に許せない。


結局、300万円以上かかったが…、
奇跡的に完治したとのこと。



そして、このエピソードを話し終わる最後、
ふと誰に言うでもなく、つぶやいた。


「まぁ、片目が見えへんからって不幸かどうかはわからへんけど。」


可哀想可哀想だけでなく、
大したことない、プラス思考!と切り捨てるのでもなく、
カネさえあればいいということでは明らかになく。




幸か不幸かは自分で決める。
誰でも、幸せを選ぶことができるという、
世の中の理を信頼している。



世界有数の”剛”のオーラに隠れて、
見逃しがちなとても繊細な感性と、

自分も、他人も、信じているからこそ、

なんだかいろんな人が集まってしまう、


そんな万事を、ふと漏れた言葉から感じました。