『自らを成果をあげる存在にできるのは、自らだけである。
したがってまず果たすべき責任は、
自らのために最高のものを引き出すことである。
人は、自らがもつものでしか仕事はできない。』

 - ピーター・ドラッカー





言ったり書いたりしたことは、
ほんの1億分の一でも現実に近づくのでは、
と思うので、

思うだけより、書いてしまったりしていますが、



僕の一つの究極の夢は、


『地球上の全ての存在が、
良心の元に、
自分の得意なことややりたいことやありたい生き方を、
追求していったら、
飯が食えてしまう世の中を創る』





自分の人生の時間は有限なので、
全部ができるわけじゃないし、

それぞれに持っている力や特性は違っているので、
できることをやった方が、自分にも周りの人もとても嬉しいし、
”効率”もいい。




全員が、”何かの分野でのイチロー”として、
ワクワク過ごし、
且つ周りの人もワクワクできたり助かったりする。

いいなぁ!

一昨日だったか、TVで、
全国から選ばれた高校生達が、

3000人くらい観客がいる会場の、
ステージでカミングアウトする、
というのをやっていた。

全国放送なので、その場の観客だけでなく、
もちろん全国にもそれが知られてしまう。

当然、
同じ学校の友人たちにも知られてしまうんだろう。



あるかわいらしい女の子が、
こんなカミングアウトをした。



『私、小学生の頃から、

  ”痔”

  なんでーーす!!!』








…勇気をもらった。



そして、一事が万事、

この子がこれからの人生、
幸せに生き切る姿が目に見えるよう。




こんな子すら、勇気を振り絞って生きている。

僕ももっと勇気を振り絞って、
生きるぞ!!!






あ、僕も大学生の時、痔でした。

今は、ウォシュレットという素晴らしい世紀の発明品により、
治りました。
時々マジメモードで。



平成進化論アシスタント(@best_ron)より

【いいことしか書かないと決める】すると、
「いいこと」を書かなければいけないので、
「いいもの」「いい人」「いい出来事」ばかりが
優先的に目に入ってくるようになるのである。
もっと読む⇒ bit.ly/nm8cHv





去年の秋冬くらいから、
この日記について、ある決意をしました。

”悪いことは書かない”



それまでは、
自分の嫌いな人、モノ、事についての批判を、
うまく(?)オブラートに包んで載せたりも、
たまにしていました。

中傷や悪口ではなく、
自分はそんな生き方はしたくない、
という自分への改善、という切り口ですが、

どうしても負の感情が紛れ込んでいるのは自覚していて、
結局吐き出してスカっとしたいだけ、

普段から言っている言葉と実際が一貫していない。



じゃあどんな人間になりたいかと心の叫びを聞いてみると、
究極的には、
世界をあるがままに見れて、
つまり善悪すらも超越して、

”全てに感謝できる”

人間。


人の中に悪を見つけてそれを攻撃するのは、
初歩の初歩の位置でつまづいてる状態なので、
まずは第一歩から改善、ということで、

なので、こう決めました。


”良いことにしかフォーカスしない”




最初のうちは、
中毒症状が出て、
自分にとって負の(と自分が思い込んでいた)存在に対する
批判を入れたくてしょうがなくなったり、
日記の中で断罪しようとしてしまったり。

でも結局それは、
自分の価値に自信がないから、
他者を断罪して貶めて、
相対的に自分を正当化して安心する、
という自分への慰めでしかなく。



しかし、

『自分はどうありたいんだ』

とその度毎に自問自答して、
そういう負の感情を伴った小さな欲望と語り合い、
コントロールを重ねた結果、

最近は、やはりうっかりそんな感情から発した文章を、
無意識に入れそうになることはたまにありますが、
そういうものはバサッと切って、
言葉も心も、
良いことにのみフォーカスできるようになってきました。

(ただし、私憤的な負の感情をほぼ0にまでできたことならば、
 自分が嫌いなものを、
 「嫌いです」
 と表現することは自分に許してます。)

これもきっと訓練ですよね。
ジョギングを続けたら長い距離を走れるようになったり、
タバコをやめたり、
食事を八分目にしたりするのと一緒という感じです。



結局それを続けていたら、
それまで見えなかった、
世の中の良いところがモワッと見えるようになってきたり、
人類の叡智としての哲学に根元で繋がってるなぁ、
一緒だなぁ、と共感できたりシンクロしたり、
何を見ても、素敵な気づきに繋がったり。



では、
今後僕の世界がどうなっていくか。

これからのお楽しみ(僕的に)ですが、
ますます素晴らしくなっていくことに、
200%の自信があります。



ということで、

だいぶ、思い描いていた、
気持のいい自分の基礎が固まってきたので、

次は、
『チャレンジする方を選択する』
『やると決めたことを絶対にやる』

一事が万事、
これを意識してやっていきます。



ようやく、
ドラクエ、レベル8(Maxは100)くらいだろうか(笑)。
広大な世界に打って出ます。

ワクワクしてたまりません。
備忘録です。


ラーメン二郎は、
「何食べようかなぁ、二郎にしとくか。」

と場当たり的に食べるものではなく、
一ヶ月のスケジュール調整を事前に手帳で行いつつ、

「よし、この日に行くぜ!」

とまず決断し、
心身ともに、

・二郎レセプター構築
・前後の食事によるカロリー調整

をきっちり準備して行くものと憲法第12章第104条で、
決められていますが、


このラーメン屋は、
旅支度までしなければならなそうで、
なんとも贅沢です。



ロケットニュース24(@RocketNews24) より。

日本でいちばん行きにくい場所にある超人気ラーメン屋
『アリランラーメン八平』に行ってみた
http://rocketnews24.com/2011/09/06/127933/


どなたか、誘うので一緒に行きましょう。



~まとめ~

『アリランラーメン八平』

千葉県長生郡長南町山内813-2
カーナビでも迷うことがあるらしい。

超田舎にある。
にもかかわらず、
通常は昼飯時は10~15人並んでいるそう。

オススメはアリランラーメン。
玉ねぎ、にんにく、ニラ。
たぶん味噌ベース。
こってり。


玉ねぎ抜けるかなぁ。
それだけが問題。

最寄り?駅からは20km(笑)。
マイカーで行くべき。

千葉のタクシー運転手の間でも超知られている。

~~
長野はもう、朝晩少し寒いです。

夏の山の神、セミが少しずつ山に戻り、
入れ替わりで、
秋の空の神、トンボが空を舞い始めました。



当初転びまくりながら、
バイクの免許も半分まできました。
今日から第二段階。


どの課題も、
最初できなくて、失敗ばかりをし、
繰り返し練習してある程度できるようになり、
聞いたり指摘されたり本読んだりしてより改善される、

というのが顕著に感じられて楽しいです。



近年の学びの結果、


失敗しても、
「よしよし、これでまた一つ経験してうまくなれるし、
 大惨事にならない今のうちに失敗しておいてよかった。」

うまくできなくても、
「やったことはどこかで生きてくる。」

こけて打ち身をしても、
「打ったところがまた強くなる。ネタにもなる。」

ちょっと腰をグキッとやっても、
「柔軟体操を念入りにするのを思い出す
 きっかけになってよかった。」



という感じで、
非常に都合よく、
そして淡々としたワクワクの中で、
自分と会話しながら、


「ああ、全てが僕がバイクの免許を取ることに向かって協力してくれている。」

と、願ったことなら何でも応援して叶えてくれる、
この世界の素晴らしさをかみしめています。
名古屋日帰りしてきました。

台風が当たらなくてよかった。



さて、


よく、期待が重荷になるって話を聞いたりします。

いいわるいではなく、

自分が前に進むための後押しではなく、

心の負担になるのなら、

確かに、ない方がいいかもしれません。


ただ、

期待されるというのは、

単純に僕にとってはとても嬉しいことで。

性格の問題だろうか。


でも、

例えばよくある、

雨が降った時、

心にも雨を降らし、

自分で自分を傷つけてしまうマイナス思考と同じように、


人からの期待を、

心の負担にして自分を傷つけてしまうのは、

とてももったいない。


周囲に起こる全ての出来事は、

自分が願う方向に、

自分を導いてくれるための応援団であるはずだ。


世界はご褒美に溢れてる。




「古田さんの講演、面白いからまた聞きたいんですよ。」


と、さっき、

思わぬ方向からエネルギーパンチをいただいて、

こみ上げる涙をこらえ(大げさ)、

メラっと燃え上がる炎を感じながら、




人からの期待。

自分からの期待。



それに応え続けていくことこそ、

僕の人生だなぁ、

と思ったりしました。
とあるお店で、見知らぬおばちゃんと世間話。

たくさん話を聞いたり。


どーもー、てな感じでお別れをし、
数分したら、

「これもらって!」と、


・巨峰
・惣菜パン3つ
・お寿司盛り合わせ(結構豪華)

の入った袋を渡された。


「えー!いえいえそんな、お話しただけですし。」

「いいからいいから!じゃぁ!」


さささーっと行かれてしまった(笑)。

ああ、返すものもタイミングもっ。




ということで、必殺技。



『おばちゃんと、
 おばちゃんの守護霊とご先祖様に、

 開運あれっ!』
20年ぶりに、自動車学校に通い始めました。

9月最終週にバイクのツーリングに行くことにしたので、
2週間くらいでマッハで普通二輪取ります。




ところで、最近、

”自分が自分であるための条件”


を設けました。

いろいろ考えますよね(笑)。 


たしかマンガの『HUNTERXHUNTER』ってやつで、
読んでないですが、
たまたま漫画喫茶に行った時に、立ち読みでパラッとめくったところに、

自分の行動とかに制限を加えると、術の強度が上がる、
って感じの話がありました。

例えば、適当に今例を上げると、
右手を使わないようにして、動かさなければ動かさないほど、
左手の攻撃力が上がる、とか。
(今、適当に考えた)

そんな感じです。

ルールを設けてそれを守れば守るほど、
力が得られる、という感じです。


今書きながら思いましたが、

例えば、悪口とか中傷とか差別とか、
そういう唾棄すべきマイナスの言葉を言わないことも、
自分の人生をより良く強化する、一つの術のような感じですね。
深い。




★自分が自分であるためのルール★

1.絶対に人の悪口を言わない
2.チャレンジする方を選択する
3.決めたことは、絶対やる




僕の生き方として、
”僕はこうしたい”っていうだけで、
想いを発したりはしますが、
人に押し付けたりしないので、特に気にしないでください(笑)。

一つの映画の中には、
ジグソーパズルのように、
あらゆる配役やエピソードが必要ですし。




だいたい、世の中で、自分の世界をしっかり持っていて、
成功したり幸せに生きてる人って、
これがその人!という形というか、
こういう”こだわり”を持っている気がします。

例えば、小林正観さんという哲学者?がいますが、
”徹底的にゆるく”
”徹底的に人に流される”
”徹底的に自分に甘く”
生きてる人で、
徹底的に物事にこだわらないことが、
この人にとって、即ちこだわりなんだ(笑)、

という感じです。




自分の場合、
たぶん、こういう制限をつけなくても素敵な人生を送れると思いますが、


カレーを極限まで食べないように我慢して、
至高の一口を味わうとか、

ぶどうの皮をまず一個一個全部むいて中身だけ全部集めて、
最後においしさを満喫したりとか、

水飲まず、モノ食べずに、走って走ってさんざん我慢して、
乾ききった状態でりんごの丸かじりを楽しんだりとか、


小さい頃からの自分の嗜好を分析してみると、
こういうのが好きなんだと思います。



10年計画で、創り上げたい自分の人生のビジョンがありますが、
まずは少なくとも1年間、
一事が万事、
自分にこれを課すチャレンジをしていきます。




ということで、
このために生きてるんだ、と言えるほどの、

”至高の一口”

が楽しみで楽しみで、
超楽しみです。
奈良→大阪 強行軍から帰ってきました。
学んだことを復習し、寝る前の日記です。




ふと、ツイッターやネットニュースを眺め過ぎると、
この世界のあまりの問題点の多さにちょっと胸がやきもきする。

原発とか、政治とか、生活とか。
あるいは非論理的な中傷とか罵詈雑言とか。

「世界は思い通りに事が進まないなぁ。」

とか感じたり。

そしてそれに囚われると、
いつのまにか自分の生産的で創造的な、
時間や気持が奪われたりする。



でも、考えてみたら、ニュースになるのは、
だいたい問題点。




しかし、偏見のメガネやブリンカーを外して、
フォーカスを変えて、全方位で世界を公平に見つつ、
自分の力の及ぶ範囲で考えてみると、

相変わらず、空は綺麗だし、
虫が鳴いてるし、花は咲いてるし、
素敵な人は素敵だし、
夢を持って真っ直ぐ進んでいる人達がたくさんいる。





ふと夏の畑を眺めてみる。

たくさんの虫がいる。
コオロギとか芋虫とか青虫とかミミズとか。
トマトとかキュウリとかナスとか、
いろんな野菜がなっている。

「ああっ!虫の死骸がころがってる!」
「ああっ!トマトが青虫に喰われてる!」
「ああっ!ミミズがうんこしてる!」
「ああっ!キュウリが曲がってる!」
「ああー、そろそろ夏野菜も終わりかなぁ。」


と、
畑世界を顕微鏡でみたら弱肉強食の世界が繰り広げられ、
虫眼鏡で見ても問題点はたくさんあるけれど、


実家の畑は、
コオロギの大合唱、
ミミズも協力してくれた豊かな土から野菜がたくさんなって、
その野菜は虫と分かち合いつつ、
青虫は蝶になって飛んでったり、
これからは秋野菜。

総じてびっくりするほど豊かです。