バイクの卒検通りました~。
なにせ、
絶対に失敗できないギリッギリのスケジュールで教習を受け、
試験では教官にしぶい顔されつつ、
たぶんスレッスレの成績で合格したと思いますが(笑)、
勝因は、バイクをなでなでしたことだと、
確信しています。
神はいた!
さて、
以前も紹介しましたが、
Eijiさんという方のブログ、
自分の想いが言語化されていたり、
思わぬ方向からの気づきをもらったりして、
幾つか、自分の実生活に取り入れたものがあって、
効果がかなりあるものの備忘録です。
『天を相手にする』
参考:
http://bloom.at.webry.info/201107/article_1.htmlどうも、いろんな人を想ってみると、
世界の偉人や、世界に大きな影響を与えた人等は、
こんな感性を持っている気がする。
出てくる言葉が皆、
常に天を想い、人に接している。
歴史なので伝承やイメージのみですが、
織田信長、坂本龍馬、西郷隆盛、
あるいはマザーテレサ(@MotherTeresabot)
(Twitterの名言を読んでみると、視点が全てこれだとわかる)、
現代でも、たくさんの、
世に影響を与えている人達や、
人格者と感じる人々も。
天の方を向いて生きている。
そもそも不完全な存在である人間や人間社会の、
そのさらに欠点ばかりを覗きみて、
自分の心を痛めつけたりしない。
良いものは取り入れよう、ということで、
意識して自分の思考、行動の中で取り入れてみています。
例えば、
仕事をしている時、天を相手に仕事をする。
すると、とにかく真摯にやろう、と思える。
誰も見ていないところで、
ゴミを拾ったり、綺麗にしたりする。
なぜなら相手は天だから。
人にニコッと挨拶する時、天を相手に、人に挨拶する。
すると、その人が挨拶や笑顔を返してくれなくても、問題ない。
相手にしているのは天だから。
車を運転中、自分勝手で危険な運転をされた時、
天を想う。
天はいったいこの出来事で、
自分に何を見せようとしているんだろう、と考える。
甥の悠矢(小5)が周りの人に感謝せず、
理不尽な暴言を吐いたりする(笑)。
僕は裁かない。
僕は天を相手に、悠矢と接するだけ。
”天”をちょっと具体化して、
今扱っている物に宿る神、
今自分がいる土地の神、
相手をしている人を守っているご先祖様方、
今行っている仕事の神、
みたいに応用などもしつつ(笑)。
ということで、
自分が、天に沿っていると思ったことは、
誰の評価も関係なくやる。
天はちゃんと見ているので安心。
自分が、天に反して行ったことは、
誰かにバレるバレない関係ない。
やったことに対する相応の反応を、天は行う。
実践しながら、
天を相手にする生き方というのは、
世界に向ってひたすら根や枝を伸ばし続ける大樹のような、
拒みもせず誇りもせずそこに存在する富士山のような、
受け取るものが何者であっても関係なく照らし続ける太陽のような、
生き方なんだろうなぁ、と感じています。