日々学びと気づきで、
日記ストックは溜まるんですが、
ちょっと間があきました。

いつもの、
脳科学者の茂木健一郎さん
(@kenichiromogi)の連続ツイートで、
しっかり備忘録したかったので、以下、残します。

響いたところを勝手に太線します。


~~~

2012年12月14日

しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!

「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 本日は、コンビニでおでんを買いながら考えたこと!

やと(1)伝説で、本当かどうかわからないが、ラグビーの起こりは、サッカーをやっていた少年が興奮してボールを持って走り出したことだと言う。たとえ事実でないとしても、「脱抑制」のスタートダッシュを表現して、印象的である。

やと(2)人間は、「やってはいけない」と勝手に思っていることがたくさんある。その範囲で自分の行動をついつい制約してしまうのだけれども、実際には、本当はやってもいいのである。その壁を乗りこえたとき、新しい人生が始まる。


やと(3)イギリスにミッチェルという人がいて、ATP合成の化学浸透圧説でノーベル賞をもらった。この人は変わり者で、学会の定説に異を唱え、田舎の一軒家に自分で実験装置をつくって、勝手に実験していた。

やと(4)田森佳秀に聞いた話なのだが、ミッチェルが日本に来て話したときに、日本人の研究者が、「研究費はどうしていたのですか?」と聞いた。ミッチェルは、ちょっと恥ずかしそうに、「私は、たまたま財産を持っていたのです」と答えた。その瞬間、田森の脳の中で脱抑制が起こった。

やと(5)何ごともお上が好きな日本人のメンタリティだと、国から科研費をたくさんもらっている研究者が偉いという思い込みがある。ところが、自分の金を使って勝手にやっていいんだ、と思った瞬間、ぱっと解放される。最初から解放されてしまっている国や個人もいる。

やと(6)昨日読んだUSA todayの記事。アメリカではエージェントや出版社を通さないで自分で勝手に電子出版する著者が増え、ベストセラーが次々と誕生。自分で出版するのはvanity publishingだとそのstigma(悪印象)を避けていたのが、「やっちゃえ」となった。

やと(7)本を「ちゃんと」出すには、やはり「ちゃんと」した出版社から、「ちゃんと」出さないと、ダサイ自費出版だと思われる。そんな思い込みから、電子出版のシステムは著者たちを解放しつつある。まさにビッグ・バン。でも、どれくらいの思い込みが、私たちをまだ縛り付けていることだろう。

やと(8)大学に行かないと学問ができないという「思い込み」もそうで、恐らくは現代では無意味。そもそも日本の大学は、文科省管轄の「学位」の独占企業。国からの設置基準の「お墨付き」をもらっているというだけの話で、現代文明を生き抜く力の実質とは無関係。

やと(9)とにかくやっちまえよ。それが、学生の時に読んで感動したミルトン・フリードマンの『選択の自由』のコア・メッセージ。日本人は、自分たちで規制していることがたくさんあるよね。法律で禁じられていることじゃないよ。誰も禁じていないのに、勝手に自分たちでできないと思い込んでいる。


以上、「やってはいけないと思い込んでいる壁を、突破すること」の連続ツイートでした。
心を震わせられたり、
よしやるぞー!と思えたりする言葉を集め、
手帳にまとめたり、
いつも見れるようにしていたりしていますが、

実はこのmixiの自分で書きためている日記群は、
僕にとって、一番の、
原点に戻ったり、
気持を高めてくれるツールであったりします。

最近では、超ピンチな時や、
それまでだったら凹み心を無駄に傷つけてしまうような出来事が起きても、
今は心の底からふつふつと湧き上がるエネルギーを感じながら、
ぜんぜんへこたれない自分を常に感じられるのも、
この日記が結構大きな力になっています。

以前の、負の感情も時々入った、
あるいは肩に力の入りすぎた、
借り物の言葉が羅列されたような自分の日記を読むと、
背筋がゾゾっとしますが(笑)、

去年の秋くらいからここ1年の、
自分と深く対話しながらの、
理想のあり方に根ざした日記は、
後から読んでも、二度と書けないぞ、という感じで、
入り込みながら書いていて、


ふとした時に自分の過去日記を、
しょっちゅう読み返して、
自分で自分に力をもらっていたりします。

あくまで自分にとっての最適な日記という感じなので、
For me ですみません・・・。

それでも、
完全クローズドな自分だけの日記だったとしたら、
絶対に続かないので、
読んでくださる方にとてもとても感謝しております。
ありがとうございます。

できるだけ、いいね!とコメントが増えるように、
文面や実生活でも改善していきます(笑)。
(やっぱり嬉しいので、日記を書く原動力になります。)


そしてもちろん、世界はインタラクティブなわけで、
mixiでも実生活でもそうですが、
生きることに日々励む皆さんのことを見るだけで、
僕にとって学びの連続です。
ありがとうございます。







さて、最近あらためて、
自分の生き方のテーマに大々的に追加したあり方があります。

『バカでいく』
~いつもギリギリで、変人で、ダイナミックに生きるバカ~



これを決めた時、
そういえば、と、この有名なスピーチを思い出しました。



ということで、自分がいつでも読み返し、
迷った時でも原点に戻れる言葉を色つけて強調しつつ、
備忘録します。



~~~


スティーブ・ジョブズがスタンフォード大学卒業式で行った、
伝説のスピーチ。

~参考サイト~
http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html

Youtube(字幕埋込)
http://bit.ly/rNN8xF


●3つの話

ありがとう。
今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。
実は私は大学を出ていないので、
これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。
今日は私の人生から3つのストーリーを紹介します。
それだけです。
大したことありません。たった3つです。

●ABOUT CONNECTING THE DOTS.

最初は、点と点をつなぐ話です。
私はリード大学を6ヶ月で退学しましたが、
本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。
ではなぜ辞めることになったか?
その理由は私が生まれる前に遡ります。

私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、
彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。
彼女は育ての親は大学を出ているべきだと強く感じていたため、
ある弁護士の夫婦が出産と同時に
私を養子として引き取ることになっていました。
ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。
そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に
「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか?」
という電話を受けたのです。
彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、生みの母親も後で知ったことですが、
母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。
そこで、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、
何ヶ月か経って、
今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、
気持ちが整理できたようです。
これが私の人生の出発点になったのです。

17年後、実際に大学に入りましたが、
私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを
選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは
大学の学費に使われていました。
半年もすると、私はそこに何の価値も見出せなくなっていたのです。
人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、
それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。
なのに自分はここにいて、
親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。
だから退学を決めたのです。
それが全てうまく行く道だと信じて。
もちろん当時はかなり怖かったです。

ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。
というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、
自分にとって面白そうな授業に集中できたからです。
寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。
夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、
食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、
日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに7マイル歩きました。
これが私の楽しみでした。
こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験が
あとになって値段がつけられない価値に変わったのです。

ひとつ具体的な話をしてみましょう。
リード大学には、
当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。
見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベルまで
美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。
私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないので
カリグラフィの授業を受けて手法を学ぶことにしたのです。
私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり
文字と文字のスペースを変えていく概念について
つまり異なる文字のコンビネーション手法など
素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。
フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、
科学で把握できないほどの緻密さでしたので
それは私にとって魅力的な発見となったのです。
フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。

しかし、それから10年経って
最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時に
その知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。
こうして初めて美しいフォントを持つコンピュータが誕生したのです。
もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、
マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、
ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないので
こうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。
もし私が大学を退学していなかったら、
あのカリグラフィの授業に寄り道することはなかったし
パソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。
もちろん大学にいた頃の私には、
未来を見据えて点と点をつなげることはできませんでした。
しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。

もう一度言います。
未来に先回りして点と点をつなげることはできない。
あなたにできるのは過去を振り返ってつなげることだけ。
だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると
信じなければならない。

自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、
とにかく信じるのです。

歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、
自信を持って思うままに生きることができます。
たとえ人と違う道を歩んでも、
信じることが全てを変えてくれるのです。


●ABOUT LOVE AND LOSS.

2つ目は、愛と敗北についての話です。
自分が何をしたいのか人生の早い段階で
見つけることができたことは幸運でした。
実家の車庫でウォズとアップルを創業したのは、
私が20歳の時でした。
私たちは仕事に没頭し、
10年間でアップルはたった2人の会社から
4千人以上の従業員を抱える20億ドル企業に成長しました。
私たちは最高傑作であるマッキントッシュを発表しましたが、
そのたった1年後、30歳になってすぐに、
私は会社をクビになってしまいました。
自分が始めた会社を首になるなんて不思議ですが、
こういうことなんです。

アップルの成長にともなって、
私は一緒に経営できる有能な人間を雇い最初の1年はうまくいっていました。
しかし、やがて将来ビジョンについて意見が分かれ、
仲たがいに終わったのです。
取締役会は彼に味方し、私は30歳にして会社を去りました。
まさに社会的に追放された感じでした。
私の人生のすべてを注ぎこむものが消え去ったわけで、
それは心をズタズタにされた状態になりました。
数ヶ月は本当にどうしたらいいのか分かりませんでした。
自分が前世代の起業家の実績に傷をつけてしまい、
手渡されたリレーのバトンを落としたように感じました。
私はデイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスに会い
ひどい状態にしてしまったことをお詫びしようとしました。
まさに社会的脱落者となり
シリコンヴァレーから逃げ出そうと考えたほどです。

しかし自分がやってきたことをまだ愛していることに少しづつ気づきました。
アップルの退任劇があってもは私の気持ちは全く変わらなかったのです。
私は会社で否定されても、私はまだ好きだったのです。
だからもう一度やり直すことに決めたのです。


その時は分からなかったのですが、
やがてアップルをクビになったことは、
自分の人生最良の出来事だったのだ、
ということが分かってきました。
成功者の重圧が消え、再び初心者の気軽さが戻ってきたのです。
あらゆるものに確信はもてなくなりましたが。
おかげで、私の人生で最も創造的な時期を迎えることができたのです。

その後の5年間に、
私はネクストという会社とピクサーという会社を設立しましたし、
妻となった素敵な女性と恋に落ちました
。ピクサーは世界初のコンピュータによるアニメーション映画
「トイ・ストーリー」を創りました。
いま世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。
思いもしなかったのですが、
ネクストがアップルに買収され私はアップルに復帰することになり、
ネクストで開発した技術は
現在アップル再生の中核的な役割を果たしています。
さらには、ロレーヌと私は素晴らしい家庭を一緒に築いています。

ここで確かなのは私がアップルをクビになっていなかったら、
こうした事は何も起こらなかったということです。
それは大変苦い薬でしたが、患者には必要だったのでしょう。

人生にはときにはレンガで頭を殴られるような苦しみに
遭う時がありますが、自分を見失わないでください。
私がここまで続けてこれたのは、
自分がやってきたことを愛しているからに他なりません。
あなたも愛せるものを見つけましょう。
それは仕事でも恋愛でも同じこと。
これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだから、
本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、
それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。
そしてさらに最高の仕事をするには、
その仕事を愛すること。

もし見つからないなら探し続けましょう。
安易に落ち着かないでください。
その時はピンとくるものです。
あなたの心は分かっています。
そして、良き人間関係のように、
長く付き合うほど、心地よくなります。
だから探し続けましょう。
落ち着くことなく。


●ABOUT DEATH.

3つ目は、死についての話です。
私は17歳の時、こんな感じの言葉に出会いました。

「毎日を人生最後の日だと思って生きなさい。
いつか本当にそうなる日がくる。」


これには強烈な印象を受けました。
それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。

「もし今日が、自分の人生最後の日だとしたら
今日やることは、本当に私のやりたいことだろうか?」

それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと
私は「何かを変える必要がある」と気づきます。


自分がもうすぐ死ぬ状況を想像することは最も大切な方法です。
私は人生で大きな決断をするときに随分と助けられてきました。

なぜなら、他人からの期待、自分のプライド、失敗への恐れなど、
ほとんど全てのものは…死に直面すれば吹き飛んでしまうからです。
そこに残るのは、本当に大切なものだけです。

死を覚悟して生きていれば、
「何かを失う気がする」
という心配をせずにすみます。
最初から、あなたには失うものは何もない。
素直に自分の心に従えばいいんです。


今から1年ほど前、私は癌と診断されました。
朝の7時半にスキャンを受けたところ、
私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。
私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。
医師たちは私に、これはほぼ確実に治療ができない種類の癌であり、
余命は3ヶ月から6ヶ月と言いました。
そして家に帰ってやるべきことを済ませるよう助言しました。
これは医師の世界では「死」を意味する言葉です。
それは、子供たちに伝えた10年分のことを数カ月で済ませておけ、
という意味です。
それは、家族が心安らかに暮らせるよう全て引継ぎをしておけ、
という意味です。
それは、さよならを告げる、という意味です。

私はその診断書を一日抱えて過ごしました。
そしてその日の夕方に生体検査を受けました。
喉から内視鏡を入れ胃から腸に通してすい臓に針を刺して
腫瘍の細胞を採取しました。
私は鎮静状態でしたので、
妻の話によると医師が顕微鏡で細胞を覗くと泣き出したそうです。
というのは、すい臓ガンとしては珍しく手術で治せるタイプだと
判明したからなんです。
こうして手術を受け、ありがたいことに今も元気にです。

これは私がもっとも死に近づいた瞬間で、
この先何十年かは、これ以上近い経験がないことを願います。
こうした経験をしたこともあり、
死というのが有用だが単に純粋に知的な概念だった頃よりも、
私は多少は確信も持って言えます。

誰も死にたいと思っている人はいません。
天国に行きたくても、そこに行くために死にたい人はいません。
それでいて、死は誰もが向かう終着点なのです。
かつて死を逃れられた人はいない。
それはそうあるべきだから。

なぜなら「死」は「生」による唯一で最高の発明品だから。
「死」は「生」のチェンジエージェントだから。
つまり古いものが消え去り、新しいものに道を開ける働きです。
いまの時点で、新しいものとは、あなたのことです。
でもいつかは、あなたもだんだんと古くなり、消え去るのです。
あまりにドラマチックな表現なのですが、それが真実なのです。

あなたの時間は限られています。
無駄に他人の人生を生きないこと。
誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。
自分の内なる声が他人の雑音に打ち消されないようにしてください。
そして、最も大事なことは、
自分の心と直感に従う勇気を持つことです。
心や直感というのは、
あなたが本当に求めるものをわかっているものです。
それ以外は、二の次です。


●STAY HUNGRY, STAY FOOLISH.

私が若い頃
"The Whole Earth Catalogue 全地球カタログ"
というすごい出版物があって、
私と同じ世代ではバイブルのように扱われていました。
それはステュアート・ブランドという人が、
ここからそれほど遠くないメンローパークで制作したもので、
彼の詩的なタッチで彩られていました。
1960年代の終わり頃はパソコンもDTPもない時代ですから、
全てタイプライターとハサミとポラロイドカメラで作られていました。
それはまるでグーグルのペーパーバック版のようなもので、
グーグルが35年遡って登場したかのような理想的な本で、
すごいツールと壮大な概念に溢れかえっていました。

スチュアートと彼のチームは
”The Whole Earth Catalogue” を何度か発行しましたが、
ひと通りの内容を網羅した時点で最終号を出しました。
それは1970年代半ばで、私がちょうどあなたの年代だった頃です。

最終号の裏表紙は、朝早い田舎道の写真だったのですが、
それはヒッチハイクの経験があればどこか見たことある光景でした。
写真の下には

"Stay hungry, Stay foolish."

という言葉が書かれていたのです。

Stay hungry, Stay foolish.

それが、発行者の最後の言葉だったのです。
それ以来、私は常に自分自身そうありたいと願ってきました。
そしていま、新たな人生を踏み出すあなたに、
同じことを願います。

Stay hungry, Stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。

あなたにとってこの世界はどんなものだろう。
「試練」だろうか。「苦闘」だろうか。
もしそれを「ダンス」に変えてみたらどうなるだろう。
「ゲーム」ではどうだろう。「花園」では?

-アンソニーロビンズ




・・・ダンス(笑)。

・・・ダンスっ´3`)´3`)´3`)´3`)´3`)´3`)´3`)ウフフフフフ



これはいい。



僕の場合は、”ドラクエ”で、


現実に起こる、
全ての経験や志や夢は、

冒険、挑戦、勇気、仲間、アイテムゲット、
レベル上げ、経験値アップ、イベントクリア、
ワクワク、ドキドキ、なゲーム、

という感じです。




世界は、絵画
世界は、戦国
世界は、野原
世界は、ドラえもん
世界は、ジブリ
世界は、麻雀
世界は、愛
世界は、南国の海
世界は、映画
世界は、フィクション
世界は、夢
世界は、天国
世界は、劇場
世界は、旅
世界は、空想




思いがけない単語を使って世界を表現したら、
今まで思い込んでいた、
世界に対するそれまでの印象がガラっと一瞬にして、

パラダイムシフトすることもあるかもしれないですね。

今回の大阪維新の会の出来事を見てつくづく思いますが、

自分の夢(願望、喜びになること)と、
公の益(世界のニーズ、人々の思い)が合致すると、

とてつもない力を、発揮するんですね。

『フロー状態』


ともいうべきか。

(チクセントミハイ氏『喜びの現象学』
天外伺朗氏『マネジメント革命』等)



世界の中に”役割”という器(夢、想い)ができていて、
その器に合った人が、ポン!と器に入った途端、

その世界を台風のように大きく動かしていくような。



ところで、
自分の喜びや夢という視点だけじゃなく、
同時に、
世界のニーズってなんだろう、
公益ってなんだろう、
といろいろ考えていたところ、


元フォード社長、元クライスラー会長を務めた自動車業界の超大物、
リー・アイアコッカ氏の著書

『なぜ真のリーダーがいないのか』


という本より、

”企業の強欲を退治してくれるはずの新しいビジネス哲学”

である、

『公益資本主義』


について語られていました。
で、調べてみたら、
この糸井重里さんの記事にぶつかりました。


ほぼ日刊イトイ新聞より
http://www.1101.com/hara/second/2008-09-16.html





バブル崩壊後の今は反対論も多い考え方で、
これから、今の世の中に合った形で現実化していく段階のようですが、

『公益資本主義』

という考え方が、
広まっていき、
自分もこれに関われたらいいなぁ、
と思います。


そして、

自分が、嬉しいなぁ、と思える毎日を送ること、
自分の隣の人、自分の近くの人が楽しいなぁ、と思える生き方をすること、

まずはそんな、
最も根っこにあるものを大事にしていければ、
と思います。

2年ほど前に地元長野に住所を移し、
物理的にも、気持ち的にも、
地元に意識を向けることが増えたので、

最近は、
僕の恥ずかしい時代(笑)である、
子供時代の友人に会う機会も多くなりました。


子供時代というのは、
なぜにこんなに恥ずかしいのだろう。


今のバージョンの自分?の転換期は、
僕的に去年の秋くらいで、
それ以前の自分の日記を読むと、
恥ずかしさでビクッとなったりしますが(笑)、

それを考えると、
子供時代まで遡ったら、
もう大変ですね。





ところで、


小中学生の同級生で、
若気(?)の至りと言っていいのか、
僕が深く傷つけてしまったであろう人がいます。

きっとそのトゲは深くその人の心に刺さっていて、
一見、見えなくなったかもしれないけれども、
30年間、残っている。



謝りたいか、というともちろん謝りたいけれど、
そんな僕の気持ちなど、
その人にとってはこの際関係なくて、


その先の、

その人が望む、
その痛みを消す作業の中で、
僕にできることがあるならば。






今年の正月ころに、
携帯電話のアドレスが全部消えてしまった時、

”この際、実際に全ての人に会ってアドレス帳を復活させる旅をする”、

という日記を書いて、まだ全然終わっていないけれど、




もし、自分の人生があと一ヶ月だったら。

僕が、自分や人、世界に刺してしまった全てのトゲを抜いて、
全ての傷を生きた証に変えることができれば。



ということは、
今できる、ということか。
やろう。
ずっと、ピンと来ないことがありまして、

もし、『あなたの夢は何ですか?』

と聞かれた時、
一言で、これです!
と言えるようなものが、
どうしても表現できません。

いろいろたくさんの想いはあるけれど。
話し始めると1時間くらい必要に。
どうしても一言では表せない。



そこで、ここ何日か、真剣に考えました。


今まで、自分の夢、価値観、目標などは、
ライフワークのように考えたりチャレンジしてきながら、
素材は今のところたくさんあるので、

参考に、他の人の言葉で、
なるほど!
としっくり来る解答ってどんなもんだろう、
というところから、
今回は考えました。

今までいろいろ聞いた中では、
こんな感じです。
みんな、しっくりきます。



子供:
 『サッカー選手!』
 『可愛いお嫁さん!』

アフリカの子:
 『お医者さん!』
 『先生!』

小学6年の時のイチロー:
 『プロ野球選手になること』

今のイチロー:
 『野球をやり続けること』(たぶん)

ラインハルト:
 『宇宙を手に入れるんだ』

ヤン・ウェンリー:
 『軍を退役して、憧れの年金生活』

マザー・テレサ:
 『すべての人が生涯を終えるときに、
 「愛されている」ことに気づくように。
  この夢を現実のものとするために、
  自分の一生を捧げたのです。』



その生き方がそのまま自己表現になっていたりすることもあるし、
一言で表せなくても全然問題はないとも思いますが、
自分のことを知る一つの方法として、
自分がしっくりくる言葉を探してみました。

あるいはカテゴリー分けしたりして。


・やりたいこと:
 →しっくり来ない。
  やりたいことはあるけれど、部分でしかない。

・欲しいモノ
 →金、モノ、想い。なんか違う。
  夢という感じではない。

・ありたい自分
 →これ!!★


結局、『夢』というのは、虹のようなもので、常に、
手の届くその先にあるもののような気がする。

あるいは、その時に心からそう思える、
一生をかけて追うもの、というイメージもある。

そして、”やりたいこと”や”欲しいモノ”なんて、
本気で得ようと思えば得られるので、夢というより
”目標”の方がしっくり来る。




さて、
僕の場合は、”ありたい自分”に夢のヒントがある、
と絞れた。

では、どんな自分であることが、
僕の夢なんだろう。


世界を旅する、とか、
好きな人と好きな時に好きなだけ好きなことをする、とか、
確かにそうだけれど、
誰かから聞いた、借り物の言葉のような。
内からほとばしる魂の炎が見えない。


で、考えに考えて、
今現在の僕にとっての一応の答えがでました。
これです。


●いつまでも、自分を磨き、
 夢に向かってチャレンジし続けることを、
 幸せに思える自分でいること

●大切な人にとっての、
 「アラジンの魔法のランプ」であれること

●仕事を通じて、世界に喜びを拡げ続けていくこと



過去の日記を探してみたら、
何のことはない、以前まとめた、
ほぼ同じものがありました。

http://bit.ly/rtcUdD




ということで、結局一言では表せず、
インパクトに欠けますが(笑)、


本当の夢を探すことも、
見つけた夢を追うことも、
目標を目指すことも、


例えば小学校の頃の遠足の如く、
たどりつくまでの道程に、
きっと本当の喜びがある、

という確信だけは腕に抱えながら、

毎日の喜びの一足を、
積み重ねていきたい、
と思います。

伊勢志摩地方にツーリング(車)に行きました。

昼の、カキ食い放題がメチャうまかった。



まなびーの『ドラクエ型人生』

まなびーの『ドラクエ型人生』



夜のBBQでは、
あらゆる部位のイベリコ豚、
マツタケ、ウニ、毛ガニ、まるごと秋鮭、ロブスターみたいなやつ、
と豪華な差し入れ満載で、

でも一番良かったのは、
どこに行くか、何を食べるかより。

いろんな瞬間に、
自分の器の小ささと、
人の器の大きさを感じて、
とても晴れやかな気分になれました。

世界は大らか。






さて、ぜんぜん関係ないですが、




『自分が、
「自分の気分にいつも異常にこだわっている」
という癖を捕まえること。
それを丹念に切り離す作業を日常的に怠らないこと。
自分の殻を破るのに、
これ以上に効果的な方法を私は知りません。』

-名越康文(精神科医)




いろんな意味に受け取れそうで、



体温計で熱を測って、
「熱がある熱がある熱がある~!!」
と思ったらダルくなるのと同じだろうか。

「眠れない眠れない眠れない!!」
と思うと眠れなかったり。

「体や心、疲れてるんじゃないの?」
と体を意識しすぎると、
そういえばここが疲れてる!!
と、自分にかかっているかもしれないストレスの原因探しばかり
してしまったり。



自分の心や体の声はしっかり聴いていきたいですが、
何でも、”執着”にまでいってしまうと、
どんなものでも、枷(かせ)に変化してしまう感じでしょうか。






さらにぜんぜん関係ないですが、

10年くらい前に、
ちょっと冒険をして、
自分でファッションを選ばず、
店員さんに全部おまかせで選んでもらったことがあります。

それまであまりこだわりがなかったゆえに、
全部自分で適当に選び、
無難で地味~な感じでしたが、

そのファッションがとても気に入り、
それからはガラっと変わって、
そのブランドだけしか今は着なくなりました。




時に自分の意志によって岩をも通しながら、

世界をダイナミックに感じて受け入れ取り込む、
そんな大らかさも欲しいなぁ。

最近、自分の感性を継続的に磨こうと、
週に2本のペースで映画を観るようにしています。

そうするとレンタル屋さんに行くわけですが、
レンタル屋さんはどこも本のエリアが併設されています。


歯止めをかけないと
いっぺん本屋に行くと、
楽しくて毎回何冊も買ってしまい、

本→行動→本→行動、と
現実の世界に生かせばいいのですが、
読んでばっかり、でも現実は変わっていなくて、
ちょっと虚しい、その虚しさを晴らしたいのでまた本を読む、
というちょっと中毒的になりがちなのが僕のパターンなので、
最近はできるだけ本屋に行かないようにガマンしているんですが、

しかし、
通りかかるともう本との出会いを見過ごすことができず・・・。



で、先日、

『奇跡のリンゴ―「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』


という本と、
目と目が合ってしまったので、買いました。
ずっと読みたかったんです・・・。




りんごは品種改良を積み重ね、
現代の大きくて甘いりんごを得た代わりに、
そのりんごは人工的に農薬や肥料を駆使しないと、
収穫できない種とのことです。

で、木村さんは、ある時、
完全無農薬でそれを作ろうと決意された。

それはまさに、
天動説が信じられていた世界で、
地動説を提唱したコペルニクスのように、
絶対に無理、とされていたことで、


コペルニクスやガリレオ・ガリレイと同じように、
数年の戦いで、ほとんど全ての人に見放され、
自殺寸前までどん底に落ちながら、
それを成し遂げた、というお話です。


それは、
自然の原則、というか宇宙の原則を見つける作業、
とも読み取れたんですが、
最も印象的だったのが、


まず、無農薬にした途端、
りんごの木が”害虫”に食いつくされ、
木が弱り、実が全くならなくなった。
そこから戦いが始まるわけですが、




肥料すら与えず、完全無農薬、雑草も刈らない、
と畑を放置すると、
毎年毎年、大きなうねりのように畑が変化したそうです。


農薬栽培でも、
”害虫”や”雑草”との戦いとのことですが、

それまで農薬で一切殺しつくされていた畑に、
まずAという害虫が畑全体を覆い尽くし、

そこで、その害虫を取ったり殺しつくしたりすると、
また結局その害虫との戦いが毎年繰り返される。

しかし木村さんはそれを(完全放置ではないですが)、
ほぼそのままにした。

そうしたら、なんと次の年には、その害虫が陰を潜めたそうです。
しかしそのかわり、別の”害虫B”が畑を覆い尽くす。
それはおそらく、Aを捕食するBが増えたんだと。

そして次の年、今度はBが消える変わりにCが、、、
と毎年劇的に、変化したそう。


そして数年経つと、あらゆる虫や草が生える、
物凄い多様性とバランスを持ったとても柔らかい畑ができ、
その時、ようやく、りんごが実をつけたそうです。



~~~



自分の人生、
どこかで抑えてしまったら、
きっと毎年同じところをグルグルまわる。

天命に従って、
自分の想いに正直に人生を追求していったら、

たぶん本気であればあるほど、
大きなうねりがたくさん来るだろうけれど、

それも全部必要な要素として自分に取り込みながら、
ついには僕の経験の中から僕なりの宇宙の原則を見つけ、


そして、
できあがった柔らかい土から、
とても素敵な実をならせたいなぁ、と思います。

乙武 洋匡さんのツイートより、

@xxxxxx_xxx:
「乙武さんはもし今手足が生えることができるとしたら、
それを望みますか?
それとも困難を乗り越えてきた今の体のままを選びますか?
色々悟ってる乙武さんの考えが気になりました。」

@h_ototake(乙武洋匡さん)
『いま手足が生えてくると、
いろいろ「おいしくない」ので、要らないです(笑) 』




なんという、
今持っているもの、そして持っていないものすらも、
最大限生かし尽くした生き方なんだろう。



解釈を変えれば世界が変わる。


世の中は、
実はとても自由自在なのかも。

結構前の記事ですが、

『これはスゴい! じっと見つめていると消えてしまう不思議な画像』
http://goo.gl/9FCqr



先日、長野県飯田市の温泉
(湯~眠(ゆーみん)24時間やってていいですよ。かけながし。)
に入った。

露天で月を眺めながらじーっと物思いにふけるのが好きですが、
その日は、満月の次の日。

まん丸の満月から何かインスピレーション湧くかな、
と思い、絶妙なポジションにある釜風呂をゲットし、
体だけ釜に入れつつ、
手足を外に投げ出して、
じーっと30分ほど、瞬きもせず月と対峙してみた。


ふと、2,3日前の、冒頭のロケットニュースの記事を思い出す。

これの原理は何となくわかって、
おそらく、眩しいものを見ると、
目に残像が残るけれど、
この残像は、
写真で言うところの”ネガ”ではあるまいか、
と思った。

光の強さや色を反転させたもの。

なぜそうなるかというと、
たぶん、目に入る光に対して、
ネガを網膜に作り出すことによって、
光の影響をある程度打ち消して弱めたり。



ということで、輪の消える現象は、
じっと見ることで輪の部分の色のネガを、
網膜に作り出して打ち消してるのでは。


という発見をしたことを、
月を見ながら思い出した。



さて、なんでこんな機能があるんだろう。



やはりこれは、
外部の影響から人体を守るためだろうか。


つまり、人体は、
変化に対して自分を守ろうとする。




さてしかし、

『強いものが生き残るのではない。
 変化できるものが生き残るのだ。』

 -ダーウィン

という言葉もある通り、
環境の変化、社会の変化は否応なく起こり、
それに合わせて自分も変化しなければ、
幾万年のスパンでは種が滅び、
年のスパンではより良く生きることにも支障が出る。


人体は自分を守るために変化に抗おうとしつつも、
変化しなければ滅びてゆく。

この矛盾はいったいなんだろう。



この世界の大前提である宇宙は、
なぜだか否応なく変化している。

変化があるから進化もある。






前に進もうとすると、
空気の抵抗がある。

加速度を増していく時、 
慣性の法則の抵抗がある。

自分を貫いて生きようとすると、
それを阻止しようとする力が生まれる。





変化するために力になるもの。


努力、勇気、強制、好きであること、
自分のため、人のため、など。


いろんな力があるけれど、
どれも有効活用していきながら、
より良く変化し、そして進化していこう、





という感じで、
のぼせてしまったので残念ながら、
矛盾の解決までは至らずでした。