ある友人とやりとり中、
「私は自分に甘く、人にも甘いんです。」
とメールしたら、
「古田さん、自分には厳しそうなイメージなのに意外です(笑)」と返信がありました。
そう見えるだろうなぁ、というのは何となくわかります。
5,6年前、会社を辞めて独立してから、
それ以降の人生がとても眩しくて(内面的に)、
それ以前の自分の嗜好や指向や志向や思考を、
あまり実感を伴う記憶として思い出せないのですが、
(以前の情景がモノクロなのです)
小さい時から、会社員をやっていた時までは、
自分に厳しく、人にも厳しかったように思います。
なにせ、いつも過去を悔やんで未来を憂いて、
できない自分を諦めたり、
人と比べた時の、
自分の出来なさ加減を密かに悩んで
いつも自分の心を自分で傷つけていましたし。
本音を言わず、人の気持もよくわからず、
傷つくのが怖かったので、
当たらず触らずに、表面的に人と接していましたし。
まるで心の中は北方の無人島に吹きすさぶ北風のような。
今は、
魂の叫びに、毎日毎日耳をすまし傾け、
自分は何が好きなんだ、どう生きたいんだと問いかけ、
魂が喜ぶ生き方を模索する、
例えると、イチローが野球で一生懸命工夫するような
(そんなに高級でもないし結果も違いますが)。
だから深~いところで、
魂がとても喜んでいます。
そして死ぬまで追求していき、
これからの未来ももっともっと楽しいところに変えていきます。
何に喜ぶか、が、
まさに人それぞれの独自性、あるいは使命、もっと言うと天命で、
僕にとってこの喜ぶありようが、
人からみたら厳しそうに見えるだけなのだと思います。
マラソン苦しいのに、なんで走るの、的な。
人に甘い、かどうかは、
いろんな甘さがあるし、
100人いたらその100人がどう感じるかに左右されて、
それは自分のコントロール範囲外にあるので、
わかりません。
とはいえ、
西郷隆盛の座右の銘、
『敬天愛人』 = ”天を敬い 人を愛する”というのがありますが、
僕のミッションステートメントの中の一行に、
「常に心は天を想い、天を相手に人と関係する」http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1776093596&owner_id=2892939というのがあって、
毎日、というか、
最近では起きている間、
できるだけ常に意識するようにしているところで、
おそらく、僕の中では、
究極に、人に甘い、というか、
”人に優しい”人との関係のあり方だと思っているので、
ひたすらに、これを目指すのみです。
ということで、
僕の目指す世界は、
誰もが静かなワクワクを胸に持ち、
周りの人達とよりよい魂の喜び合いと磨き合いをしながら、
その世界を拡げていくこと、
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1495255347&owner_id=2892939ということで、
即ち結論は、
深~いところで僕は、
「自分に超甘く、人に超甘い」
人間だと思っています。