2011年、

今年は、外見的、外の環境的に、

あまり変化はありませんでしたが、

内面的に人生最大の変化がありました。



ということは、この変化が外に出てくるのが、

来年、ということで、

自分の歴史上最も楽しみな年になります。



全ての存在が、

自分の見方一つで学びになりうる中で、

多くの学びをくださった周りの皆さんには、

感謝しかありません。

今のように生きていてくださって、

本当にありがとうございます。



いただいた感謝を増幅して世界に還元すべく、

来年、全速力で行動していきます。



本年はありがとうございました。

良いお年をお迎えください!

ある友人とやりとり中、

「私は自分に甘く、人にも甘いんです。」
とメールしたら、

「古田さん、自分には厳しそうなイメージなのに意外です(笑)」


と返信がありました。
そう見えるだろうなぁ、というのは何となくわかります。



5,6年前、会社を辞めて独立してから、
それ以降の人生がとても眩しくて(内面的に)、
それ以前の自分の嗜好や指向や志向や思考を、
あまり実感を伴う記憶として思い出せないのですが、
(以前の情景がモノクロなのです)

小さい時から、会社員をやっていた時までは、
自分に厳しく、人にも厳しかったように思います。


なにせ、いつも過去を悔やんで未来を憂いて、
できない自分を諦めたり、
人と比べた時の、
自分の出来なさ加減を密かに悩んで
いつも自分の心を自分で傷つけていましたし。


本音を言わず、人の気持もよくわからず、
傷つくのが怖かったので、
当たらず触らずに、表面的に人と接していましたし。
まるで心の中は北方の無人島に吹きすさぶ北風のような。





今は、
魂の叫びに、毎日毎日耳をすまし傾け、
自分は何が好きなんだ、どう生きたいんだと問いかけ、
魂が喜ぶ生き方を模索する、
例えると、イチローが野球で一生懸命工夫するような
(そんなに高級でもないし結果も違いますが)。
だから深~いところで、
魂がとても喜んでいます。

そして死ぬまで追求していき、
これからの未来ももっともっと楽しいところに変えていきます。

何に喜ぶか、が、
まさに人それぞれの独自性、あるいは使命、もっと言うと天命で、
僕にとってこの喜ぶありようが、
人からみたら厳しそうに見えるだけなのだと思います。

マラソン苦しいのに、なんで走るの、的な。


人に甘い、かどうかは、
いろんな甘さがあるし、
100人いたらその100人がどう感じるかに左右されて、
それは自分のコントロール範囲外にあるので、
わかりません。


とはいえ、

西郷隆盛の座右の銘、

『敬天愛人』 = ”天を敬い 人を愛する”


というのがありますが、
僕のミッションステートメントの中の一行に、

「常に心は天を想い、天を相手に人と関係する」


http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1776093596&owner_id=2892939

というのがあって、
毎日、というか、
最近では起きている間、
できるだけ常に意識するようにしているところで、

おそらく、僕の中では、
究極に、人に甘い、というか、
”人に優しい”人との関係のあり方だと思っているので、
ひたすらに、これを目指すのみです。



ということで、
僕の目指す世界は、

誰もが静かなワクワクを胸に持ち、
周りの人達とよりよい魂の喜び合いと磨き合いをしながら、
その世界を拡げていくこと、

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1495255347&owner_id=2892939


ということで、
即ち結論は、

深~いところで僕は、

「自分に超甘く、人に超甘い」

人間だと思っています。

金八先生第二シリーズ。

名シーン。
『腐ったみかんの方程式』

ふと思いだして、
残したいとずっと思っていたので、備忘録です。


★★★

金八と、
札付きのワルである加藤優(かとうまさる)。
加藤優は、前の中学の荒谷二中(あらやにちゅう)を追い出され、
桜中学に転校してきていた。
まだこの時は、加藤優は金八に心を許していない。


ある時、金八担任の教室のそれまでの番長格(松浦悟)に、
足を引っ掛けられ転ばされる。
それまで何とか自分を抑えてきたが、
その瞬間、加藤優はブチ切れ、
松浦が呆然とするほど教室で大暴れし、
教室を飛び出す。


金八は、
加藤優が逃げ込んだ、
ワルの溜まり場「スナックZ」に、
ワル達の要求「金八一人で来い」に従って、
震えを抑え、意を決して一人で乗り込む。

(本編は以下のリンクへ)

「腐ったみかんの方程式(その2)」
http://www.geocities.co.jp/SweetHome/4677/KP/KM2.htm

★★★




自分のプライドとか立場とかじゃなく、
自分の命とかじゃなく、
議論に勝つ負けるじゃなく、

そういう他を全て捨てて、
その光る魂だけを掴みにいく。


ドラマですが、
全部が詰まってる。
本当に素晴らしい…。
ここ2,3日京都にいます。
普通にお寺の鐘の音が街に響いてとても風流です。



さて、
積み重ねられた歴史を感じさせられるこの街を歩いて、
ふと思った。



今の文明ができる前、
外を歩きまわるのは、
他の動物や、人に襲われる危険が、
常につきまとっていたんだろうなぁ。


戦国時代、江戸時代。
土地が切り開かれつつある時代でも、
動物や山賊の脅威、斬り捨て御免な無法な法。
いつ殺されてもおかしくない。


世界大戦時代、
いつ国家間の戦争に駆り出されてもおかしくない。




そして今、


現在の人類、ホモ・サピエンスの20万年の内の、
ほんの70年間、


今は、
たいていの場合、
外を歩いていて誰かに殺される危険はゼロに近い。

文明によって自然の脅威を遮断し、
法によって人間の無法な行為を抑制し、



今、億の人間がいるこの国の中で、
命の安全性はほぼ確立されている。

こんな奇跡のような仕組みの世の中を勝ち得るまでに、
いったいどれだけの何かが犠牲にされ、
何億の人間が血を流してきたんだろう。


まだ、飢餓で大人になる前に亡くなる子が、
世界で年間500万人いるこの世界で、

自分は血を流さずに済んでいて、
ご飯を食べれて、
今、自分が幸せである、
という現実をいくらでも探すことができるし、
幸せを追求することを選択することも自由にできる。


なんて自分は運がいいんだろう。




地元スーパーの露天で大判焼きを売っていたので買って食べた。

そんな歴史と世界を考えてみたら、
奇跡的に美味しい一口だと思った。
りーちゃんという女の子の話。


「強い子」

http://www.youtube.com/watch?v=2OLsdTdHm6s






これはある難病の女の子のお話です。



女の子は進行性の病気で入院していて

頭や体のあちこちに器具がとりつけられていました。



大きな手術が必要で

うまくいかなければ命を落とすこともあるそうです。



お母さんはそんな彼女を見ると悲しくてしかたありません。


「どうしてうちの娘がこんな姿に…」





女の子は大好きなお母さんを元気づけたくて

見舞いにくるお母さんを

いつも笑顔で迎えていました。




女の子は童話を読むのが大好きで

自分でもよくお話をつくっていました。


そしてお母さんのために

「強い子」

というお話をつくりました。




~~~



それは彼女が生まれる前のお話です。


ある日

神様に呼ばれて行くと

たくさんの赤ちゃんたちが並んでいて

一人ずつプレゼントをもらっています。



「あの町にうまれたい」

「お金持ちの家にうまれたい」


神様はどんなことでもかなえてくれるのです。 




女の子の順番がやってきましたが

何がほしいか決まっていませんでした。




ふと見ると

神様のうしろに


「重い病気」


というプレゼントがあります。




「これは誰がもらえるの?」



「いちばん強い子だよ

 このプレゼントをもらった子は

 生まれてからすごく苦しいんだ。


 だから

 いちばん強い子にしか

 あげられないんだよ。」



女の子は思いました。

「他の子がこのプレゼントをもらったら

 その子にあったときつらいだろうな…。」



そして神様に言いました。


「そのプレゼント 私にください。

 私がいちばん強い子よ。


 他の子にはあげないで


 他の子が苦しむのはいやだから。

 私がいちばん強い子だから

 私にちょうだい。」




 「君が来るのをまっていたんだ。

 君がいちばん強い子なんだね。」


~~~




ねえママ


そうやって神様にお願いして

私は生まれてきたんだよ。



お母さんは

涙を流しながらも

笑顔で

女の子を抱きしめました。


さて、今日も、
月に一度くらいの、
自分の心の中を赤裸々に表明する、
恥ずかしい日記です。



ここ半年~1年くらいだろうか、
毎朝晩、部屋に戻った時等、

神棚に祈るようにしています。



いつも、ここに書くことによって、
びしっと自分に補強されるので、

本当は、自分の心の中で粛々と育てるもので、
人に表明することじゃないと思いますが、

どんなことを祈るのかを試しに記録してみます。


変なやつ、と言われても、
全然構わないです(笑)。



ベースはこれです。
『宇宙と天と神と己』
http://bit.ly/p9l34f

人生のミッションステートメントと共に、
ほぼ毎日、この文章を唱えているので、
僕の世界は、既にこのように定義されてしまいました(笑)。

自分でしっくりくる世界の定義を自分で考えに考えて、
できた世界が、自分の世界の基盤になる、
というのが不思議な気がします。




さて、祈りはこんな感じです。
ほとんど一字一句、これを唱えています。


「かけがえのない素晴らしい朝をいただき、
 本当にありがとうございます。
 感謝いたします。

 天と繋がる己の魂の無限の力を最大限発揮して、
 本日も、
 天命に従い、神意を成就すべく、人事を尽くします。

 私の天命は、世界に喜びを拡げ続けることです。
 そのために、
 己の命を、
 天に委ね、神に預け、魂に捧げます。

 存分にこの命をお使いください。
 使える命にお変えください。

 あなた(目の前の神様)の、
 そして皆様(両親、親族、この土地、この地域の守り神様)の、
 開運を祈念いたします。

 (よしやるぜっ!)」



という感じです。


こうしたいという思い描く現実世界があって、
その実現はまだまだ途中ですが、
これを半年やって気付いたことですが、

自分の願望が透き通ってきて、
何でも、何やっても許される気持ちになってきました。

だって、天命なんだし(笑)。
ふと、
次から次へと課題が発生するなぁ、
と思って、そうだそうだ、と
過去の書きためたネタの一つを思い出しました。

似たような日記をたくさん書いていますが、
【刃を研ぐ】(7つの習慣)
ということで、載せます。


ところで、
およそ1年前、去年の年末に、
書きためたネタの中から何となく選んで、
在庫一掃セールをしましたが、

やはり1年経って…、
今数えたら、
新たに陽の目を見ていない書きためた日記が、
300個くらいになってました…。

その時の行動や感情に沿ったものを載せる、
ナマモノなので、
タイミングがずれると、
もう違う、という感じで蔵にしまったままになってしまいます。

こういう、文章を書くことを、
自分の人生にもう少し何か積極的に生かせないかなぁ、
とちょっと考えてしまいます。





閑話休題。

『一病息災』

【少しくらい病気があった方が、気を遣うのでむしろ長生きする】



・傷があった方が、強くなれるし、人に優しくなれる。

・予防接種は、毒性を弱めた状態の病原体そのものを
 体に事前に投与することで免疫力を高める方法。

・失敗は成功の母。

・ナマコには脳が無い。
 苦労なく、口を開ければ食べ物が入ってくるから、
 考える必要が無いからだそう。
 その状況が100%安心。
 だから、進化の必要もない。

・ある、か弱い小魚を、船で輸送する時、
 以前は大量に死んでしまっていたそう。
 ある時、その水槽の中に、天敵の魚を一匹入れたら・・・。
 なんと、ほとんどの小魚が生きていたとのこと。
 減った分は食べられた分だけ。
 死ぬまいと、一生懸命になることで、
 本来の生きる力が呼び起こされたのだろうか。

・「あなた方は、成功した人を凄いなぁ、と思うかもしれません。
 尊敬することはいいことです。
 でも、99%凄いなぁ、と思ったとしても、1%。
 『ペッ、オレでもできるわ。』とツバを吐いてください。」




人生のあらゆるシーンで、
多くの場合100%の満足ができなかったり、
あるいは間断なく問題が発生したり、
心配は尽きません。

もっと良くなれる、
まだまだ変われる、

と考える出来事ができてしまうのは、
苦しみの元なんでしょうか。

それとも
改善の元なんでしょうか。




僕にとっては、

無駄なものは一切ないこの世の中で、
天から与えられた貴重な恵みとして、
それ自体を楽しみ、

たとえ世界一の安楽を手に入れたとしても、
一生、その1%を大事に活かしていきたい。
とてもおもろいので、備忘録です。

とかく現代は、
難しく考えすぎるきらいがある気がします。

あくまで主観ですが、
あまり難しく考えてしまって、
且つ矛盾や汚れを認めない論理思考を追求していきながら、
結局大きな矛盾を抱えて堂々巡りをしてしまってる成功テクニックのような。


悟りは、シンプルな真理に、
理屈無しに体全体で納得できること、なんでしょうか。

悟ったことがないので、
わからないんですけれど・・・。

すごいなぁと思う人って、
だいたいみんなとてもシンプルな気がします。




~新訳 般若心経~

超スゲェ楽になれる方法を知りたいか?

誰でも幸せに生きる方法のヒントだ

もっと力を抜いて楽になるんだ。

苦しみも辛さも全てはいい加減な幻さ、安心しろよ。

 

この世は空しいモンだ、

痛みも悲しみも最初から空っぽなのさ。

この世は変わり行くモンだ。

苦を楽に変える事だって出来る。

汚れることもありゃ背負い込む事だってある

だから抱え込んだモンを捨てちまう事も出来るはずだ。

 

この世がどれだけいい加減か分ったか?

苦しみとか病とか、そんなモンにこだわるなよ。

 

見えてるものにこだわるな。

聞こえるものにしがみつくな。

 

味や香りなんて人それぞれだろ?

何のアテにもなりゃしない。

 

揺らぐ心にこだわっちゃダメさ。

それが『無』ってやつさ。

生きてりゃ色々あるさ。

辛いモノを見ないようにするのは難しい。

でも、そんなもんその場に置いていけよ。

 

先の事は誰にも見えねぇ。

無理して照らそうとしなくていいのさ。

見えない事を愉しめばいいだろ。

それが生きてる実感ってヤツなんだよ。

正しく生きるのは確かに難しいかもな。

でも、明るく生きるのは誰にだって出来るんだよ。

 

菩薩として生きるコツがあるんだ、苦しんで生きる必要なんてねえよ。

愉しんで生きる菩薩になれよ。

全く恐れを知らなくなったらロクな事にならねえけどな

適度な恐怖だって生きていくのに役立つモンさ。

 

勘違いするなよ。

非情になれって言ってるんじゃねえ。

夢や空想や慈悲の心を忘れるな、

それができりゃ涅槃はどこにだってある。

 

生き方は何も変わらねえ、ただ受け止め方が変わるのさ。

心の余裕を持てば誰でもブッダになれるんだぜ。

 

 

この般若を覚えとけ。短い言葉だ。

意味なんて知らなくていい、細けぇことはいいんだよ。

苦しみが小さくなったらそれで上等だろ。

嘘もデタラメも全て認めちまえば苦しみは無くなる、そういうモンなのさ。

今までの前置きは全部忘れても良いぜ。

でも、これだけは覚えとけ。

気が向いたら呟いてみろ。

心の中で唱えるだけでもいいんだぜ。

いいか、耳かっぽじってよく聞けよ?

 

『唱えよ、心は消え、魂は静まり、全ては此処にあり、全てを越えたものなり。』

『悟りはその時叶うだろう。全てはこの真言に成就する。』

 

心配すんな。大丈夫だ。





http://www.qetic.jp/blog/pbr/?p=1502

http://dic.nicovideo.jp/v/sm11998050

http://www.nicovideo.jp/watch/sm11998050

最近、ある思いついた考えを深めるための一つとして、
ネットを検索したりすると、
『ほぼ日刊イトイ新聞』に突き当たることが多い。

http://www.1101.com/

日記で紹介したほぼ日刊イトイ新聞のコンテンツは、
このサイトのトップページからたどって見つけたのではなく、
全部、全然関係ないところから検索したりリンクされていたりして、
読んだ記事です。


糸井重里さん、凄い…。
生き方が、なんていうか、
ボディブローのようです。




さて、
今回ヒットした記事、
トイ・ストーリー3のアートディレクター堤大介さん
『スケッチトラベル』より。

”一つのスケッチブックに、
世界の名だたるアーティストに、1ページずつ絵を描いてもらい、
世界中を旅して埋められたスケッチブックをオークションに。
そして、そのお金で、ラオスに図書館を作る。”


お金にならない、真剣そのものの”道楽”が、
人生や、世界にどんな影響を与えるんだろう。


自分にとってのよりよい生き方の模索中、
ヒットしました。


ここから、
http://ghibli.jpn.org/report/sketchtravel-2/

ここへ。
http://www.1101.com/sketchtravel/2011-10-17.html


いろんな方面の気づきが得られる長文で、
以下はごく一部の抜粋です。






~前 略~

堤:
ピクサーでやっている仕事のほかに、
お金にならない‥‥といいますか、
ただ単に「好きだから」という理由だけで
やるようなことがないと‥‥
つまり、本業以外のところで
新鮮なインスピレーションを得ていないと
ピクサーでも
ちゃんとした仕事はできないんです。


~中 略~

糸井:
つまり「遊べ!」ってことなんですよ。
ようするに、
「おもしろいから、寝られないんだ。
 大好きだから、止められないんだ」
なんです。

堤:
はい、そのとおりだと思います。

糸井:
そして「もうダメだ」と思うときが
いちばん「伸びる」ときでもあって。

堤:
はい、それも、本当にそうです。

「もうだめだ」というときに止めちゃうのか、
「オレは、こんなに絵が好きなんだから、
 この苦しみを乗り越えるくらいは
 たいしたことない」って思えるか、どうか。

糸井:
「こんなに好きなんだから、
 何かあるはずだ」って思えるわけですよね。

これ‥‥伝わってほしいなぁ。

~後 略~








苦しいからやめてもいいんだよ。
苦しいからこそ成長があるんだよ。



100人いたら100通りの生き方やその時の状況があって、
正解はない。

そして、目的はみんな一緒。
”より良い人生を生きたい”。


全ては多様性と可能性。


一つの考えに閉じこもらず、
あらゆる可能性を楽しんだり尊重したりしながら、
感性と思考と行動によって、
自分の人生や、自分と世界との関係を追求していきたい。
今日は地元の小野は霜でかなり冷え込みました。
日陰は雪が残っています。


ところで、
雨や霜や雪で道路が滑りやすいと、
よく思い出す出来事が。



今、母と同居していますが、

いつの頃からか、
出掛けに「行ってきます」と握手する習慣になっていて、
その日も、慌ただしくしつつも、
握手をして「行ってきます!」。



ところで、
玄関に向かう背中に向かって、
いつも母は何か送る言葉?
というか捨て台詞的に(笑)何かの言葉を
投げかけるんですが、


例えば、甥の小5の悠矢に対して、
「頑張るんだよ!」
「気をつけてね!」
「ちゃんとやるんだよ!」

という感じ。




さて、その日の朝は雨。
急いでいて話もできず、
ダーッと母の所に行って、ガッと握手して、
「行ってきます!」。

そして、慌てる背中に向かって母が一言、


『滑るよ!!!』




思わず振り返ってしまった(笑)。





言葉は言霊。
思考は現実化する。
言葉は心を反映する。
言葉はそのまま未来を暗示する。

だから、
自分の心を磨いていくこと、
発する言葉、
をとても大事にしたい。




とはいえ、

とっさに伝えたかったニュアンスの言葉がでなくて、
全く意味が違ってしまい、
もんどりうって後悔した事などごまんとあるし、
伝えたいことが伝わらなかった歴史が、
自分の歴史とも言えるし。





なので、

人が発した言葉など、
ディテールに過ぎない。


自分のフィルターを通して聞こえてきた、
その言葉を発した人の背景にある、
思いを大切にするために、
自分のフィルターを磨いていきたい。