昨日の夜と、今朝、走りました。

+4.0+3.0(66.2km)



昨日の夜、ふと、
甥(小5)の悠矢に、

「一緒に走る?」


と言ったら、

「走る!」

ということで、夜8時頃でしたが、走りました。






星空を見ながら、
ゆっくり歩いたり走ったり。

どこを走るかは、
あえて全部悠矢に任せ、
気持ち的に、僕は悠矢の1ミリ後ろを走る感じで。




「どっち行く?」

「うーん・・・、こっち!暗くて怖そうな方!」

「ほう、なかなかやるじゃないか。」

「うん、その方がレベルが上がるんだよ。」(ゲーム的(笑))





「ねぇにいちゃん(注:続柄はオジです)、
今度チョコレートの作り方教えてよ。」

「ん?チョコは作ったことないなぁ。
 ネットで調べればわかるけど。えらい本格的だなぁ。」

「うん、、、手作り返さないと、チョコくれないって言うんだよ。」

「そうなんだ笑、欲しいんだ。」

「うーん、欲しいって言うか・・・。」





「僕ねぇ、これは○○が言ったんだけど、
 ※※と、△△が、僕の事好きなんだって!」

「ホント~、それは素晴らしいなぁ。
 悠はどうなの。」

「うーん、僕はどうでもいいけど。」

「へ~、でも、とてもありがたいから、
 大事にしたいよなぁ。
 悠は好きな子いないの?」

返事なし。





「僕ねぇ、腕立てできるようになって来たよ!」

「ホント~、すげえなぁ、練習してんだ。」

「うん、力こぶできてきた。」

「それで強くなって、好きな子守れるといいよなぁ。」

「うん、悪いやつが来たら、
 こうしてああしてこんな感じで!(ゲーム的)」






「ねぇにいちゃん。」

「ん?」

「人間ってなに?」

「ん?・・・うーーん、、、永遠の課題だよなぁ・・・。」






満天の星空の下で、
夜が更けていく。

最近はジョギングネタばかりですが、
新しいことを始めると、
気づきがたくさんなのと、
そこから派生していろいろもっと新しいことが発生するので、
しょうがないです。



さて、 

今朝は、1時間寝坊をしてしまったので、
日の出と共にジョギング開始。

(2.7km(59.2km))


もう、街が動き出しているので、
ひとけを避けて(笑)、山の方へ。


ふと、いつもは行かない山の入り口のほこらの方へ行き拝んでみたが、
ふと、山にもっと入って登ってみたくなったので、
5分ほど上の方に、
小枝をかきわけ雪をザクザク踏みながら登ってみた。



冬なので葉が落ちて、
空からの光がこぼれる森の中。

チュチュッ、チュチュッと、
鳥の鳴き声がする。


しばらく静かに佇んで、
森の空気を満喫していてふと見ると、

実は鳥ではなくて、
・・・リスだった。


30mほど向こうの大木を住処として、
見ただけで7,8匹のリス達が、
せわしなく登ったり降りたり、
その周りを走りまわったり、戯れあっている。

この寒いのによく元気に生きてるなぁ。



これはステキな光景だなぁ、と思って、
仙人のように気配を消して、
ジーッと彼らの息遣いを感じながら、眺めていると、


四方八方にすばしこく走りまわる中の、
一匹が、こちらの方に近づいてきた。


2m。

相手は全く気づかず、目の前を、
ササササーッ、と通り過ぎていった。


うちのクゥちゃん(家ネコ)のちょっと出っ張ったお腹に比べて、
なんてすばしこくて生命力に満ち溢れているんだろう、
と思いつつ(笑)。




一呼吸置いて、
山を降り、

ほこらに挨拶をして、
森を出て、青い空と、太陽を拝む。


そんな朝でした。
昨日の夜0時ころ、
地元は曇でしたが、妙に明るく、
1時間ほどしたら雲が晴れて、
綺麗な満月でした。

三日月も、
半月も、
満月も、

月は絵になりますね。



さて、

昨日も深夜走りましたが、
(+1.6km(56.5km) )


ふと思い立って、
お墓で、これをしてみました。

『悪霊に襲われない方法』

http://bit.ly/z0hDkW



昨日の日記では、
お墓が怖かったですが、

ご先祖様達からしたら失礼な話で、


敵ではないし、
ある意味、敵などいないし、

自分を捨てる、というか、
身を預ける感じにしてみたら、
怖くないお墓に戻りました。





結局、
自分を過剰に守ることを考えると、
余計怖くなるんだろうか。


怖がる、というのは、
生き残るための動物の習性かもしれず、


自分の中に渦巻くあらゆる感情は、
生物の億年の進化の歴史の中で、
生き残るために、
数十億年の命の危機をくぐり抜け、
生物が開発してきたものかもしれないですが、



今、この時代の、
さらに自分ローカルの部分については、

今と、思い描くより良い自分の未来に合わせて、
感情のカスタマイズができれば、



と、鎮守の森に守られた、
古田家のお墓達の中で、

森の隙間の夜空に覗く、
月を仰ぎ見ながら思いました。

昨日の夜、

雨の中をカッパ着て走りました。


やる前、
どうしようかな・・・と一瞬悪魔が顔を出しましたが、

日記に書いてしまったし、
最近の自分のキャッチフレーズ、

『チャレンジする方を選択する』
『1秒で決断する』


を課しているので、
やむを得ず、カッパ着て出ました(笑)。



気分はボクサー。
なかなか気持よかったです。





ところで、

最近、夜の神社はよろしくない、
という情報を入手して以来、
それまで平気だったのに、

夜の神社とお墓が少し怖くなってしまったんですが、


またしても、

『チャレンジする方を選択する』
『1秒で決断する』


により、
やむを得ず、
神社とお墓を通るルートを選択しました。


そして、
通りながら参拝しないのは、
神様ご先祖様に申し訳ないので、
寄って拝んできました。



怖さのスイッチがすっかり入ってしまって、
お墓の方は特に怖かったですが、


勇気!勇気!
感謝!感謝!
世の中ファンタジー!
人生はドラクエ!お墓はダンジョン!
幽霊なんてドラクエではよくあること!
ピンチはチャンス!
皆様のおかげで生きてます!
皆様に開運!開運~!!


とか叫びながら(笑)、
怖さを振り払いながら、
鎮守の森の中を歩いてお墓に向かい、
お参りしました。


誰も見ていないとはいえ、
我ながら変態だと思います。



『ピンチになったら前に出ろ』 by たぶんマンガ『はじめの一歩』とか


ということで、それが実践できました。



この肝試し、
結構、何かあった時に逃げないクセをつけたり、という、
精神の鍛錬になるなぁ、とか思いました。



夜、雨、神社、お墓、ジョギング、
どの要素も、ごくありふれた日常のことですが、

うまく組み合わせると、
日常の中には、
いくらでも素敵な?ファンタジーに満ち溢れているんだなぁ、

と感じた夜でした。



+3.0km(54.9km)
ヽ(´▽`)/
今日は長野県中部は、

雪ではなく雨です。
氷点下ではないのに、
なぜか寒いです。



ジョギングは夜します。
夜も雨降っていたら・・・、
やめようかと書こうと思いましたが、

ふと、初の、
カッパ着て雨に当たりながらのジョギングにしようかと、
今思いました。

祭りだ祭りだ。
新しい状況は、
何か新しい気づきや価値観に繋がるかも。

楽しみです。






さて、今日も備忘録、
今日も脳科学者の茂木健一郎さんです。

世の中で、
5次元空間あたりで、実は何かで繋がってるんじゃ、
というくらいの、
思考や行動のシンクロの多い人が何人かいますが、


とにかくこの方も、
生き方や考えがシンクロして、
いつも30cmくらい頭を縦に振って同意しながら読んだりします。


~~~

しゅりんくっ! ぷれいりーどっぐくん、おはよう!

「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 本日は、さっきコンビニに歩きながら考えていたことについて!

なぱ(1)こんなことを言うとかっこつけているようだが、私の怒りは多くが義憤であり、私憤はあまりない。「世の中がこうあるべき」なのに「そうなっていない」というのが爆発の大元であって、自分自身がバカにされたり、ないがしろにされたりという場合は、むしろ悲しくなってしまう。

なぱ(2)でも、世の中には私憤で生きている人もいて、おじさん関係にそういう人が多い。そういう人がいると、私は酒場だったらにじにじと横に行って距離を置き、ぱっとドアを開けて後ろを振り返らずに逃げていく。あるいは、そよ風のようにニコニコしていて悟られない。

なぱ(3)自分自身が嬉しかったり得することは、それはあった方がいいけれども、それよりも世の中の矛盾や不条理の方が気になる。これはどうも子どもの頃からの性格のようなものであって、その意味では、「世渡り」という意味においては、随分損をしているように思う。

なぱ(4)あくまで義憤であって私憤ではない、という点に加えて、もう一つ大切にしていることがある。それは、私の怒りの対象は制度やシステムであって、決して生身の人間ではないということ。これもかっこつけているようだが、実際そうであって、譲れない一線だと思っている。

なぱ(5)たとえば、私は記者クラブを批判するけれども、それは制度やシステムとしての記者クラブであって、そこで実際に働いている記者さんたちにはむしろ温かい気持ちを持つと思う。それぞれ生活があり、人生がある。生きること自体は肯定するのであって、それが人間どうしだから。

なぱ(6)東京大学の入試のあり方が問題だ、国際化していないと批判はしても、一人ひとりの先生方を否定しているのではない。東大には大切な友人がたくさんいるし、母校でもある。批判は、あくまで、システム、制度に向かっているのだ。

なぱ(7)英語で、Nothing Personalという言い方がある。よく、議論が紛糾して、みんながきりきりし始めたときに、誰かがNothing Personalと言う。ナッシング・パーソナル。この精神を貫くことが大切だと思う。そうでないと、単なる私憤合戦、肉弾戦になってしまう。

なぱ(8)改革に必要なのは、Nothing Personalの精神ではないか。坂本龍馬だって、別に江戸幕府の人たちが憎くて走り回っていたわけではない。あくまでも、新しい日本へ向けての「オペレーティング・システム」の書き換えを図っていたのだ。個人の問題にしてはいけない。

なぱ(9)今の日本を見ていて気になるのは、異を唱えるにしても、システムを変えようとするにしても、Nothing Personalどころか、むしろ個人攻撃や、敵対心が見えることだろう。それじゃあ、いい結果にはならない。何よりも、私事や私憤に囚われている人は、端から見て美しくない。

以上、「ナッシング・パーソナル」の連続ツイートでした。

~~~


昨日、
同級生の友人と会う予定でした。

しかし、予定時刻になっても来ず、
電話、メールをしても連絡なし。

その間、やりたいことはいくらでもあるので、
それをやりながら、

「寝坊か?」  とも思ったけれど、

「事故とかじゃなければいいなぁ。」 とも思えた自分が嬉しい。


予定から3時間後、携帯メールが。

「ごめん、寝坊した(泣)。」



コノヤロー・・・、というカラッとした笑い、
社会人として大丈夫かい、という親心と共に、

「いいよいいよ、事故とかじゃなくて良かったよ。」


と言えるようになった自分を見て、
また少し自分を好きになりました。

今朝の地元小野は、
50%曇り空、ちょっと寒さは緩んで、
体感マイナス5~10度くらいです。

走るルートの基本は、


地元の小野神社+矢彦神社参拝 → 古田家お墓お参り

 →自宅の庭で日の出 を拝む。


という感じですが、


神社でお祈りをしていると、
2,3匹の鳥の声が、

深い鎮守の森の中で、
静かに響いていました。


この寒いのに、
よく生きていけるなぁと思いつつ、

ほんの少しだけ、
春の匂いを感じました。


+3.3km(51.9km)




さて、今年から、


『袖すり合うも他生の縁PJ(プロジェクト)』


を展開しています。


”袖すり合うも他生の縁”

”ちょっとしたかかわり合いも、
生まれる前からのめぐり合わせによるものだということ”

~ことわざ百科より~





それに合わせて、


・『トゲを抜くPJ』
 http://bit.ly/wX8Fkw

・『同級生盛り上げPJ』

・『アドレス帳復活PJ』

・『余命1000日PJ』

・『世の中で自分にしかできないことPJ』

・『お世話になった人に会うPJ』

・『20のライフワークPJ』
 http://bit.ly/y7JTEh

・『ラーメン二郎全店制覇PJ』(滞り中)
 http://bit.ly/ilHIRT


など、まだいろいろ、
くだらないのも含めてたくさんあって、
詳細は追々ネタにするかもしれませんが、
いろんなプロジェクトを推進しています。



変なやつでしょう。

いいんです(笑)。

人生とは、壮大な暇つぶしなんです。
http://bit.ly/pElmkK

盛大に、最高の暇つぶしをしていきたい。





基本的に、
人生をより素敵に変えていくことも、
豊かな人生を送ることも、

全ては”人”との出会いだと思っているので、
生きている限り、その可能性を拡げていきたい、

http://bit.ly/rtcUdD

という思いがあるので、
ご縁の広さ、深さは人それぞれだと思いますが、


力の限り、
追求していきたいと思っています。



ご縁があってこれ見てくださっている方、

無碍にしないでくださいね[m:49]
地震を発端とした、原発放射能問題について、
いろんなニュースや意見が飛び交っています。

さて、
賛否両論の超現実主義者、
池田信夫さんのBlogより、


『最悪の危険物質タバコ』
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51770573.html



これによると、病気のリスクを減らすには、
以下を行うと良いようです。


・煙草をやめ(30歳の時に完全にやめました)、

・塩分や刺激物を控え、

・軽い運動を継続的にやり、

・甘いものを控え、

・酒を控え、

・ピロリ菌を除去し、

・動物性油脂を控え、

・栄養バランスを強化して免疫力を上げ、

・マーガリン、ショートニングを控え、

・食べ過ぎを控える。



これらにより、
単なる長生きだけでなく、
健康に長生きすることで、

介護などで人に迷惑をかけず、
自然な寿命に近い形で、
ぴんぴんコロリ(ぽっくり死ぬ)、

ができるということでしょうか。



結構、意識しながら生活しているので、
ピロリ菌以外は何となく大丈夫そうです。




とはいえ、

”病気にならないため”に生きているわけでもないし、

不快や不幸から逃れるために生きているわけでもないし、

長生きすることが人生の目的ではないし。




僕は、
この、命という人生を遂行する道具を使って、
想いを世界に表現しながら生きていきたい。





つまり、

僕はラーメンが大好きで、
いろんな地方地方に行くたびに、
美味しそうなラーメン屋に後ろ髪引かれながら、
通り過ぎるのですが、

さしあたり、


塩分過多、動物性油脂過多、
栄養バランス最悪、食べ過ぎ危険な、
刺激的食べ物である、

ラーメン二郎が食べたい。

http://mixi.jp/view_diary.pl?id=426713245&owner_id=2480762
http://bit.ly/wRrG7X



ラーメン二郎を食べるには、
心身ともに充実していることが必須なので、


ラーメン二郎という、
人生の喜びを満喫できる食べ物を、
いつまでも美味しく食べたいので、

日頃から健康をコントロールしていると言えます。





~~~

二日間サボってしまいましたが、
今朝は走りました。


マゾではないので、
早く起きるのも、寒いのも、
それ自体、全く喜びではありませんが、


それを超えて、
走りながら感じる、
空気、空、景色、身体の細胞の脈動、今生きている感、


走り終わった後の、
自分をコントロールしたった充実感は、
何者にも代えがたい気持ちよさです。


1時間並んで我慢して期待して、
食べるラーメン二郎の旨さと繋がるかもしれません。


+3.0km(48.6km)
3日ぶりに自宅に帰り、今朝。


3日前に入れたままの部屋の中のポットの水が、
完全に凍りついていて、
そんなことは今まで無かったので、
たぶんマイナス20度前後になったであろう全てが凍てつく朝。


目覚めた時、
ものすごい空気の冷たさを感じて、
布団の暖かさに生気を吸い取られそうになったけれど、

布団の中で伸びをしながらいつもの儀式。


1.
「ああ~~!今日も素晴らしい朝っ!!ありがとうっ!!!」と叫ぶ。
『何万回も繰り返される朝』
http://bit.ly/AodL0q

2.
そして、”布団の中で”、これをやってしまい、
『朝の祈り』
http://bit.ly/u2CRU2

3.
それでも今日は、
あったかい布団の精霊の甘い言葉を振り払えず、
これをイメージ。
『ドラクエ9オープニング』
http://bit.ly/yZmmlO
”よし今日の冒険開始だ!”ってワクワクなるんです。

そうすると、全く苦もなくガバッと起きられる。
昔ドラクエにハマって良かった(笑)。

4.
そして念のため、寒さに負けないように、
腕立て55回して体の中から熱を生産。
『朝の腕立て伏せ』
http://bit.ly/xWtXn8

5.
そして、神棚にて、
開運祈願のシメ。


という感じで元気に起きました。


きっと元気って、
筋トレと一緒で少しずつ地道に育てるものですよね。
心トレ?





さて、

朝10時までに、
細々(こまごま)としたことはやってしまうぞと、
『朝10時までに仕事は片づける』
http://amzn.to/wh4DEz


部屋の片付け、洗濯、アイロンがけ、
ゴミ出し、家中のストーブの石油入れ等々、

何やかやせわしなく家中を走りまわっている中・・・、



家ネコのクゥちゃんが台所のストーブの前の椅子の上で、
じっとしている。

まなびーの『ドラクエ型人生』-20120203クゥちゃん1


通り過ぎる度に、声をかけ、頭をナデナデする。

母も、
とても働き者で、
いつもせわしなく、書道や家のことをこなしていて、

母もバタバタ家の中を歩きまわっている。


そして母も、
クゥちゃんに、声をかけ、頭をナデナデする。



1時間後。

まなびーの『ドラクエ型人生』-20120203クゥちゃん2






早回しにしたら、
周りはきっと霞んで見えないくらい動き回っている中、
ヤツだけは、ここで静かに佇んでいる。







ただここに、
いてくれればそれでいい存在。


心に思ったやりたいことを、
ただやるだけの存在。


これは一つの、
理想の世界だ。


すごいよクゥちゃん・・・。
昨日から、長野市の飯綱町に、

また来ています。


先日は、正確には信濃町で、
ここは車で、
信濃町からほんの5~10分の長野市側に降りたところですが、
雪は信濃町の半分くらい(屋根の雪は50cmくらい)です。

で、長野市街地はほとんど積もっていません。

すごい気候の違い。




さて、昨日も、夜走りました。

+5.0km(45.6km)



走りながらふと、民家の玄関の軒先に、
手の届くところに、
1mくらいのぶっとい巨大なつららが降りていた。

すごいっ!
と思ってそれを折って手に持とう、
と思った瞬間、

ある光景が目に浮かんだ。




毎日、大きくなるつららを楽しみにしている、
この家の男の子。
たぶん小学校3年くらい。

限界まで大きくなったら、
ボキッと折って、

「アイスソード!」

とか言って振り回したりして、
お父さんと楽しそうに遊んでいる。





そして思った。

ああっ!
この子の喜びを奪ってはいけない!

ちょっとウズッとして、
ただスカっと折りたいだけの、
小さな欲求を満たすだけ、

自分のことだけ考えて、
この子の大きな喜びを奪ってはいけない!






そして、こんなことを思い出した。



『仕事のヒント」神田昌典365日語録 No.207』

より。


 キーワード:
 あなたが他人のために手放す決意をすれば、
 それ以上のものが手に入る。


 解説:
 ある教会での話。

 「あなたの持ち物のうち、
 2番目に大切なものをもってきて、
 それを他の方に差し上げてください。」

 そういわれて、信者30人が集まって、
 それぞれ大切なものを交換した。すると、その結果は?
 
 答え:30人全員が、その二番目に大切にしていたものより、
 もっと欲しいものを手に入れることができた。






僕は、
このつららを折る欲求をガマンして、
自分にとってもっと素敵な、
自分らしい願いを叶えることができる。

この子に譲ることで、
この子も、僕もより良い願いを叶えられる。


自分が自分らしくあれる、
最も大切なものだけをいただき、
あとは地球に返す。

皆がハッピー。
これが全員を生かす世界のありようではないか。



ここでさらに思う。

僕が今まで得てきたもの。
それも実は、
僕がつららをこの子に譲ったように、

誰かに譲ってもらったり、
あるいは人知れず応援してもらったからこそ、
得られたものじゃないだろうか。


見えない誰かに、感謝。





そして僕は、

つららを折る手を引っ込め、
その場を静かに立ち去るのだった。

昨日は、夜に走りました。

+1.6km(40.6km)


相変わらず-10度くらいですが、

6,7年ほど前のある出来事があった時から、
超寒い時によく思うことがあります。


ところで、

地元の塩尻市小野は過疎の村なので、
産業活性化のために、
必ず地元のガソリンスタンドでガソリンを入れるようにしていますが、

ある昼下がり、
たまたまジャージ来てそのまま入れに行った時、
ジャージ+下着1枚だけなので、
超寒くて腕組んでブルブル震えながら、

「早く車に戻らねば死ぬ…」

とか思いながら、給油していました。
たぶん気温は0度よりちょっと高いくらい。


さて、おかしいなぁと思うのが、
ジョギングする時も、
同じ服装なのです。

今は、早朝は-15度くらいか。
耳が冷気で切れる感じ。
夜も-10度くらい。

そしてジャージに下着1枚。
なのに走る前、玄関から出た時、 寒くない。

いや、寒いけれど、
震えは来ない。




さて冒頭の6,7年前、
まだ東京にいた時の出来事。

あるとても寒い日、ちょっと近所に買い物に。
おそらく0度近くになっていたと思う。

東京で0度近くを薄着で直に空気にあたりながら、
しばらく歩くというのはあまりなく、

「なんだこの寒さは!」

とブルブル震えながら歩いていましたが、
ふと、

「あれ?僕は長野で生まれ育ったんだぞ?
 地元の冬は、-10度はよくあること。
 こんなの大したことないはずだよなぁ。」

と思って、地元の寒さを思い出した瞬間に、

 ”カチッ”

とスイッチが入ったように、
体と精神が北国仕様に切り替わり、
震えが止まったのでした。

相変わらず肌に刺す空気の冷たさはありましたが、
寒さはすっかり消え、
空気のスッキリした冷たさをただ感じるだけ。


その時の切り替わりは、
我ながらビックリしましたが、


たぶん人間というのは、
サイヤ人がスーパーサイヤ人になって、
何かのしきい値が上がるように、

覚悟したり、ギリギリになった時というのは、
生命の底力というのは、
思う以上に強くできているのではないかなぁ、

と思っています。
いろんな事が杞憂で終わることが多いのも、
実はこういうこともあるのかもしれない。




という感じに似たことを、

人生をより良く生きる極意の一つとして、

脳科学者の茂木健一郎さんがツイートしていたので、
またしても備忘録です。





~~~

「連続ツイート」をお届けします。文章は、その場で組み立てながら即興的に書いています! 本日は、昨日帯広に日帰りして思ったことについて!

こさ(1)1月、二度北海道に行った。一回目は釧路郊外の鶴居村。朝、宿の人に聞いたらマイナス22度だった。ひええ。二度目は、帯広。大樹町の人に聞いたら、最近マイナス30度だったという。ひええ。ところが、雪原の中を歩いていると、そんなに寒さに脅かされる気がしない。

こさ(2)脅かされるというのは、心理的にきつくないということである。飛行機で羽田に帰って、東京の曇り空を見たら、かえってその方が寒々としていた。うわあ、ぶるぶる。マイナスにもなっていないのに、これはいったいどういうことなのだろう。人生の至るところにそんなことがありそうだ。

こさ(3)中途半端が一番行けない。気分でも幸福度でも、下り坂の差し掛かり、あるいはそこに行く直前が一番こわい。ジェットコースターで、カタカタカタと上がっていって、いよいよ下る、というそのすぐ前が一番どきどきするのと同じことだ。急降下始めてしまえば、うわあと案外さわやかである。

こさ(4)不幸というのは、どん底に行くと案外その下に微かな甘みがあるものではないかと思う。イギリスのコメディは、そのあたりの消息を描いている。みじめさの中に栄光を見る。失恋をする人は、大切な人を失うんじゃないかと恐れている時に一番不幸である。失ってしまえば、もう仕方がない。

こさ(5)優等生が恐れる「バカだと思われるんじゃないか」という心理も、中途半端だからセコイんであって、突き抜けて大バカになっちゃえばかえってさわやかである。あんなに賢い人が、一方ではバカにもなれると、人間的魅力が増しさえする。こわがってブレーキ踏んでいるからいけないんだよ。

こさ(6)日本がこの20年ずっと不調なのも、落ちる、落ちると思って怖がっているからどう。そう、ぼくたちは落ちました。もうダメです。それで悪いか晩飯食うなと開き直れば、終戦後の焼け野原より悪いことはないんだから、かえってさわやかになる。下り坂で足を踏ん張っているからみっともない。

こさ(7)数字に細かいやつはセコイけど、私の畏友、田森佳秀(@Poyo_F)のように突き抜けてすべて数学になってしまえば、かえってさわやかである。周囲は困ることは多いけれども、本人に異様なまでの存在感が生まれる。この世に一人だけの人になる。中途半端が一番いけない。

こさ(8)貫くこと、突出することのさわやかさを私たちは思い出すべきなのだろう。すべてが微温的になっている。あの人はこういう人なのかもしれない、と不安にさせるよりも、こういう人なのだ、と確定した方がみんな安心する。マイナス一度だと中途半端。マイナス22度になっちまいな!

こさ(9)北海道の人たちが「東京の方が寒い」ということの意味を、極寒の鶴居村と帯広に行き、バカみたいに外を歩いて体感した。寒いから車に乗れ、というのを、寒いのがいいんだ、と断っててくてく歩いた。いや、いいんだよ、マイナス22度。人生のいろいろを、マイナス22度にしたいわな。

以上、「超えるとかえって、さわやかになるんだよ」の連続ツイートでした。
kenichiromogi 2012/01/27

~~~