早朝ジョギングで、自分に課している?テーマがあります。
地元の人とすれ違ったり、声が届く範囲の時に、こちらから大きな声で、ニコッとして、
「おはようございます!」
と挨拶することです。
どちらかというと僕は、できるだけ人に会わず一人で走れた方が気が楽なタイプなので、意識をしてそういうことをやらないと、極論、引きこもりになる気がしています(笑)。
走っていて遠くに人が見えた時、完全に楽なほうは、それを避けて別の道に行くことですが、
「人との出会いは未来の奇跡のキッカケ」
どんな小さなことでも、一事が万事、
「挑戦する方を選択する」
ということで、走るルートに人が見えた時、一瞬「別の道に・・・」という思いが未だふと湧くことがありますが、「一事が万事」とつぶやいて、決めたルートを通ります。
さて、あいさつをすると、いろんなリアクションがあります。
気持よく返してくれる人、
ペコっとしてくれる人、
ちょっとビックリする人、
気難しい感じでピクッと反応する人、
こちらを向かない人、
だいたい人は同じパターンで朝起きて行動するので、時々、同じ人に挨拶することがありますが、
毎日毎日元気よくやっていると、ビックリする人や、ペコっだけだった人や、こちらを向かない人も、だんだん元気よくにこやかに返してくれるようになります。
で、総じて、同じ人間であるならば、元気に挨拶されてムカつく人は、たぶんいないんじゃないか、ということで、気難しい感じや、こちらを向かない人は、
僕の声が小さかったので反応しにくかったか、
声が届かなかったから気づかなかったか、
返すのが恥ずかしいシャイな人か、
誰だ?と警戒しているか、
だけなのだ、と感じるようになりました。
全然反応してくれないから、イケずな人だなぁ、と判断してしまうのは、なんと早合点だったのだろう、と。
~~~
「ただしい人からたのしい人へ」小林正観さん著
より。
玄侑宗久さんという、臨済宗のお寺の僧侶。
この方が天竜寺で修行をしていた時のお話です。
その宗久さんの師匠、という方が、宗久さんにお話してくださった。
「天竜寺の当時の貫長さん(最高位の方)は、毎朝決まった時間に天竜寺の近くを散歩されていたそう。
その時に毎日出会うある人がいました。
その人に対して、貫長さんは毎日同じように「おはようございます」と挨拶をして会釈をなさったそうです。
しかしその声をかけられた方の人は、無視をして一切返事をすることがなかったといいます。
同じ時間に必ず会い、貫長さんは相手の笑顔や挨拶が返って来ようが来まいが関係なく、毎朝笑顔で「おはようございます」と言い続けたのだそうです。
3年経ったある日のこと。
いつものように「おはようございます」と普通に笑顔で話しかけた貫長さんに対して、その男性はついに声を発しました。
そして、「おはようございます」と言い終わったあとに、「ごめんなさいっ」と、がばとひれ伏したというのです。
この男性の心の中に何があったのか推測するすべはありません。
~中略~
貫長さんは返事をしなかったことをせめていたわけではありません。
ただ自らの生き方として、相手がどういう態度であろうと関係なく「おはようございます」と言い続けた、ということだと思います。
「これほど自分が挨拶をしているのに、返事をしないとはなにごとだ」
と言うのは簡単でしょうし、一般的な反応かもしれません。
~中略~
自分が行として、ただそのように毎日を送り、そういうことに徹し、相手がどのような反応であろうと関係なくそのように生きる、という姿であったのでしょう。」
~~~
天に向って、自分の生き方を磨き続けていきたい。

6月1~14日:35.6/84km
2013年:515.7/1000km
総計:1521.6/10000km(2021年末まで)
地元の人とすれ違ったり、声が届く範囲の時に、こちらから大きな声で、ニコッとして、
「おはようございます!」
と挨拶することです。
どちらかというと僕は、できるだけ人に会わず一人で走れた方が気が楽なタイプなので、意識をしてそういうことをやらないと、極論、引きこもりになる気がしています(笑)。
走っていて遠くに人が見えた時、完全に楽なほうは、それを避けて別の道に行くことですが、
「人との出会いは未来の奇跡のキッカケ」
どんな小さなことでも、一事が万事、
「挑戦する方を選択する」
ということで、走るルートに人が見えた時、一瞬「別の道に・・・」という思いが未だふと湧くことがありますが、「一事が万事」とつぶやいて、決めたルートを通ります。
さて、あいさつをすると、いろんなリアクションがあります。
気持よく返してくれる人、
ペコっとしてくれる人、
ちょっとビックリする人、
気難しい感じでピクッと反応する人、
こちらを向かない人、
だいたい人は同じパターンで朝起きて行動するので、時々、同じ人に挨拶することがありますが、
毎日毎日元気よくやっていると、ビックリする人や、ペコっだけだった人や、こちらを向かない人も、だんだん元気よくにこやかに返してくれるようになります。
で、総じて、同じ人間であるならば、元気に挨拶されてムカつく人は、たぶんいないんじゃないか、ということで、気難しい感じや、こちらを向かない人は、
僕の声が小さかったので反応しにくかったか、
声が届かなかったから気づかなかったか、
返すのが恥ずかしいシャイな人か、
誰だ?と警戒しているか、
だけなのだ、と感じるようになりました。
全然反応してくれないから、イケずな人だなぁ、と判断してしまうのは、なんと早合点だったのだろう、と。
~~~
「ただしい人からたのしい人へ」小林正観さん著
より。
玄侑宗久さんという、臨済宗のお寺の僧侶。
この方が天竜寺で修行をしていた時のお話です。
その宗久さんの師匠、という方が、宗久さんにお話してくださった。
「天竜寺の当時の貫長さん(最高位の方)は、毎朝決まった時間に天竜寺の近くを散歩されていたそう。
その時に毎日出会うある人がいました。
その人に対して、貫長さんは毎日同じように「おはようございます」と挨拶をして会釈をなさったそうです。
しかしその声をかけられた方の人は、無視をして一切返事をすることがなかったといいます。
同じ時間に必ず会い、貫長さんは相手の笑顔や挨拶が返って来ようが来まいが関係なく、毎朝笑顔で「おはようございます」と言い続けたのだそうです。
3年経ったある日のこと。
いつものように「おはようございます」と普通に笑顔で話しかけた貫長さんに対して、その男性はついに声を発しました。
そして、「おはようございます」と言い終わったあとに、「ごめんなさいっ」と、がばとひれ伏したというのです。
この男性の心の中に何があったのか推測するすべはありません。
~中略~
貫長さんは返事をしなかったことをせめていたわけではありません。
ただ自らの生き方として、相手がどういう態度であろうと関係なく「おはようございます」と言い続けた、ということだと思います。
「これほど自分が挨拶をしているのに、返事をしないとはなにごとだ」
と言うのは簡単でしょうし、一般的な反応かもしれません。
~中略~
自分が行として、ただそのように毎日を送り、そういうことに徹し、相手がどのような反応であろうと関係なくそのように生きる、という姿であったのでしょう。」
~~~
天に向って、自分の生き方を磨き続けていきたい。

6月1~14日:35.6/84km
2013年:515.7/1000km
総計:1521.6/10000km(2021年末まで)








